第一章6「エロゲー以上、恋人未満」
「ごちそうさまでした……」
「お粗末様でした。……その、私の手料理、美味しかったかな?」
「ああ、文句無しで美味しかったよ」
岡崎春輔は食べ終わった食器を片付けながら、素直な感想を述べた。
すると、それを聞いた緋之原琴葉は安心したのか、明るい笑顔を咲かせる。
「良かったー! 岡崎君の口に合わなかったらどうしようかと思ったけど、杞憂だったみたいだね!」
緋之原の手料理は、お世辞無しでも美味しかった。
正直、また次も食べたいと思ってしまうくらいに……。
「……食器、洗っておくよ」
「え、そんなに気を使わなくていいのに」
「いいんだよ。されてばっかりじゃ申し訳ないしな」
「で、でも……」
「あんなに美味しいご馳走を食べさせてもらったんだ、これくらいのことはさせてくれよ」
春輔が頑なに言うと、緋之原は申し訳無さそうな顔をする。
「じゃ、じゃあ、お願いするね……。その、ありがとう……」
「礼を言うのは、むしろこっちの方だよ」
緋之原の無茶振りで泊まることになったとはいえ、こうやって手厚いもてなしをしてくれるのは、素直にありがたかった。
なので、その分を何かの形で返さないと、春輔の心はスッキリしなかったのだ。
すると――。
「な、何かさ……。こうして見ると、私たち……。しょ、初夜を迎えた新婚夫婦、みたいだよね……?」
「な、何を言ってるんだよ!? しょ、初夜って……!? あっ――」
――しまった、緋之原の爆弾発言に気を取られて、手が滑った!
そう思った頃には既に遅く、パリーンという甲高い音を立てて、持っていた皿が手から滑り落ちて割れてしまう。
幸いにもキッチンの流し台に落下したので、床に破片が飛び散ることは無かった。
しかし、緋之原の大事な食器を割ってしまったのだ。……すぐに謝らないと。
「ご、ごめん、緋之原! これ、後で弁償するから!」
「いいよそんなの! むしろ、ケガとかない!? 大丈夫!?」
緋之原は慌てた様子で駆け寄って、こちらがケガをしていないか必死の形相で確認してくる。
「俺は大丈夫だよ。それよりも、お皿が……」
そう言うと、緋之原は優しい笑顔を向けてくる。
「お皿なんて、後で買えばいいだけの話でしょ? それよりも、岡崎君がケガしてないかだけ心配なの」
「ひ、緋之原……」
「岡崎君に何かあったら、私……」
純粋な感情で自分に向けられた、彼女の曇り無き優しさに包まれた気がした。
その優しさを受けて、春輔は粛々と頭を緋之原に下げた。
「心配してくれてありがとう……。でも、割ったお皿だけは弁償させてほしいんだ。それくらいのケジメはつけないと、さすがに――」
「じゃあさ、今日の放課後、一緒にお皿買いに行こうよ!」
緋之原の前向きな提案に、春輔は思わず顔を上げた。
「い、いいのか……? 俺なんかと一緒に買い物なんて……」
自信無さげに春輔が言うと、緋之原は穏やかに笑った。
「ふふ。むしろ、岡崎君と一緒じゃないと、これからは買い物したくないなー。一人で買い物なんて、寂しすぎるもん」
「ひ、緋之原……」
「だから――立派な荷物持ちにしてあげるね」
「な、なんだよそれ……」
上げてから下げる……。そんな緋之原の発言に、春輔はコケそうになる。
そんな春輔の悄気たリアクションに、緋之原はさらに笑みを深くするのだった。
その後、しばらくしてから――。
「お皿、割れたのはこれで全部だ」
春輔は、割ってしまったお皿の片付けをし、ゴミ袋に割れた食器をまとめた。
「分かった、後で捨てておくね。手伝ってくれてありがとう、岡崎君!」
「いやいや。むしろ、お礼を言うのはこちらの方だよ。色々と世話をかけたな」
そう口にすると、緋之原は楽しそうに笑ってくる。
「あははは! またそんなこと言ってー。岡崎君は、本当に律儀で真面目で、エロゲーの主人公みたいだなー」
「ほ、褒めてるのか、それ!?」
なんだかんだでお皿の一件は解決したが、これから学校なんだよな……。
緋之原の家から登校することになるだろうが、彼女といっしょに登校したら、学園内でどんな噂が立つか、想像に難くない。一体、どうしたものか……。
そう思っていると――。
ピンポーン。
春輔の心配事を体現するかのように、無機質なインターホンの音が鳴り響いた。
そして、次の瞬間――。
「琴葉っちー! 学校行くよー!」
玄関のドアの向こう側から、明るく活発そうな女の子の声が聞こえてくる。
「時音ちゃんだ……」
「と、時音……?」
緋之原の反応からすると、恐らく彼女の友達なのだろうが、まさか、こんなタイミングで来るとは――。
「さすがに、岡崎君がここにいることを知られたら色々とマズイよね……。と、とりあえず、どこかに隠れておいて! 私が話を合わせておくから!」
「え、ちょ、隠れるって――」
春輔が言い終わる前に、緋之原に手を引っ張られる。
そして――。
「ごめん、ここに隠れておいて!」
「ちょ、ここって……!?」
緋之原に手を引かれて連れてこられたのは――お風呂場だった。




