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第零話 冒険者の駆け出し④ ~少年の独白~

太陽は既に沈みかけて、更に紅く燃え始めた頃、満足したようにクアリは手綱を握っていた。


 かなりハイテンポの鼻唄をしている。びーぴーえむ? でいえば百八十はあるだろう。


「ふー」


 一呼吸置いた。やっぱり難しかったらしい。


「あ、そういえばさ」


 いきなり話を出してきた。


「何処行ってたの?」

「? 何処って――」「ブティックに行った時、途中からいなくなったでしょ」


 これに関しては単に描写不足なのだが、僕自身は理不尽二択の後にブティックから一足先に出ていた。


 そのまま過ごしていたというのは後々聞いた話である。

 買ったかどうかなんて合流すれば一目瞭然だ。僕の語り口調で分かる人もいるのだろうか。


「で、何処にいたの?」

「……言っただろ。他の服屋だよ。メンズがあまりなかったから」

「ふーん。で本当は?」

「……」


 口をつぐんだ。黙った。

 嘘なのは聞いた瞬間から判っていたというぐらいに――実際に判っていたのだろうが――虚言が流された。


「大体分かるけどね」

「……」


 今度は諦めの沈黙だった。クアリは敢えてその大体分かったことを言わない。


 僕の口から言わせたい。そういう魂胆は丸見えではあるが、それ拒絶できる理由も逃げ道もなかった。


「……ミョウタ用具店」


 やっぱりね。

 呆れるように捨てられた言葉をそのままに。


「諦めてなかったの、まだ」


 ――当たり前だ。夢はそう簡単に諦められるものではない。


「ニト、あなたが思っているよりも良いものではないの」


 口調は明らかに硬くなり、語りかけるように僕を諭す。


「どんなことにだって良いことと悪いことはある」

「デメリットに対してメリットが少なすぎる」

「少ないとしても、僕にとっては大切なメリットだ」


 僕の、僕自身の気持ち。


「……確かにそうかもしれない。でも、それの負の部分、怖さを知っているでしょ」


 怖さ。危険。確かに僕らはよく知っている。だが、そんなもの。


「このまま何もしないよりはましだ」

「それで、――それで命を失ってしまうとしてもなの?」


 その声には確かに怒気が孕んでいた。しかし、クアリは眉の端を大きく下げ、目を細め、それでも僕の目を真っ直ぐ見ている。


 まるで泣いているかのような、それとも、もう涙を流しているかのような顔だった。


「…………問題はない」

「……そこまで、――そこまでしてなりたいものなの、冒険者は」


 ああ。そうだ。


 ――例え母が、父が、冒険者として此の世を去っていたとしてもだ。


「……」


 クアリは黙り込む。口では出さなかったが、僕は目を逸らしてしまった。答えていた。


「……エナミ婆さまが悲しむよ」

「そうかもしれない」

「トマイさんもケレーさんも」

「当然だとは思う」

「アマだって頼りにしてるんだよ?」

「確かに、その通りだとは思う。けど」「私が」


 僕の弁明、および言い訳のようなものを遮られる。


「……私が!」


 クアリは言った。今まで聞いたことが無い程の声量で。


「私が心配なの! 私は両親を失ったことを聞いて立ち尽くしていたニトを見た! ショックで食べ物を喉が通らないニトを見た! ――ニトは、あなたは辛くなかったの!?」


 ………………そんな訳が、ない。


 時が止まったようだった。吐きそうで堪らなかった。


 それでも、事実を受け入れて、今ここで心臓は鳴っている。


 確かに、あの気分をクアリや村の皆に味合わせたいなんてことは絶対にない。

 その上で僕には夢という意思を持っている。自分勝手かもしれないけど、だから。


「ニトの身は気にしなくてもいい、って? それこそ自分勝手に言わせてもらうけど、あなたのことで嫌な気分になるのはヒズメル村の皆なの。――ほんとに、ニトは昔から熱くなると周りが見えなくなるよね。良くないところだよ、うん。そう。良くない。それはまともなように言うなら、物事に集中しやすいってことなのかもしれないけど、単に向こう見ずなだけだからね。特に今回の場合は。だからさ、私に……」


 矢継ぎ早に話したからか、少しの間声が止まる。そして、絞り出すようにして続けた。


「私に、心配させないでよ。怯えさせないでよ」


 ――何も言えなかった。クアリは少し俯いてから、前に向き直った。僕は荷台の壁に体を預けて後ろ向きに体を直した。


 どう返せば良かったのか。

 無理に我を通せば良かったのだろうか。

 それとも、彼女の言葉を受け入れれば良かったのだろうか。


 どっちにしたって兎に角、話し出せることではなかった。

 それに、こういう話は初めてではない。

 何度も止められ、何度も諭され、何度も何度も遮った。


 心配なのはとっくに分かっていることで、例えばクアリが言っていたとしたら絶対にさせたくないのもよく分かる。


 だが、僕には憧れがあった。

 実際には冒険者になったことで村に帰ってこなくなった両親だが、生前は僕に旅の話をしてくれた。


 この辺りではまるっきり見たことがない太陽が燃える灼熱の砂漠や雪の降る青白い街、雲に手が届く天空(そら)まで伸びる山に宝石輝く深淵行きの洞窟なんかのこともよく聞いていた。


 ――それに、未だに魔物が通常に歩き回る北の大地も。


「……ねえ」


 クアリと喧嘩したことから逃げるようにしていた思考を、クアリに現実へと戻された。


「……どうしても、なんだね」


 それは確認だった。


「どうしても、だ」


 自分でもこんなにも直ぐに答えられたことに驚いた。迷わなかった。


「そっか、……そっかあ」


 しょうがないなあ。そんな風に諦めた笑顔が少し見えた。


「ま、止めることは出来ないよね。あの時から、いや、あれより前からの夢なのは分かってたし」

「……いいのか?」

「いいも何も、ニトが決めるものでしょ、そこは」


 別に、クアリの許可が無いとダメって訳ではないが、つい聞いてしまった。

 心では、クアリは認めてはくれないと思っていたからかもしれない。


「血筋とかそういうものなのかな。同じ職業を選ぶのって」


 背中合わせのままで話を続ける。


「血筋?」

「いや、代々同じことをしたりさ、その一族で続けられてくことってあるじゃん。フリードレード家とか」


 確かに、フリードレード家は全員聖職者であるというのは有名な話だ。


「やっぱ、こう、産まれたときからそういう衝動があるからそうなるのかなって」


 いでんしレベルで、的な事か。


「そういうのとは少し違うんじゃないか」

「少しって?」

「親とか先代がしたことに興味を持ったり、受け継がれたものしか知らないからその職業をやる、てなものだと思う」


 ――僕がそうだったように。


「……」


 クアリが前方の安全確認をしながら考え込む。僕はその終わりを待つ。


「……さっきの話に戻るんだけど、ニトのやりたいことは私は止めない」


 クアリは少し脱線した話題を戻した。


「けど、守って欲しい約束があるの」


 約束。ここでNOという理由は無い。


「何?」

「まず絶対無茶しないこと。約束とは言ったけど、これは国の法律くらい絶対だからね」

「勿論」

「次に、誰かといること。一人の冒険者は賊に襲われたりするらしいから」

「了解」

「最後。他の人を頼ること。村の皆や私、冒険者広場の人達とかね」

「了承」

「人は一人で出来ることは無いからね」

「無いってことは流石にないと思うけど」

「いや、無いよ。生きることすら一人じゃ出来ないんだから、私達がやることは誰かがいないと成り立たなくなる」

「……確かに」

「分かった?」

「はい」


 クアリは満足したような嬉顔(うれしがお)を見せた。サブレが小さく鳴いた。


「で、いつからやるつもりなの」

「冒険者をってこと?」

「そう。今ここで行ってきますって訳でもないでしょ」

「まあ……」


 準備とかあるからな。それを進めるためにこそこそ冒険者の用具店に寄っていたわけなのだが。


「後は何が足りないの?」

「殆どは揃ってて、足りないのは日用品とか」


 荷物を運ぶリュックサックに防寒具、野宿に備えた簡易セットもある。無いのは食料系や洗濯物を干す為の折り畳みハンガーとかか。


「それなら、けっこう直ぐに出れそうなんだね」

「うん」


  食料系は出る日に整えた方が持つし。

「出ようと思えば明日から出れる」

「成る程。出る前に村の皆には説明しといてね。場合によっては説得が必要だと思うけど」


 只でさえ人が少ないヒズメル村から一人居なくなるのだからそりゃ反対はあるだろう。

 ただ、両親の定期的な冒険を容認していたのだから、それほど強く止めてくることはないだろうな。

 一番大変だったのは目の前の人物だし。


「じゃ、帰ろっか」


 サブレがさっきよりも大きく鳴くと、少しスピードを上げる。自分の足でもないのに、少し浮わついた足先だと思った。






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