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キサラギ★シブリングス

作者: tei

『とうとう きさらぎ駅に たどりつきました』

 20いいね、10リポスト。アカウント名は……。

「まーたオカルトネタ巡りしてるの。本当に好きだね」

 パソコンの画面に目を凝らしていると、姉ちゃんに声をかけられた。部屋の入り口から、アイスの棒をくわえてぼくを見ている。肩までの黒髪が濡れているから、お風呂上がりなのだろう。

 部屋のドアを閉めておけばよかった。

「もう、姉ちゃんには関係ないだろ。学校でもこういうの流行ってんの。話題についていきたいから見てるだけ」

「関係ないとはひどいなあ。この世に二人だけのきょうだいじゃないか」

 姉ちゃんは大してショックでもなさそうにアイスを舐めながら、パソコン画面を覗き込む。

「大学でもそういうの好きな人いるけど、中学校でもネット怪談とか流行るんだ」

「結構好きなやつ多いよ。アニメとかでもよくネタになってるし」

 さっさと話を切り上げて、今発見したアカウントの投稿を追いたかった。でも、姉ちゃんは退屈しているのか、自分の部屋に戻ろうとしない。

「で、今はどんな怪談を追ってたん?」

 無視してしまいたかったけれど、そういう対応をすると逆にしつこく粘着されかねない。ぼくは仕方なく「きさらぎ駅」と答えた。

「あ! それ私も知ってる!」

「かなり有名だもんね。それじゃ……」

「何か新しい展開でもあったわけ?」

 なかなか引き下がってくれない。ため息を我慢して、ぼくは今見つけた投稿の話をした。ネット上ではここ数年かなり落ち着いていたきさらぎ駅の話題だけど、今ぼくが見つけたのはその流れの中でも、多分最新のものだろう。何せ、投稿日が今日だ。

 そんなことを話すと、姉ちゃんはようやく満足したらしく、またブラブラと廊下を歩いて行ってしまった。今度はちゃんと部屋のドアを閉めて、ぼくはパソコンに向き直った。

『とうとう きさらぎ駅に たどりつきました』

 このSNSへの投稿は、つい1時間前のものだ。ぼくは色んなオカルトネタを収集するために、毎日オカルト関連の話題を検索している。この投稿は、その検索に引っかかって来たものだ。実体験風で、且つ最初からネタに全振りしてない投稿は、オカルトネタ収集を始めてから、初のことだ。

 けれど、いいねやリポストの数から判断するに、あまり注目を集めてはいないようだ。きっと、よくあるおふざけだと思われているのだろう。

 こういうポストが、真実だったりするかもしれないのに。

 ぼくはそのまま画面を下にスクロールした。このアカウントが、普段どのような投稿をしているのか確認するためだ。創作やおふざけ、いわゆる『釣り』なのだとしたら、このアカウントは開設されてから間もない筈だ。もしかしたら手が混んでいて、他の人のアカウントを譲り受けたり買い取ったりしているかもしれないけれど、そうなると多分、アカウントの言動には一貫性がないだろう。そういう点を確認して、この投稿の信憑性を見極めるのだ。

『今日は朝から天気が悪くて風が強く、ビラ配りが大変でした。でもあの子のため、頑張ります』

『あの子が好きだったお菓子をスーパーで見かけただけで涙が溢れて来ました。絶対に見つけるから待ってて』

『どうしたら、きさらぎ駅に着けるのだろう。ずっと、ずっと行き方を探しています。情報ください』

 そんな投稿が、ずらっと並んでいた。一時間ほど遡って、一年前の投稿まで確認したけれど、まだまだその先がありそうだ。

 ぼくは一旦、マウスから手を離して目元を揉んだ。

 どうやらこれは、ネタのために即時的に作ったアカウントでもなければ、他人のアカウントを貰い受けたものでもない。本当に、心底からきさらぎ駅に行きたい人の、情報収集のためのアカウントだ。

『あの子』のために。

「あの子って……誰のことだろ」

 ここまでの投稿を見る限り、このアカウント主は女性で、『あの子』は彼女より年下の誰かなのだろうと思う。なんとなく、妹や弟を探しているような印象だ。もっと遡ればそれも分かるのかもしれないが、もう夜も遅い。とりあえず今それは置いておいて、最初に発見した投稿以降、何か投稿していないか、見てみよう。

『きさらぎ駅、聴いてた通りに駅員も誰もいません。でも、懐中電灯や携帯食料など数日分は持って来たので心配ありません』

 そんな投稿と共に、見た感じは田舎にありそうな普通の駅舎の写真が添付されていた。ぼくは実物を見たことがない、オレンジ色の電球がやたらとレトロだ。

 それにしても、さすがに自ら行きたがっていただけあって、準備は相当しているようだ。なんとなく、これがネタでなくて真実なのだとしても、この人なら何とかなるのではないかと思えてくる。

『現時点で、私の腕時計は午後十一時を指しています。ひとまず駅舎で夜明けを待ってみます』

 数分前の投稿だ。確かに、きさらぎ駅の元ネタでは夜明けを待たずに線路を歩き出すという不用心な行為が、悪手と言われている。その世界に夜明けが来るのかどうかはわからないけれど、それを確認する意味でも、駅舎でじっと待つのはいいことかもしれない。

 ここまで来ると彼女の投稿はようやくぼくのような他のオカルト好きの目にも留まり始めたらしく、いくつか返信がついていた。『ご無事を祈ります』『異変があったらとにかく逃げて』など心配する声もあるが、『釣り乙』など、そもそも信用していないようなのもある。ぼく自身、これが本当のことを言っているのだと信じきっているわけではないし、本当に異世界の駅なんてものがあるとも思えない。

 けれどもこのアカウントの投稿文面からは、真剣さが感じられるのだ。一年前の投稿まで遡ったからか、なんとなく、このアカウント主には親近感さえ覚え始めている。

 おそらくは『あの子』のためにきさらぎ駅までたどり着いたというこの人には、無事に目的を終えて、帰って来てほしい……いつのまにか、そんな風に思っている自分がいた。

 この後、どんな投稿がされるかとても気になるけれど、明日も学校がある。もうパソコンを閉じて、寝なくては。

 そう思って画面に目をやって、またひとつ新しい投稿があるのに気がついた。これだけ確認したら寝よう。

『車の音』

 それだけの言葉と共に、恐らく駅舎の窓から撮影したのだろう、暗闇に煌々と光を放つ車のヘッドライトと、その逆光に照らされる人影の写った写真が添付されていた。

 思わず息を呑む。

 もしこの一連の投稿が本当なら、そこに現れる人間は異世界の住人。彼女の身に危険が及んでいるのは明白だ。

『気をつけてください、どうにか逃げて』

 そんな返信をしてしまった。固唾を飲んで見守っていると、やがて新しい投稿が表示された。

『もうこの駅に列車は来ないから、近くの宿まで乗せて行くよ、と話しかけられました。怖いですが、今乗っています』

 なんで乗るんだよ、と思ったけれど、そもそもこの人がきさらぎ駅に行きたがっていた理由に思い当たって、ツッコむ気持ちはすぐに失せてしまった。

 きっと『あの子』はきさらぎ駅にたどり着いて行方不明になってしまったのだ。この人はきっと、その子を探すためだけに、危険を承知で車に乗ったのだ。

 いよいよ興味が湧いてきてしまった。この人は無事に『あの子』を見つけて、元の世界に帰れるのだろうか。

『元の話とは違って、運転手はずっとまともな話を続けています。地名は確かに比奈と言っていますが……』

 比奈は、元の話にも出てくる地名だ。流石にゾッとして、ぼくは腕をさすった。何度も画面の更新をしてしまったけれど、次の投稿がされたのは三十分後だった。

『ずっと車で走っていますが、似たような木々がずっと生えているばかりで、他の車も人もいませんし、道路標識も見当たりません。それを尋ねても、運転手はヘラヘラ笑うばかりです。もう、直球であの子のことを聞いてみます』

 え、と声が出た。そんなことをしたら。

「あんた、まだ起きてんの」

「ひえっ」

 飛び上がりそうになった。見ると、姉ちゃんがドアを開けて顔を覗かせていた。

「驚かせんなよ……。もう寝るって」

「それがいいよ。それがいい」

 なんだか妙な口調だな、と思った時には、姉ちゃんの姿はすでにそこになかった。変なの、と思ってもう一度、画面に目をやる。いくつか、新しい文面が連投されていた。

『あの子のことを聞いてみたら、運転手の様子が変わりました。もう何も話さないで、こちらを見ないで、ひたすら運転を続けています』

『スマホのバッテリーはまだまだ余裕です。でも怖い。このままどこに連れて行かれるんだろう』

『もうこれが最後の投稿になるかもしれないから、いつも配っているビラを載せておきます。ケイタ、会って一緒に帰れますように』

 添付された画像を見て、ぼくは本当に叫んだ。男の子のフルネームや行方不明になった当時の情報、連絡先が掲載されたそのビラ画像にある顔写真は、紛れもなく。

「ぼくだ……」

「あーあ」

 後ろから、姉ちゃんの声がした。

「だから早く寝なって言ったのに」


 カーテンの隙間から漏れる朝の光に、ぼくは唸りながら起き上がった。昨日は夜遅くまでパソコンで調べ物をしていて、それで寝るのが遅くなってしまったのだ。

 でも、何について調べてたんだっけ。

 パソコンの履歴を見ても、それがさっぱりわからない。いつもチェックしているSNSを見ても、自分が興味を惹かれるような話題は見当たらない。何か、学校の友達と話せるようないいオカルトネタがあればと思っていた記憶はあるのだけれども。

 眠い目を擦りつつ、廊下を歩く。昨晩は置かれていなかった、ゴミ袋があった。懐中電灯やリュックが透けて見える。きっと、不要になった物をまとめたのだろう。

 リビングに入ると、先に朝食を食べていた姉ちゃんが振り返って、目を細めた。

「遅刻するぞー」

「まだ大丈夫だよ」

 トーストを用意して食卓に着くと、もう一人の姉ちゃんがリビングに入ってきた。黒髪の姉ちゃんとは違って、少し明るめの髪を緩く巻いた姉ちゃんは、ぼくを見て、パチパチと瞬きをした。

「え、なに、姉ちゃん? なんで泣いてんの?」

 茶髪の姉ちゃんは涙を拭いながら、自分でも不思議そうに首を傾げた。

「わ、わかんない。わかんないけど、……なんかコウ君を見たら泣けてきて」

 そう言われると、ぼくもなんだか泣けてくる。二人してグスグス鼻を鳴らしていると、黒髪の姉ちゃんが、ぼくたちの肩を抱き寄せた。

「もう、訳わかんないけど泣くんじゃないって。私たち、この世でたった三人のきょうだいなんだから、助け合っていこうぜ」

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