7話 Vチューバ
それは学校にいるとある時間での出来事だ。
「足立君!足立君!ねえねえ見た見た?昨日の配信?」
「配信?なんの?」
「もお〜そんなんじゃ流行に置いて行かれるよ?全くしかたないなァ〜今V界で一番勢いのある箱、アークスターの星乃詩羽ちゃんだよ!いゃ〜彼女の配信は神だね!キレキレのトークに尽きる事のないデッキ!正に天才だよ!昨日なんてさ!16歳設定のアイドルなのに社畜時代の黒歴史トークで笑いを掻っ攫っていったんだ!高校生アイドルなのに社畜トークのギャップがたまらないよね!!それにね!……」
また始まった。
今回は推しVチューバの話題らしいけど俺は有名になり過ぎた配信者の配信は基本見ないのだ。
何故かと言うとトークのチャット欄の流れが阿呆みたいに早く目で追えないからだ。
俺は配信者と視聴者の一体感ある配信が好きなのだ。
なので比較的緩やかなスピードで流れるトークチャット欄が好ましく、基本は登録者500人未満の個人Vの配信をよく見てる。
勿論有名事務所所属のVを貶す気はない。
有名事務所のライバーはトークや配信が安定してるし見ていて安心する。
ただチャット欄にコメントが溢れかえりVにコメントを拾ってもらえるかは基本的に運だ。
スーパーチャットを使えば読んでもらえる可能性は一気に上がるけど、お金を払ってコメントを読んで貰うという過程が個人的に違うと思うのだ。
配信者も仕事、金儲けの為に配信をやっている。
そして視聴者はそんな配信者を応援、支援するためにお金を支払う。
そこには明確な応援って意思があるはずだ。
だから自分のコメントを読んで貰う為にお金を払うというのは何か違う気がするのだ。
まぁそれでも配信のファンになったなら認知してほしいと思うのは当然なのだが、その為に多額のお金を投じるのは応援ではなくただの自己顕示でしかないと思うのだ。
スパチャが自然に飛び交う有名Vの配信をみてるとその事を痛感するから、俺は基本的に有名Vの配信を見ないのだ。
ちなみに彼にはこう言った話は勿論していない。
しても無駄だからだ。
彼は自分のしたい話だけを一方的にするだけで、他人と共有だとか分かち合うとかに興味がない。
そんな相手に話しても無駄だからだ。
ただ今回ばかりはたまたま気が向いたのか、俺はこんな事を宮藤に話していた。
「詩羽ちゃんの配信は見たことないけど切り抜きとかは見たことあるな…確かにネタの幅が広いしトークも聞きやすいし声も可愛いな、俺は個人勢の雨白アテナの配信が最近楽しみだな」
「へ?アメシロ…?」
「あぁ、素朴な感じでさ、声も可愛くて聞いてて癒やされるんだよ」
「ふーん…それでね!詩羽ちゃんの社畜時代トークによく出てくるおっさん上司がマジで許せなくてね…僕の詩羽ちゃんにセクハラ・パワハラしてたんだって!ありえないよねありえないよ!うん!許せないよね!詩羽ちゃん凄い可哀想だ!僕が癒やしてあげたいくらいだよ!それでその嫌味な上司だけどね…詩羽ちゃんが………」
まさかふーん…で開始数秒で流して詩羽のトークを一方的に再開するとはいやはやおそれいった。
少しは触れてくれても良いんじゃないかなと思うがコイツにそんな事を望むのは絶望的か…
「それでね!詩羽ちゃんがね!……」
「詩羽ちゃん?それは誰の事かな?」
突然、第三者の声が介入してくる、自然と俺達の視線はその声の人物の方に向く。
「やぁ、会いに来たよ?雅人君。」
「蔵王副会長じゃないですか!」
ニコッと笑顔で声の主に微笑みかける宮藤
そこにいたのは蔵王萌芽…この学校の副会長さまで五大女神の1人だ。
副会長ながら生徒会長よりも強い発言力を持っていて頭の回転も姉の桜花レベルで早い。
ハイレベル女子同士で仲が良いのだろう。
「なんの話をしていたんだい?私も入れて欲しいな?」
「副会長は詩羽ちゃんって知ってます?星乃詩羽ちゃん!!」
「え?いや、知らないな…有名人か何かかな?」
「もぉ〜副会長駄目ですよ!そんな事じゃ流行に取り残されますよ!今はアークスターの星乃詩羽ちゃんが来てるんですからこのビッグウェーブに乗り遅れない様にしないと!」
「すまないね…どうもそういう事に疎くて…」
「もぉ〜しょうがないなぁ〜先輩はぁ〜詩羽はですねー……」
嬉々として推し語りを始める宮藤。
副会長の蔵王先輩にオタク知識があるなんて話は聞いた事がない。
と言うよりも本来女子にオタクトーク…それも女Vチューバの話なんて恐れ多くて俺ならできない。
相手が五大女神の1人なら尚更だ。
現に教室にいるクラスメイトは男女問わず信じられないって顔をして宮藤を見ている。
しかし予想外にも蔵王先輩は満面の笑顔を向けて宮藤の話を聞いていた。
「詩羽はですね!トークスキルがバカ高い娘なんですよ!昨日食べた晩ごはんの献立で30分面白おかしく話してるところとか神かな?っておもいますよね?まぁ神じゃなくて天使なんですけどね!それとですね……」
「うん…うん、そうか!成る程……うん…うん…」
多分あれは話の内容など端から聞いちゃいないな…
多分宮藤が楽しそうに自分に語りかけてくれてるシチュエーションに酔いしれてるんだろう。
それでいいのかって思うけど副会長が満足ならそれで良いのだろう…。
宮藤の相手は副会長に任せて俺はその場からゆっくりと離れる、よく見れば近からず遠からずと絶妙に微妙な位置で宮藤の幼馴染でこのクラスの委員長である九条茜が2人のやり取りを見ていた。
すると俺が見ている事に気づいたのか彼女はニコッと少しくたびれた笑顔を向けてこちらに歩いてきた。
「良いのか?あそこに混ざらなくて…」
「え…?あぁ…いいよ…もうあの話聞くの5回目だし…少し疲れちゃった…」
「ご…5回…そりゃ…お疲れ様だな…」
「えへへ…そういえば足立君もVチューバ…好きなんだね…」
「何?Vチューバの事を教えて欲しいのか?」
彼女も宮藤と距離を詰めるために奴の趣味に理解を示して理解ある女の子がいるよとアピールする作戦か?
冬真がゲームでアピールして、こんどは九条がVチューバってとことか?
「あぁあ、ちっ…違うよ…その…足立君が好きなVチューバ…あのえ〜と…」
「雨白アテナの事か?」
「そう…それそれ…」
「こ…個人勢って言うんだよね…ど…どうして足立君はそんな人気のない子の配信を見てるの…?」
「え…?なんでそんな事を?」
「え?あ…い…その……な…なんとなく…雅君は…その人気のある子の配信しか興味ないから…なんでかなぁ…て…」
「……う〜ん、ちょっと言うの恥ずかしいから引くなよ?」
「私から聞いたんだし引いたりしないよぉ」
「そう…?……なら…俺はもともと人気のあるVより個人勢で駆け出しとかのほうが落ち着いて見れるし応援もしたくなるんだよ…それに雨白アテナの配信はなんてゆーか、リスナーの一人一人を大事にして話してる感じがするし…なんか素朴な感じがして聞いてて落ち着くんだよな…」
「そ……そうなんだ…そのありがとね…」
「?どうして九条さんがお礼をいうのさ?変なの」
「え?あはは…そうだね、変だよね…えへへ…じゃね、」
そう言うと彼女はトボトボと自分の席に戻っていった。
どこか顔を赤らめてる様に見えたのは俺の気のせいだったのかもしれないが…その表情はすこし嬉しそうに見えた。