8話 九条茜
学校というのは社会の縮図だって誰かが言っていた気がする。
誰が言ってたかは知らないけど成る程と思う所はある。
社会とはすなわち序列だ。
上には偉い人、自分より身分の高い人がいる。
そして下には自分よりも立場の低い人もいる。
生まれついての身分差。
お金を持ってる人と持ってない人。
力が強い奴と貧弱な奴。
頭の出来不出来。
縦社会はこの身分の高い人と低い人の上下関係によって成り立っている。
社長と部長、部長と課長、課長と平社員、平社員とパートやアルバイト。
大人の社会はこういう立場間の序列によって成り立っている。
そしてそれの縮図である学校にもスクールカーストという形でそれは存在する。
流行りに敏感な若者は流行りの先駆けとして他の生徒達の模範となり先導するファッションリーダーになったり憧れられたりする。
見てくれの良い者はそれだけで人から支持されるし、運動が出来れば、頭が良ければ、それだけでも人の中心になる事もある。
しかしそれはあくまでも小さな学校って世界の中限定の話だ。
社会性のない子供の作り上げた縦社会に強い影響力なんて生まれない。
しかし何事にも例外はある。
子供の作り上げた流行り廃りは時にその学校って枠組みを越えて広く波及する事もある。
昔ならTVで…今ならネットで昔より遥かに早く広まる。
流行のファッションとか食べ物なんかはそうやって人から人へと波及していく。
そしてそういった流行り廃りには絶対に中心的な存在がいる。
偶像的な求心力を持った所謂カリスマ。
そのカリスマが一種のブームを加速させる。
この学校にはそんなカリスマを持った化け物がいる。
五大女神。
そんな大仰な呼ばれ方をされている人達の中で自分は酷く浮いた存在だと自覚している。
九条茜。
私には取り立てて人に誇れる才能がない。
容姿だけは生まれつき良かったがそれだけだ。
見た目の良さに反してそれに釣り合う能力が私には無かった。
何かに打ち込もうと…何かを頑張った事もある。
テニスや刺繍や料理…。
どれも中途半端。
委員長をやってるのだって釣り合う自分を演出したかったからで、別にやらなくても良かったと今は後悔してる…。
雅君にお弁当を作るために料理は今も続けているけど前みたいな向上心は私にはない。
惰性……そうしなければ駄目だと思ったから…だから続けているだけ…。
正直面倒くさいし、止めてしまいたい。
雅君は私の料理を褒めてくれた。
美味しい美味しい!と言って食べてくれた。
もう思い出せないくらい昔の遠い記憶。
今はただ事務的に食べられているだけ…
感想もお礼も言われないのが当たり前。
別に感謝されたいわけじゃない。
酷い時なんて今日は誰彼が作ってくれたからいらないと突き返されるくらいだ…。
ただ…美味しかったって一言…言って欲しいだけ…。
私がお弁当を作る意味を与えて欲しいだけ…。
我儘なのは分かってる。
でも…じゃないと…私は雅君のお弁当を作る事に生き甲斐を見出だせないから…。
雅君は昔から女の子に沢山モテた。雅君自身は何処にでもいる普通の男の子で、すこしデリカシーにかけるけど優しいところもある。
特に理由は無かったけど私は昔から雅君の事が好きだった。
友達として好きなのは当然として…多分1人の男の子としても好きだったんだと思う。
だから雅君に寄って来る女の人達から雅君を守るのが私の使命だって思ってた。
でも私が何かしなくても雅君とその女の子達がどうにかなる事は今まで一度も起こらなかった。
雅君のお父さんが再婚して出来た義妹の花楓ちゃんなんて毎日引くほど凄い好き好きアピールをして私には牽制の視線を飛ばしているのにそれに全く気づかず、じゃれ付いているとしか思ってないんだ。
あれは鈍感とか言うレベルの問題じゃないと思う。
他の子達も同じ。
口を開けば俺みたいなモブに〇〇さんが?そんな訳ないってぇ!あはは!
と笑っているのだ。
そしてそれは私も同じ…
正直告白した事だってある。
でも雅君は…
彼には届かない。
告白を告白と認識してもらえない。
冗談と受け取られるのだ。
中には嘘告と受取られ、雅君と修復不可能な溝が出来た子もいた。
あんなのを見せられたらもう告白なんて怖くて出来なくなった。
彼は人の気持ちがわからないのだ。
いつしか私の中で彼への恋心は四散していって残ったのはそれの残りカスだけ。
雅君をとられては駄目だからという理屈めいた言い訳だけが残った。
何故とられてはいけないのか…それはもう私にはわからないけど多分駄目だから…。
昔みたいにもっと彼との時間が増えればまた彼の事を好きになれる。
あの気持ちを取り戻せるとそう信じて私は彼に声をかけ続ける。
でも彼は私の事を気にもかけない。
ウザがられてるのかもしれない。
彼の趣味に寄り添おうと思っても全く理解出来ないし、
一方的に語られる彼の好きなモノは私には難解過ぎた。
そんなおり、彼が口にした好きなモノのなかで一つだけどうしてだか気になる物があった。
Vチューバ。
所謂顔の見えない配信者。
アニメみたいなキャラをアバターにして顔を隠し声だけで配信するのがVチューバだと私は捉えた。
それが何故かとても魅力的に思えたし雅君もVチューバが大好きみたいだ。
最近はいつもVチューバの話しかしていない。
同じ話ばかり繰り返し聞かされる事も増えた。
正直ちょっとしんどいけど同じ内容だから馬鹿な私にも理解が出来た。
私はここで私もVチューバになればまた雅君が私の事を見てくれるんじゃと思いいたり、Vチューバを始める為に沢山勉強した。
でも馬鹿で機械オンチの私にはちっともわからない。
ダメ元でママやパパに相談したら予想外に応援してくれた。
いつも直ぐに諦めちゃう私が自分から何かをしたいといった事がママもパパもとても嬉しかったらしい。
私はママやパパの力添えもあってVチューバになる事が出来た。
でもVチューバは全然簡単じゃなかった。
人が全然見に来ないし、登録者も全然増えない。
同時視聴数は一桁で酷い時は誰も来ない。
何を話したら良いのかわからないし、泣きそうになる。
でもリスナーさんが頑張れ!見てるよ!と応援のコメントをしてくれると私はそれがとても嬉しくて頑張ろうって思えたんだ。
ある日私がVチューバとして活動してる雨白アテナについて雅君に軽く話をふってみた。
「私もさVチューバの配信?ちょっと見てみようとおもって、雨白アテナって子の配信を、見てみたんだ…雅君は知ってる?」
「へ?あめしろ…そんな弱小Vの事よりもさ!詩羽がね!」
「…………あはは…」
結局は何も変わらない。
寄り添っても、歩みよっても何も変わらないんだ。
追求されたりしたらどうしょうとか、バレたらどうしょうとか…いろいろ考えて…それでも勇気出して言ったのに…そんな弱小V……か……。
それでも…結局私はVチューバを辞めなかった。
始めたきっかけは確かに雅君だったけど…ママやパパに無理言って機材やモデルまで整えてもらってようやく始めたんだ。
雅君に気にかけてもらえなかったから辞めるなんて言えなかった。
でも…今は雅君なんて正直どうでもよかった…。
登録者が同接数が一つ増えることが私の承認欲求を満たしてくれる。
今まで告白されたことは何度もある。
でも私に告白してくる人達は私の顔しか見ていない。
私の中身にはみんな興味がないんだ。
でもVチューバは違う。
顔なんて見えない私の配信にみんな来てくれる。
視聴者の名前を覚えてまた同じ人達が来てくれるとすごく嬉しかった。
頑張れ!って大丈夫だよって言われる度に私はとても嬉しくなってもう辞めるなんて私の頭から消えていった。
そんな時だ。
また詩羽ちゃんの話で盛り上がってる雅君の相手を朝からしている。
毎朝迎えにいって、お弁当を作って…彼の一方的なお話を聞く。
私に求められているのは相槌を打つ事だけ。
うん…うん…そうなんだ…と彼の話を聞いてるふりをするだけ。
そうしていると徐々に雅君の周りに人が寄って来る。
「ふふ、おはようございます、今日もお二人共仲良しですね」
「おはよう雅人君に九条さん、今日も良い日差しだね」
「おはよう二人共!」
「おはようございます蔵王先輩、足立先輩」
「あっ!やっと追いついたぁ!!もぉ!酷いよぉ!雅兄!花楓を置いてくなんて!」
「お前がもたもたしてるからだろ!」
「もぉ〜今日は絶対離さないからねぇ!」
「ちよわっ?コラ離れろ!暑苦しいだろ!」
「やだー絶対に離さなーい!コバンザメ〜」
「むむ、これはうかうかしてられんな!雅人君!」
「あらあら、皆さん仲良しですねぇ」
女の子達に囲まれヘラヘラとしてる雅君…
昔はこんな所を見てたらイライラしてたはずなのに…
今はどうして何も思わないのだろう……。
その日の何時間目かの休憩時間に雅君が唯一いる男の子の友達、足立智春君とお話してた。
いや、あれは私の時と同じ…。
雅君が一方的に詩羽関連の話をしてるだけで…
そんな時にいつもならしない話を…足立君はした。
「詩羽ちゃんの配信は見たことないけど切り抜きとかは見たことあるな…確かにネタの幅が広いしトークも聞きやすいし声も可愛いな、俺は個人勢の雨白アテナの配信が最近楽しみだな」
「へ?アメシロ…?」
「あぁ、素朴な感じでさ、声も可愛くて聞いてて癒やされるんだよ」
「ふーん…それでね!詩羽ちゃんの社畜時代トークによく出てくるおっさん………
彼は今なんて言った……?
雨白アテナ…?
それは私のVチューバとしての名前だ。
こんなところに私の配信を聞いてるひとなんて誰もいないと思ってた……。
なのに……
こんな身近にいたなんて……。
私は彼にどうしても聞いてみたくなった…
どうしてアテナの配信なんてきいてるのか、
どうしてアテナの配信をみつけたのか…
どうして人気も知名度もないアテナを人気者の詩羽より優先してるのか……
「…俺はもともと人気のあるVより個人勢で駆け出しとかのほうが落ち着いて見れるし応援もしたくなるんだよ…それに雨白アテナの配信はなんてゆーか、リスナーの一人一人を大事にして話してる感じがするし…なんか素朴な感じがして聞いてて落ち着くんだよな…」
本当に……彼は本当に私の配信を聞いてくれていた。
それがこんなにも嬉しいなんて…
こんなにも胸が張り裂けそうなくらいドキドキするなんて…。
私はこの溢れ出そうな感情を抑え込むのに必死で変なことを口走ってないか不安になる。
そのまま自分の席に戻った後も私の中のドキドキは消えてくれなかった。