初恋
長い間ずっと片想いをしているあの子が「誕生日プレゼントは一口チョコがいい」と言ったから、リクエスト通りの物を買って来たというのに……。
あいつに、高そうなチョコを貰っているのを見てしまったから、僕は、制服のポケットに入れたちっぽけなチョコを、ぎゅうっと握り締めた。
多分これは、初恋なのだと思う。寝ても覚めてもあの子のことばかり考えて、気付いたら目で追って、声をかける口実を探して、話せたら嬉しくて。ようやく誕生日を聞き出せた日は、嬉しくて一人小躍りした。プレゼントのリクエストまでもらえたから、少しは期待してもいいのかもしれないと、思っていた、のに。
でも現実はこうだ。あの子は僕よりずっとイケメンで、背が高くて、勉強もできるあいつに、高そうなチョコを貰い、嬉しそうに笑っている。
僕があいつみたいにイケメンで、あと十センチ背が高くて、勉強もできていたら、あの子は僕だけに笑顔を見せてくれただろうか。せめて僕が、自堕落な夏休みを過ごさず、アルバイトをしてお金を貯めていたら、あの子が喜ぶ物を買ってあげられただろう。顔は生まれつきだからどうしようもない、背もそれほど伸びなかったし、勉強は嫌いだ。でも夏休みにアルバイトくらいはできただろう。なぜ半年前の僕は、その選択肢を捨ててしまったのだ。僕は、本当に、なんて……、……。
ふたりの様子を盗み見ながら、身体中を覆っていく、このどす黒い感情を、多分「憎悪」と呼ぶのだろうと思った。自分が自分ではなくなっていくような初めての感覚に身震いしながら、ポケットのチョコを強く握り直す。
次第に溶けてどろどろになっていく感触は、僕の心とおんなじだと思った。
***
長い間ずっと片想いをしている彼に「誕生日プレゼントは一口チョコがいい」とストレートにアピールしたというのに……。
彼はプレゼントどころか、姿を見せてもくれなかった。
多分これは、初恋なのだと思う。共通の趣味も多くて、それらに対する感じ方や考え方もよく似ている。おかげで話していてとても楽しい。時間が許すなら、いつまでだって話していたい。気付けばいつも、彼のことを考えている。これを恋と呼ばずに何という。
だから彼から誕生日を聞かれたときは、彼も同じ気持ちでいてくれたのだと思っていた、のに……。当日、彼とは朝に挨拶したきり、話すことはなかった。
誰かに何を貰っても、心は揺れ動かない。たとえそれが大好物のチョコレートで、とても高価で、最高に美味しいものだったとしても。
彼がいい。彼からなら、石ころを差し出されたって嬉しいのに。もし今日、彼がわたしの誕生日を祝ってくれたのなら、気持ちを伝えようと思っていたのに。誰かに告白をするなんて初めてのことだから、長い時間をかけてシミュレーションして、台詞も完璧に覚えてきたというのに……、……。
これまでの日々は、全てわたしの勘違いだったのだろうか。恋とは、こんなにも難しいものなのだろうか。どこで道を間違えたのだろうか。戻ることは可能だろうか……。どれもこれも初めてのことで、わたしには対処の仕方が分からない。
最後の望みを込めて、辺りを見回しながら、帰路を行く。行く。行く。吹き抜ける風がひどく冷たい。悲しみ嘆く心が、石ころより硬くなるのを感じた。
(了)