第一章5「刺激的な朝」
「ん……?」
重い……。何か、お腹のあたりが重いぞ……。まるでお腹の上に錘を乗せられているような……。
岡崎春輔は、寝起きでぼんやりする頭の中、謎の息苦しさを感じていた。
その正体を明確にするべく、ゆっくりと目を開けると、そこには――。
「……あ、やっと起きたね、岡崎君!」
「え……」
春輔は、目の前に広がる異質な光景に言葉を失った。
なぜか自分のお腹に跨る緋之原琴葉……。これだけでも、充分に衝撃的な光景なのだが――。
「な、なな、何で"その格好"なんだよ!?」
そう。あろうことか、緋之原は全裸にエプロンだけという超変態的な格好……。すなわち"裸エプロン"という状態だった。
緋之原の漆黒のセミロングヘアーが妖しく首筋まで垂れ下がり、彼女の頬は色っぽくピンクに染まっている。
す、スタイル良すぎだろ……! って、何考えてんだ、俺!?
シミ一つ無い色白の肌が、危険な領域まで晒されており、見てはいけない膨らみがエプロン越しでもクッキリと分かる……。
今、彼女の裸体を守るのは、フリルの付いた純白のエプロンのみ……。
なぜ、彼女があんな格好をしているのか、なぜ、朝の起こし方がアレなのか、色々と疑問がありすぎて、逆に質問できない……。
すると、緋之原は――。
「えへへ……。幼馴染の女の子が起こしに来てくれるのは、エロゲーやギャルゲーでもよくあるじゃん? でも、裸エプロンだと、もっとエロゲーっぽくて興奮するでしょ?」
「た、確かにそうだけど、それをリアルでやるのは、普通に頭オカシイ人としか思われないぞ!?」
春輔は、意外にも冷静なツッコミを入れる。
すると、緋之原は急にしおらしくなり、甘えてくる子猫のように上目遣いで見つめてくる。
「私じゃ……。駄目、ですか……?」
「ぐ、ぐぼあああ……!!」
――チーン。
緋之原の殺人的な色っぽさと可愛さに、春輔の意識はトドメを刺された……。
まさか、起きたばかりなのに、また強制的に寝かされることになるなんて……。
「お、岡崎君!? ねえ、岡崎君!? しっかりして! 岡崎君――」
ああ……。緋之原の清楚は、いずこへ……。
そんなことを頭に思い浮かべながら、春輔の意識は深い闇に飲まれた――。
――――――
「……で、何であんな格好してたんだよ?」
「ご、ごめんね……。朝のイベントで、エロゲーっぽいシチュエーションといえば、あれが一番それっぽいかなって……。えへへ……」
今、緋之原は"私は痴女です"という貼り紙を背中に貼られて正座させられている。……もちろん、裸エプロンではなく、制服姿ではあるが。
なんだかもう、さっきの出来事で今日一日分の体力を使ってしまった気がする……。
昨日まで清楚だと思っていた緋之原が、まさか、ここまでエロゲーに毒されていたとは……。
「エロゲーのヒロインに憧れるのはいいけどな、それをリアルでやるのは、さすがにヤバいぞ……」
「それは分かってるよ……。私だって、誰彼構わずやってるわけじゃないもん……。岡崎君だからこそ、あんなに大胆になれるんだもん……」
そう不貞腐れたように、そっぽを向く緋之原。
「あのな……。エロゲーのヒロインのマネをしなくても、緋之原は充分魅力的なんだよ。頼むから、性犯罪一歩手前のことはしないでくれ……」
春輔にとっては、それが切実な想いだった。
すると、緋之原は――。
「岡崎君は私のこと……。魅力的に見えるの……?」
今度は、そんな純粋な疑問を飛ばしてくる。
なんというか、彼女は自分の魅力が分かっていない感じがする……。
あそこまで美少女で、それに加えて性格も優しいのに、魅力的に思わない人なんていないと思うが――。
「ああ、魅力的だよ」
そう短く返すと、緋之原は愕然としてしまう。
――しまった。
なんか、緋之原のことを口説いてしまったような感じがする……。さすがに、言葉をもう少し選ぶべきだったか……?
そう思う春輔だったが、緋之原は突然、クスクスと笑い出すのだった。
「な、何で笑うんだよ?」
「い、いや……。岡崎君って、こういう変なときだけ、男らしくなるなって思っただけだよ」
「なっ……。失礼な……」
一応、アレでも緋之原のことを気遣って言ったつもりなんだが……。
「ふふ、でもさ――」
緋之原はそこまで言うと、話に区切りを打つ。
「ちょっと、カッコよかった、かも……」
「……!?」
か、カッコよかった……?
今まで女子からそんなこと一言も言われたことがないのに……。緋之原は本心で言ってくれたのだろうか?
「ふふ、ちょっと見直しちゃった。……これなら私のこと、しっかり攻略してくれそうだね」
「……まあ、考えとく」
そんなお茶を濁すような言い方をすると、緋之原は「もう……」と苦笑した――。
――――――
「……朝ご飯、食べていかない?」
「え、いいのか?」
「もちろん! 女の子が朝起こしに来てくれたら、次は手料理イベントって相場が決まってるじゃん!」
緋之原は、満面の笑みでそう口にした。
申し訳ないと思う反面、ここで断るのも彼女に失礼だと思ってしまう。
「じゃあ、お願いしようかな……」
春輔は、畏れ多いといった感じでそう返した。
女の子の手料理が食べられる、というのはご褒美イベントでしかないが……。単純に誰かがご飯を作ってくれるのは、一人暮らしの身にはグッと来るのだ。
「えへへ、じゃあ決まりだね! 岡崎君の好みを知っておかないとね!」
「そ、そんなに気を使わなくてもいいよ……」
「いいのいいの。……だって、これから毎日、岡崎君にご飯を作ってあげるんだもん!」
「ちょ、ちょっと待て!? それ、どういうことだ!?」
そう訊くが、緋之原は答えずに、楽しそうに鼻歌を歌いながら、キッチンへと向かうだけだった。
後に残された春輔は、呆然としながら、ふと頭に浮かんだことを呟く。
「もしかして、これって……。嫁に胃袋を掴まれるってやつじゃ……」
緋之原が将来のお嫁さんで、毎日ご飯を作ってくれるのか――。
「ヤバい……。想像したら、鼻血が……!」
「ふふ。どんなこと、想像してたのかな……?」
「げっ……、聞いてたのかよ、緋之原!?」
キッチンの陰から顔を覗かせながら、緋之原はクスクスと楽しそうに笑っている。
「な、何でもないから……! とりあえず、ちょっとティッシュ貸してくれ……! 鼻血が止まらないんだよ……」
「はいはい。……そこの机の上に置いてあるよ」
緋之原の示す通り、机の上にボックスティッシュが置いてあった。
ティッシュを取ろうと、机の上へ手を伸ばす。
すると――。
「……あれ? このエロゲー、中身が無いぞ?」
ティッシュの横にエロゲーのパッケージが置いてあるのだが、その中身は空の状態だった。
開封されている箱からは、取扱説明書しか確認できない――。
「それ、失くしちゃったんだよね……」
いつの間にか隣に来ていた緋之原が、少し悲しそうに零す。
「失くした……?」
「そう。……部屋を掃除してたら見つかってね。すごく懐かしいなって思ってプレイしようとしたら、中身が無くなってて」
「そ、そうだったのか……」
緋之原の顔を見ると、どこか感慨深そうにパッケージを見つめていた。
「……何か、このゲームに思い入れがあるって感じだな」
そう言うと、緋之原はゆっくりと頷いた。
「これ、私がエロゲーにハマるきっかけになった古いエロゲーなんだけどね。……もう廃盤で手に入らないんだよね」
「そうなのか……。それは残念だな……」
「……エロゲーにハマったあの頃のこと、また思い出したいな」
すごく切なそうにそう語る緋之原。
なんだろう……。自分のことではないのに、彼女の悲しそうな顔を見ていると、なぜか胸が締めつけられるような感覚がする……。
「……もしさ、そのエロゲーをもう一度プレイできたら、緋之原は嬉しいか?」
「そんなの当然だよ。……プレイできれば、の話だけどね」
緋之原はそう言い残すと、諦めたようにタメ息をつき、渋々といった様子でキッチンへと向かった。
春輔には、彼女の背中を見守ることしかできなかった。




