第一章1「私を攻略してくれる主人公」
次の日――。
「私の家って、学園の近くなんだよね。だから、遅刻ギリギリまで寝ても大丈夫なの!」
「そ、そうなのか……。べ、便利だな……」
成績優秀で遅刻とは縁の無さそうな緋之原だが、彼女から意外な言葉が飛び出す。
しかし、こちらはそれどころではなかった。
「岡崎君って、朝は弱いタイプ?」
「え? ああ、弱い……かもな」
あの学園内女子の清楚を代表する存在である緋之原琴葉と今、肩を並べて下校している……。
それだけでも結構なプレッシャーを感じるというのに、これから彼女の家へとお邪魔させてもらうという、男にとってはとてつもないご褒美イベントが待ち構えている――。
「……」
なので、岡崎春輔の心臓は高鳴ることを忘れず、緊張で会話もぎこちなくなってしまう。
すると、それを察したのか、緋之原がクスリと笑顔を向けてくる。
「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいんだよ?」
「い、いや、そうは言われても……」
これから女の子の家でエロゲーをするという、とんでもなく異質な状況なのに、落ち着いていられるほうがおかしい。
「大丈夫だよ。……私、岡崎君なら部屋を見られても平気だから」
「いや、そういう問題じゃ……。というか、どうして俺なんかとエロゲーがしたいんだ?」
そう訊くと、緋之原は少し考える素振りを見せた後、ニッコリとこう答える。
「何となく……かな?」
「何となくって……」
そんな適当な理由で、アンタのセクハラまがいな趣味に巻き込まないでくれ……。
そう思った矢先――。
「……なーんて。ウソだよ!」
「え、ええ……?」
ヤバい……。ほぼ彼女と会話しないのもあるのだが、緋之原という手の届かない存在ゆえに、どんどん彼女の人間性が分からなくなってくる……。
春輔は、緋之原の気まぐれさに狼狽えるしかなかった。
すると――。
「私ね、ずっと岡崎君を見たときから思ってたんだ。……岡崎君って、すごく優しそうって」
「俺が、優しい……?」
女の子から純粋に"優しい"なんて言われたのは、生まれて初めてかもしれない……。
しかも、緋之原のような美少女にそんなことを言われるなんて、まるで幸せの絶頂にいる気分だ。
単純すぎるかもしれないが、そのせいで、顔に熱がこもってしまう。
「ふふ。岡崎君、照れてるよね?」
少しイジワルっぽく緋之原に指摘され、慌てて否定しようと彼女へ顔を向ける。
すると、緋之原も――。
「そ、それを言うなら、緋之原だって顔真っ赤じゃねえか」
彼女もまた、春輔と感情を共有するように、顔を赤く染めていた。
「えへへ。私、誰とでも仲良く話しているつもりだけどね。……こうやって、本当の自分を全面に出して本音を言い合うって、憧れだったんだ」
少し感慨深そうに語る緋之原。
「そ、そうなのか? てっきり、緋之原って人気者だから、その"本当の自分"ってやつを理解してくれる友達とか、一人はいると思ってたんだが……」
お互いに顔を赤くし、甘酸っぱい青春の一ページを刻む。
しかし、その青春の味を噛みしめたいのに、緋之原の表情がすぐに曇ってしまう。
「……こんなイヤらしい趣味、理解してくれる人なんて、まずいないから」
「……」
彼女の深刻そうな言動に言葉が続かず、お互いに沈黙してしまう。
確かに、エロゲーが悪いわけでは無いが、世間一般だと"エロゲーが趣味です"なんて言おうものなら、すぐに"変態"の烙印を押されて引かれてしまうだろうしな。
――しかしそうなると、どうして緋之原は、そこまでしてエロゲーにこだわるのだろうか?
その大きな疑問を訊こうと、間の空いた沈黙を破って彼女に顔を向ける。
すると、緋之原も同じタイミングで、こちらに、その整った顔を向けた――。
「……なあ、緋之原」「……ねえ、岡崎君」
お互いの疑問と視線がぶつかり合い、さらに顔が赤くなってしまう二人。
「わ、悪い……。先にいいぞ」
「ご、ごめんね。……岡崎君って、エロゲーやギャルゲーの主人公に、性格が似てるんだよね」
「お、俺がエロゲーの主人公……?」
エロゲーなどの類は、やったことないので詳しくは分からないが、これは喜ばしいことなのか……?
そう疑問に思う春輔に、緋之原はさらに続けてくる。
「岡崎君の、可もなく不可もなくって感じが、エロゲーの主人公あるあるの"優柔不断さ"と見事にマッチしてるんだよね。……あと、すごく優しいところも、ヒロインたちとフラグを作っていくエロゲー主人公にとっては、必要不可欠な要素なの」
そう饒舌に語る緋之原だが、なんだか褒められている気がしないのは気のせいだろうか……。
「要するに、俺がエロゲーの主人公に似てるっていうのが興味深いってワケか?」
そう訊くと、緋之原は首を横に振った。
「それもあるけどね。……岡崎君って、私が机にエロゲーを置いてもさ、そのエロゲーを捨てることは一度もなかったよね?」
緋之原にそう言われ、記憶を思い返してみる――。
確かに思い返せば、毎回、机にエロゲーを置かれるという新手のセクハラに呆れこそはしたものの、エロゲーを捨てるなんて選択肢はしてなかったな……。
「そうだな。エロゲーのパッケージは捨てずに、とりあえずは家に置いてあるよ。……まあ、プレイする気は全然無いけどさ」
「どうして、処分しなかったの?」
緋之原から質問をぶつけられるが、すぐには答えられなかった。
「……なんというか、その。人が頑張って作り上げたものをさ、吟味しないで捨てるなんてもったいなく感じるんだよな」
「もったいなく感じる……?」
さらに疑問を深める緋之原。
「別にエロゲーをやろうとは思わなかったけどさ……。それでも、エロゲーとはいえ製作者の努力や作品自体に感動が詰まっているかもしれないだろ? 俺はそれを否定したくないんだよ。……だから、捨てるくらいなら、持ち主にちゃんと返そうと思ってたんだ」
長くなってしまったが、それが本心だった。
いくらエロゲーとはいえど、そこには製作者やプレイした人の想い入れがあるはずなのだ。
それをプレイすることなく簡単に否定してしまうのは、ボロボロの宝箱に金貨が入っていることに気がつかず、単にみすぼらしいという理由だけで宝箱を捨ててしまうようなものだと春輔は思っている。
すると――。
「じゃあ、私の趣味……。岡崎君は否定しないの?」
緋之原から、そんな単純で核心的な疑問が飛んでくる。
その答えは、当然――。
「否定しない」
そう短く答えると、緋之原は顔を真っ赤にしつつも、こちらの目を見据えて優しく笑った。
「……えへへ、やっぱり、私の思ってた通りだ」
緋之原はすごく嬉しそうに言うと――。
「えいっ!」
「……!?」
急にこちらの腕に自分の腕を絡めてきたのだった。
「な、何やってるんだよ、緋之原!?」
唐突に緋之原が密着してきたので、腕から伝わる彼女の体温や、スタイルの良さが分かる柔らかい感触が一気に襲いかかってきて、春輔の頭が真っ白になってしまう。
「ふふ、しばらくこのままでいさせてね、岡崎君?」
「な、何を言ってるんだよ……!?」
「いいからいいから。だって、やっと見つけたんだもん――」
だんだんと尻すぼみになる緋之原の声。
だが、声は小さかったが、彼女からはハッキリと「私を攻略してくれる主人公君が」と耳に入ってきたのだ。
その瞬間、一気に顔が熱くなった。




