どちらさま異世界
「カモフラージュは」
「もうかけてるわよ」
カメレオンの様に周囲に擬態し、感知できなくする技術。
アナザーには迷彩柄になるとかじゃなく、完全に背景に溶け込める(光学迷彩とかそんな感じだろうか)。
中からじゃ、いつ使ったのかはパイロットと搭乗AIしか分からない。
ヘリポートなんかはある訳が無かったので誰かのお家の屋根に停めさせてもらった。斜面でも停められるのはアナザーの機能の一つらしい。
「……で、こっからどう降りる」
「そりゃバレないようにこっそりと……」
「屋根の上からか?」
道をたくさんの人が歩いている。屋根から降りてくる人なんてやたらと目立つだろう。
「それならこれ使えば良いんじゃないかしら」
机から折り畳まれた青っぽいグレーの布がどこからともなく出てきた。
持ち上げ、裏返してみると自分のリュックが見える。手にある布越しにはっきりと見えた。
「光学迷彩マントですか」
こんなのありましたね、とミシュは同じものを眺めた。
「こんなひみつ道具みたいなのあるのか」
「二十二世紀に誕生したアイテムがFWに無い訳が無いじゃないですか」
確かに、二十二世紀が遥か過去の時代であるミシュらの世界に存在はしていないという方が想像しづらい。
ただ、実際同じような物は既に発明されていっているらしいので、NWでも二十一世紀の間には出来ちゃったりしているかもしれない。
ドラえもんも元々二十一世紀から来ていた筈だし。
今にしろなんにしろ、このマントのお陰で下に降りる事ができた。
「――おお。こうして立ってみると迫力が凄いな」
「これは、予想以上ですね」
先程まで見下ろしていた城だが、見上げてみるとその大きさをしっかり認識できる。
城に入ったら迷ってしまいそう、そんな風に思ってしまうでかさだ。
王様とかお姫様とか居ちゃったりするのだろうか。居るなら一度はお目にかかりたいものだ。
「じゃ、散策するか」
ミシュが頷く。
「あの建物とかどうかしら」
いつの間にか見えるようになっていたソフィアが周りより一回り大きい建物を指差す。
森の洋館に近い、少し場違いな雰囲気を醸し出している。
「ちょっと怖くないかあれ。幽霊でも出てきそうな面持ちだぞ」
「でもあれ、図書館じゃない?」
再び彼女が向けた指先には看板が吊り下げられており、記号の羅列の上に角張った蝶々の形、見開きの本のマークが描かれていた。
確かにあれは本関係の建物だと言っている。
「確かに。ごめん、気づかなかった。……行ってみるか」
ミシュも納得したような顔をしているので、件の建物へ足を運ぶ。
因みにミシュがあまり喋らないのはそういうキャラの方が色々と楽だかららしい(単純にコミュ障だからでもあるだろうが)。
俺からすれば意志疎通がしにくいので別に必要ないと思う。
「ていうか、別に電話かけてくれば良いんじゃないのか?」
俺とミシュは空気を介さずとも会話は可能の筈だ。
『それもそうですね』
『いきなりの電話はちょっとびっくりするから勘弁してくれ』
「確かに心拍数が上がってるわね」
「蛇足を付けないでくれ」
『あの』
「なんだよ」
『市郎が気にしないならいいですけど、今の市郎、虚空と一人で勝手に話してる変人ですよ』
『それもっと早く言えません?』
建物の扉を開ける。
『だって電話かけたのさっきなんですから無理に決まってるじゃないですか』
『お前の頭脳なら、この方法俺よりも早く気づいてたろ』
『まあ、無理に話す必要もないかなって』
『その言い方は分かってたよな! なあ!? 俺を助けてくれよ!』
『残念ながら、私にはその事に勘づく卓絶した知能はありましたが、あなたを助けようと思えるほどの器量がなかったようです』
『それは器量じゃなくて雅量だ! 思いやりの心は才能で決まらんわ!』
『しかし、性善説や性悪説なんてのもあるんですから生まれ持った考え、才能の絡まないステータスは存在しないでしょう』
『そっからどう伸ばしていくかで変わるだろ!』
「そめむさい」
「なん! ……で、すか」
やばい。そう言えば図書館に入ったんだった。
――というか、今、何と言った?
「……? にせぃくいねぬねくいおだそく?」
優しい笑顔を浮かべたお爺さんが眠たくなるほど優しい声でそう言った。
「え、えと」
「ぢおせむせつ?」
「あ、はい、大丈夫です」
ミシュの手を取り、さっさと奥に入る。お爺さんがまだ何か言っていたようだがどうせ分からないので聞こえないふりをした。
『危なかったあ……』
『アウトです』
これには流石に反論できない。
『いやな、まさかここまで何言ってるか分からないとは』
『このぐらいの違いは普通ですよ』
『そうなのか。……ん? 待て、ミシュはこれで二つ目の異世界だろ? その一個目のNWも言語体系は似てたんだから、それを言える程ミシュも経験ないんじゃないか』
「あれ、言ってなかったっけ? 私にはいくつか、異世界言語のモデルがインストールされてるの」
『言われてないよ。初耳だよ。それじゃあれか、ソフィアが一番異世界経験ありってことになるのか』
『いや、違います。あくまで姉さんはヘルスケアAIの部分が大きいので先行調査とかはしてません』
『じゃ、どうしたんだよ』
「簡単よ? 人の生まれ、進化、発展を予想してから言語体系の変化をシミュレーション、実用的で残っていくと思われる形まで整えたもの、発展途上であることも考慮して構築予想の経過にあるものも含めて言語モデルとして保存する。それだけよ」
…………えーと、つまりは想像で新たな言語を完成させるってことか?
『全然簡単じゃねえだろ!』
『そうでもないですよ。ほら、数式を解くときには公式を使うでしょう? 複雑な計算でも、公式を応用したり組み合わせれば解決できるようになります。それか、経験則なんてのも同じようなものです』
『いや、そこは良いんだけど、言語を創り出すって方が難しくないか』
「私の演算能力なら不可能じゃないわ。どうしても時間がかかっちゃうのがネックではあるけど」
ミシュが一つ本を取り出し、ペラペラとめくり始める。俺も倣って近くの本を手に取った。
『……まじで勉強とか要らなくなるのかな、未来って。ソフィアが居たらそういう意欲っていうか、意義みたいのがなくなっちゃうような』
『自分が考えなくても良くなったとして、それらを理解できる様にしないとろくなことにはなりませんよ』
「とりあえず従っているだけじゃ、それこそロボットで十分、どころか、命令が伝達しているか怪しい所を含めれば人の方が要らなくなるわね」
『操り人形と同じってことか』
「あ、市郎くん。今のページもう一回見せてくれる?」
『分かった』
さっきまでと反対向きの動作をして、さらりと流したページを視界に捉える。
『今みたいな感じですね』
『何がだ?』
『操り人形と同じって奴ですよ』
『ああ、……まあ、確かに。気づけなかったな』
『理解できないと自分がパペットであることも把握できない。何も考えないで生きるのは楽ですが、何も知らないで生きるのは、人がどうか怪しいものですね』
それは教訓なのか、或いは俺への煽りなのか。
「ありがとう。解読はもうちょっとで終わりそうよ」
『後はどれくらいですか』
「八割かしらね」
『それなら、同時翻訳は使えそうですか』
「誤訳はあるとは思うけれど、運用可能なレベルまでは整えたわ」
『大丈夫です』
ミシュがそれを起動したらしく、景色が少し変わった。この世界では始めて見る言語、慣れ親しんだ母国語(母世界語?)である日本語に紙上の記号たちは置き換えられていた。
『すごい、読める、読めるぞ!』
『そこまでハイになるものですか、これ』
『なるものだ。さっきまでの、解ける気がさっぱりしないなぞなぞでちょっと眠くなってきてたんだ。良い暇潰しが出来たぜ』
さっきまでは眺めるだけだった書物がれっきとした本に昇華した。どれどれ、内容は、っと……。
「市郎くんが読んでるのって何かのお話?」
『そうみたいだ。タイトルは、――"セイクレイト物語"か』
たまに不思議な言葉遣いがあるが、大体は理解できる。俺は黙々と、しっかりと内容を読み返した。




