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第一章4「ベッドシーンには、まだ早い二人」

「な、なあ、緋之原ひのはら……」

「何、岡崎おかざき君?」

「な、何で俺たちは、ベッドで川の字になって寝ているんだ……?」

「二人きりだから川の字じゃないよ。二の字だよ」

「そ、そういう細かいことはどうでもいいから……!」


 明かりを消した部屋の中で、二人のボケとツッコミが繰り返される。


 今、俺は人生で最大の危機と山場を迎えているんじゃないか……? あの緋之原と、一つ屋根の下どころか、ベッドを共有して寝ているなんて……。


 こうなった経緯は、数時間前にさかのぼる――。


――――――


『え、リアルエロゲーシチュエーション……?』

『そうそう! せっかく泊まるんだから、リアルでエロゲーあるあるを体験してみるの!』

『ちょっと何を言ってるか分からない――』

『いいから!』


 素直に思ったことを口にすると、言い終わる前に緋之原に抱きつかれる。

 そして――。


『えいっ!』

『ちょ、何を……!?』


 そのままの勢いで、緋之原が体重をかけてきて、春輔しゅんすけは大きく体勢を崩す。

 背中が、ちょうど部屋にあったベッドにぶつかり、弾力のあるマットレスの感触がハッキリと伝わってきた。

 視界が大きく変わり、緋之原の部屋の天井が目に入ってくる。


『えへへ……。今夜は寝かさないぞ? なーんてね』


 天井ばかりが視界に入る中、こちらの上に覆いかぶさるようにして、緋之原が四つんいで顔を近づけてくる。


『な、なな……!?』


 そう、春輔は今――緋之原に押し倒されたのだ。


 なんだコレ……!? 女の子に……! しかも、相手はあの学園屈指の美少女である緋之原だぞ……!

 こんなことになるなんて、誰が想像できただろうか……。


 ――俺、これから何をされるんだ!?


 そう思った矢先――。


『ふふ。何か、岡崎おかざき君をベッドに押し倒すって、変な気分……』


 色っぽく笑った緋之原が、ゆっくりと顔を近づけてきて、まるで捕食者のように舌なめずりをする。

 その仕草からは、恐ろしいほどの色気があふれており、思わずまばたきすることさえ忘れてしまうほどだった。


 ――ヤバイ! これ、完全に食べられる一歩手前だろ!?


 こんな形で初体験を迎えてしまうのか、俺……!? いや、むしろ、迎えさせられてしまうのか……!?

 こういうとき、天井のシミを数えるといいって誰かが言っていたような……!? いや、緋之原の部屋、シミが一つもねえよ……!


 息をみ、焦らすように顔を近づけてくる緋之原……。その恍惚こうこつとした瞳から視線が動かせない。

 そして――。


『ふふ、いただきまーす……!』


 緋之原がそう言うと同時に、春輔は覚悟を決めて目を閉じるのだった。

 すると――。


『……ふふ、あははははは!』

『え……?』


 次に聞こえてくるのは、緋之原の楽しそうな笑い声。

 何が起こったと思い、ゆっくりと恐る恐る目を開けると、さっきまで四つん這いになっていた緋之原が、春輔のすぐ横で添い寝していた。


『ふふ、何かされると思った? だったら、残念。まだ、そういうのはオアズケだよ!』

『し、心臓に悪いから、もうやめてくれ……』


 完全に憔悴しょうすいしきった顔でそう口にする春輔。

 すると、緋之原は――。


『その……。さっきの私、エロゲーの攻略ヒロインみたいだった……?』


 急にしおらしくなり、恐る恐るといった様子でいてくる緋之原。

 エロゲーの攻略ヒロイン、といてくるあたり、ゲームのキャラになりきっているつもりなのだろう、が……。


『なんというか……。攻略ヒロイン、というよりかは、痴女だったな……』


 そう正直に答えると、緋之原は少し残念そうに視線を伏せた。


『そ、そっか……。ただ積極的なだけじゃ、攻略ヒロインぽくならないかー……』

『そ、そこまでして、エロゲーの攻略ヒロインみたいになりたいのか?』


 春輔が訊くと、緋之原は――。


『だって、見つけちゃったんだもん。……攻略してくれる主人公君をさ』


 緋之原はそう口にすると、イタズラっぽく笑った。


『と、とにかく、もう二度とあんなマネはしないでくれよ?』

『はーい』

『あと、俺は床で寝るから』

『そんなに紳士気取らなくていいのにー』

『紳士とか関係なく、普通に付き合ってもない男女が、ベッドを共有して寝てたら大事件だろ?』


 何か間違いがあって、事件に発展することも充分にあり得る。

 そう思っての心配だったのだが、緋之原は呑気のんきにも、こう口にする――。


『じゃあ、付き合っちゃう……?』

『なっ……!?』


 そんなに軽々しく言うものか、そういうのって……。

 考え方としては彼女できないやつの典型だろうけど、男女が付き合うって、結構重い決断だと思うのだが……。


『か、考えさせてくれ……』

『ふふ、嫌って言わないんだね』


 春輔の返答に、緋之原はニヤリと笑った。


 緋之原がどういうつもりかは知らないが、彼女と付き合うには、まだ気持ちの整理が追いついていない……。

 別に緋之原のことが嫌いではないのだが、自分の気持ちにモヤがかかっているような感覚がして、ハッキリと好き嫌いの白黒がつけられないのだ。


『と、とにかく、俺は床で寝るからな……!』

『一緒に寝てくれないと、学園中に"岡崎おかざき君が私の家に泊まったこと"言いふらすよ?』


 こ、コイツ、悪魔か……!?


『そ、それはやめてくれ……。そんなうわさが広まったら、俺、もう学校に行けなくなる……。というか、刺される……』


 そうなってしまえば、ノイローゼになるのは容易に想像できる……。


『じゃあ、私と一緒に寝ようよ。一人は、やっぱり……』

『ひ、緋之原……?』


 何か含みのある言葉を、緋之原から言われたような気がする……。


『と、とにかく、一緒に寝るんだからね。……岡崎君なら私、襲われてもいいから』

『俺を野獣扱いしないでくれ……。もし俺が緋之原を襲ったら、それこそ警察沙汰だろ?』

『もうー、面白くないなー。……まあ、そういうところも嫌いじゃないけどね』


 緋之原はそう言うと、安心したようにニッコリと笑顔を向けてくる。


 ――年頃の男が自分の部屋でいるというのに、よく安心していられるよな。


 よほどこちらのことを信頼してくれているのか、それとも、単に揶揄からかわれているだけなのか……。

 そのどちらかは判然とはしないが、これから美少女とベッドを共有するという山場が待ち構えていることだけは確かだ――。


――――――


 そして、時間は戻り――。


「なあ、緋之原」

「ど、どうしたの?」

「俺さ。……エロゲーのこと色々と誤解してたよ」


 そう言うと、緋之原が少し動揺したというのが、背中越しでも分かった。

 あれから何度も寝ようとしたが、気まずくて寝れない……。なので、適当にさっきのエロゲーについて話題を振ってみたのだ。

 すると――。


「……ど、どうしてそう思うの?」


 背後から、緋之原の疑問が飛んでくる。

 こうやって会話してくるということは、緋之原もこちらと同じく寝れなかったのだろう。

 その証拠に、声が震えているもんな……。


 ――まあ、この状況で寝れる方が異常か。


「いや、なんというか……。エロゲーって、単にイヤらしいシーンだけの作品じゃなくてさ、ストーリーが感動的で面白い作品が多い気がするんだよな」


 さっき、緋之原と鑑賞したエロゲーだけでも、充分に感動できるシーンが多かった。

 正直、あれを見てからエロゲーに対する価値観が変わった気がするのだ。


「ふふ、エロゲーの魅力に気がついたんだね……」


 少し嬉しそうに言う緋之原。


「だからさ――」


 そこで、春輔は話を区切った。


「もっと俺に、エロゲーの魅力を教えてくれないか?」

「……」


 春輔の言葉に、緋之原は何も返さなかった。

 背中越しだから顔が見えず、今、彼女がどんなリアクションをしているのか分からない。


 もしかして、まずいことを言ってしまったか……?


 そう思って焦る春輔。

 しかし、次の瞬間――。


「ありがとう……」

「……!?」


 背中越しに感じる優しい温かみ。

 そして、全てを包み込むような柔らかい感触……。


「やっぱり、岡崎君を選んで正解だったよ。すごく優しいし、エロゲー趣味のある私のこと、理解してくれるんだね……」


 緋之原が背中越しで嬉し涙を流していると気がついたのは、彼女のすすり泣く声が、かすかに耳に入ってきたからだ。


「色々、つらかったんだな……」


 そう言うと、緋之原は「うん……」と涙声の混じった返答をするのだった。


 ――今日は、一緒にいてあげよう。


 今まで彼女の感じた孤独や拒絶……。それはこちらの想像を絶するものだろうが、少なくとも、周囲に理解されない苦しい思いをしてきたことだけは確かだ。

 その孤独に、少しでも手を差し伸べられたらいいな、と春輔は心から思うのだった。

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