モラトリアムの期限切れ、憧れとの出逢い。
「……食料は持ったか?」
「……はい」
「……タブレットは?」
「……はい。持ちました」
「……じゃあ、着替えは?」 「持ちましたよ」
「……それならぬいぐるみは?」「もう良いですよ」
目の前の機体、AWNSF-anoth3r:3996に乗り込み、起動プロセスを開始する。彼女は一度深呼吸をする。
「……じゃあ、いってきます」
「ちゃんと帰ってくるんだぞ」
その機影は、人形は、空中に浮かんだ一つの大きな穴へと消えた。
◆◆◆◆
「……それじゃ、カンパーイ!」
各々麦茶やコーラ、りんごジュースが入ったコップをぶつける。皆とても嬉しそうで、爽やかな笑顔をしていた。
「いやー、なんだかんだ楽しかったな!」
「わかるわかる!むっちゃ良かった!」
この三年間に満足しているヤツや。
「でもさ、結構めんどくさかったよね」
「俺はあそこに行かなくて良いって思うと最高だけどな」
この三年間に愚痴るヤツもいる。でも、それで良いと思う。
「まあまあ、良いんじゃない?今日は卒業記念ってことで、遊びまくろうよ」
俺たち、38名は今日、高校生という肩書きから卒業した。辛くても、挫けそうでも諦めず走りきった高校生活を終えたのだ。
それでクラスで打ち上げをやろうということになった。場所は高校の近くのファミリーレストラン、複数のテーブルを大体五、六人で座る形でほぼ貸切状態にしている。
「なあ、浅間。お前はどうだったよ、高校生活」
「僕は結構楽しかったと思うよ」
「お前に聞いとらんわ、イゴ」
俺のテーブルにはある程度話の合う友達同士で構成されており、俺としては少々気が楽だと思う。
「あー、そうだな。俺はなんやかんやで良い学校生活になったと思う」
「そりゃ良かったな!」
「なんで他人事?」
「あれ? なんでだろうな」
ハッハッハと豪快に笑い飛ばすのはいつもと変わらない。
「そうだそうだ、飯屋なんだから飯を食べなきゃな!」
テーブルに並べられた料理のうち、オーブンでこんがり焼かれたチキンを手に取り、一口。
「うんま! みんなも食べてみろよ」
促され、俺たちも口に入れると、きつね色に焼かれたパリパリの皮とガツンと来る肉感、ジューシーな肉汁がチキンとして模範解答と言いたいクオリティだった。
「旨いな。ファミレスってこんなに美味しかったか?」
「企業努力って奴でしょ」
「なるほどな」
他にもピザやパスタ、ナゲットと運ばれてくる食事に手を伸ばしながら、他愛もない思い出話に花を咲かせた。
タケが体育祭で無双したときだとか、レンカが文化祭で名女優になったときだとか。
「お、そうだ。みんな大学とか行くんだっけ」
「僕は行きますよ。東京の方です」
「私も同じ所だよ」
「俺は実家の店継ぐんだよなー。えーっと、浅間は確か、工学系だよな。何処だっけ?」
「兵庫だ」
「工学って、本当にロボット大好きだね」
その言葉で俺のスイッチはカチッと音を鳴らした。
「そりゃそうだ。ロボットというもの以上に俺は素晴らしい物を知らない。工場で使われるロボットアームの幾何学的なフォルムを持ちながらスマートに見えるデザインやモーション。逆にペットタイプのロボットならば丸い曲線のシルエットにプログラミングされた相手に懐いているような動き、可愛いの権化と言って差し支えないな。更にアニメの範囲も言うならなんと言っても人形やそれに変形するロボット。作品によってデザイン、装備、設定様々だが変わらずそこには多くの夢」
「はいそこまで」「ぎっ!」
頭にチョップを食らい、大回転していた饒舌を歯でおもいっきり挟み込む。
「お前は変わらんよな。その勢いでとんでもない発明とかするんじゃねえの?」
「確かにね」
賛成するようにみんな笑い出す。語りを止められた悲しみはあるが、それよりも何か違う幸福感を感じた。
そこから暫く飲み食いした後、遊ぶ奴らはゲーセンとか色々寄ってくらしい。うちのグループは二人を除いて解散する予定だ。
「僕たちはちょっと遊んでいくよ」
「ばいばーい」
「じゃあな、二人とも! ゆっくりイチャイチャしとけよな!」
二人とも照れ臭そうに笑顔を見せ、返事をする。この初々しいカップルの噂は聞いたことはあったが、まさか本当だったとは。
「お幸せに」
「うん、ありがとう」
「じゃ、俺らは早いうちにずらかるぞ」
「ああ、バイバイ」
各々同意し、それぞれの帰路に着いた。俺だけ別方向なので少し歩いたところで知り合いは周りに居なくなった。
そのまま電車へ乗り込む。目の前で発車しそうだったので少し走った。車内は車掌のアナウンスが聞こえてくるぐらいで他の喋り声など耳に届くことはなかった。
自分の胸の中に一抹の悲しみを感じるが、それもまた終わるという行為の一場面なんだろうとでも思っておく。
彼らの前では良かったといったが、正直言うと、生活に関してはもっとやりたかったことはあった。
趣味のロボット作りや友達関係、恋愛なんかもしてみたかったが、生憎そういう機会は訪れやしなかった。
自分から行動とかしてみればまた変わっていただろうが、勉強を優先してしまっていた。
いつの間にか着いていた最寄り駅に降り、そのまま徒歩で家へと歩いていく。
――でも、それでも、良いと思ったからああ言ったのだろうか、と自分に問う。
勿論答えは帰ってこない。俺が分からないことを聞いても自分が分からないのではしょうがない。
ここはひとつ、ポジティブに考えてみよう。
俺が高校で過ごした三年間、それに比べたらこれから生きる時間は何十年とある可能性がある。
これから何度でもやれる時間はある。
そうだ、そうだよ。それでいいじゃないか。
ーーとりあえず、未来への希望を感じられた。ので、空を見上げてみる。
今日は雲が全く見えない。沈みゆく太陽、それに赤く染められた空が俺を覆っていた。
何回も見たことあるような風景だが、すごく綺麗に見える。無駄に言葉を足すよりそう表現する方が正しい。
俺は歩きながらたまに空を見上げた。この空をかっこいいロボットが飛んでたりしてたらな、そんな妄想をただただ思い浮かべる。
――あいつもそんなことを思うだろうか。
「……ん?」
空に少し変化が見える。暗くなってきたとか、雨が降りそうとかそういうのではない、何かだ。
なんというか、捻れているような、蜃気楼で歪んだような景色が、本当に空のごく一部だけにフィルターを掛けるようにそこにあった。
……本当に何だこれは?
新たな異常気象って奴か、それとも俺が見ている幻覚なのか。どっちにしたって全く知らない事象なのは確かだ。
取り敢えず、こういうのは写真に納めると後々良いことがある。
スマホをポケットから取り出し、ホーム画面から直接カメラを開き、それへと向ける。
その様子は画面越しでも変わらない。シャッターボタンを一回、ついでに後二回ほど押しておく。
フォルダから先程の三枚を開くと、全ての空は歪んでいた。そして、ある違和感を感じる。
一枚目、二枚目、三枚目と何周かしてみる。
「……やっぱり」
この歪み、どんどんねじれ具合が大きくなっていっている。
それが表すものは?
そう思っていたぐらいだった。
結論から言うと、あれは捻れていたらしい。
しかも空間が。布をつまんでひねったときのように、中心を軸にぐるぐる捻れている。
ぎちぎちと聞こえてきそうなまでになると、それは遂に限界を迎えた。
空が破けた。
高級チョコの包装を開けたように空いた穴からジェット機とか同じぐらいの速度で何かが飛び出す。
一瞬だったためはっきりとは見えなかったが、あれは、架空の話にしか登場しないような、俺の夢である人形の。
「ロボット……?」