33話 私に必要な者
私の名前は九条茜
…少しだけ…そう…自惚れなく客観的に自分を評価した場合…私の見てくれは他の平均的な子より少しだけ良いらしい。
でもそれ以外は普通…いや、それより少し下な女の子だ。
三日坊主なんて言葉があるけど私は大体この言葉を体現したような人間だ。
これと言って打ち込める趣味も無ければ好きなモノも無い…空っぽの人間…それが私なんだと思う。
こんな私だけど隣の家には幼稚園から一緒の幼馴染の男の子がいる。
宮藤雅人君…私は昔から彼の事を雅君と呼んでいる。
小学校の頃からなのかそれとも幼稚園の頃からなのか…もうわからないけど、その位、前から雅君の事を雅君って呼んでいる。
そしてそれと同じくらい前から雅君に私は片思いして来た。
小学校からか、幼稚園からか、もう解らないけど…私は雅君の事が好きだった。
そして、雅君の事が好きになる女の子は私だけじゃない…幼稚園の頃は先生も含めて皆からチヤホヤされてた可愛らしい女の子が雅君の虜になった。
雅君と同じ送迎バスに乗る私に凄い嫉妬の目線を向けて来ていたのを今でも鮮明に覚えてる。
小学校の頃は高飛車で少しだけナマイキな感じの女の子が雅君の前だと借りてきた猫みたいに大人しくなっていたし、他にも自分の事を特別視してる達観した子も雅君の前じゃデレデレでいつもの達観した雰囲気が台無しだった。
とにかく雅君は良くモテた。
幼稚園や小学校の頃の私はまだ嫉妬って感情が理解出来てなかったから…女の子に直ぐに好かれる雅君の事を単純に凄いなと思っていたくらいだ。
でも年齢が上がり中学生になる頃には私も立派に嫉妬するようになった。
それどころか同時に危機感も感じる様になった。
雅君の事を好きになる女の子達はみんな凄い才能の子達ばっかりだった。
私が辞めたピアノがとても上手い子もいたし、単純に頭が凄く良い子…料理が上手い子や流行りにとても敏感な子もいた。
私は焦った…このままじゃ…雅君が取られちゃう…雅君が誰か別の子のモノになっちゃうって…
あの時から私の中で雅君はただの幼馴染の男の子ではなく…特別な1人の人間になってしまったんだと思う。
面倒くさいなぁ…
そんな時だ…
雅君の両親が離婚して雅君とおばさんだけになった。
雅君の両親が何故離婚したのかは詳しくは知らない…
でも私はこれがチャンスだと思ったんだ。
思ってしまったんだ…
自分でも最低だと思う…。
おじさんがいなくなって落ち込んでる筈の雅君を励まして元気付ければきっと私の事を見てくれる。
そんな風に状況を利用する事しか考えられない…
自分の浅ましさ、薄情さが嫌になった。
それでも私は行動に移した。
他の女の子達を出し抜くにはこうやって幼馴染としての特権を駆使していかないと私には勝ち目が無い、
そう思ったから…。
それからは雅君を朝に毎日起こしに行ってあげたり、お弁当を作る為に料理の勉強をしたり私は自分にできる限りの最善を尽くした。
三日坊主の私が誰かの為にここまで頑張れる事に私自身が一番驚かされた。
雅君は私がベッタリと付きっ切りで側にいたお蔭でなんとか持ち直す事も出来たし…雅君からの信頼もこれまで以上に大きなモノとなった。
でも依然として幼馴染として以上には見られない。
それが何処までも歯がゆかった。
しばらくして雅君のお母さんは再婚し、雅君の苗字は宮藤に変わった。
そして義妹である花楓ちゃんがやって来た。
彼女は愛らしくて可愛らしい…アイドル顔負けの存在感を持つ美少女だった。
例に漏れず雅君にベッタリでこれまでの幼馴染としての私の立場を揺るがす存在の登場に私はただただ危機感を感じた…
ああ…面倒くさいなぁ…
それからも私は挫けず雅君との仲が進展する様に自分磨きを徹底してたし、雅君への献身的な態度も崩さなかった…。
でも彼は変わらない…
変わろうとしないし、変わることも無い。
あの時のまま…そのまま、あの時その時のまま…
雅君は大きくなっていた。
存在がじゃない。
体が物理的に大きくなっていくだけ。
精神とか心とか…そういうのはあの時のまま…そのまま…
何も変わらず何も成長せず、彼は私が好きだった頃のまま…成長していった。
雅君の周りには沢山の綺麗で、可愛くて愛らしくて、優雅で…気品があって、無邪気で、我儘で身勝手で、そんな言葉では片付けられない色んな女の子達が集まった。
その中に私は食らいついた…喰らいついて…必死で自分をアピールした…
でも彼は私をみてくれない。
幼馴染として以上の関心…興味を向けてはくれない。
それでもめげてちゃ駄目だ…。
高校生になってからは雅君がのめり込んでるVチューバも始めた。
勝手が解らないけど頑張って有名になれば雅君のほうから見つけてくれるかも……
あぁ…すごく…面倒くさいなぁ…
もっと頑張ってアピールしないと…
私と雅君が結ばれる、…未来にたどり着けない….
でもこれは本当に私の純粋な思いなの?
本当の気持ち…なのかな…?
私は本当に雅君の事が好きなのか?
雅君はいつも自分の事ばかり…
言葉では他人を気遣う様な事を口にしながらいつも保身ばかり…
彼は一度だって…一度だって…私を見てくれた事がある?
無いよ…無いよね…
あぁ…面倒くさいなあ…
そうだね…
面倒くさいね…
どうして…私はこんな不毛な事をずっと続けているんだろう…
雅君はとてもモテる…
不自然なまでに…
催眠とか…暗示とかそんなモノを連想した事だって勿論ある。
でもそんなものはこの世に実在しない。
するわけ無い…
なら雅君のあれは何なんだろう…
人を人が強制的に惹き付ける力…
もうそんなの呪いとしか言いようがないと思う…。
私の何年にも渡るこの気持ちも呪いなのかな?
そう思うと…悲しくなってくる。
私って…何なんだろうって……
「雨白アテナ…あぁ、素朴な感じでさ、声も可愛くて聞いてて癒やされるんだよ…俺はもともと人気のあるVより個人勢で駆け出しとかのほうが落ち着いて見れるし応援もしたくなるんだよ…それに雨白アテナの配信はなんてゆーか、リスナーの一人一人を大事にして話してる感じがするし…なんか素朴な感じがして聞いてて落ち着くんだよな…」
褒めてくれる人がいた。
私の活動を認めてくれる人がいた。
私を見てくれる人がいた。
「うわ…思ってたより普通に美味しい。冷めてるのにふんわりサクサク…のフライ…家の母さんのフライなんて冷めたらベタベタだぞ?」
「え?あ…その…コツがあるんだよ…」
「ふーんそっか…、この卵焼きなんてネギが混ぜ込んである!うまっ!味付けもうまっ!」
「え…えへへ…」
褒めてくれた…
私が苦労して作ったお弁当を褒めてくれた。
美味しそうに食べてくれる。
誰にも渡さないぞって私のお弁当を大事そうに抱え込んで…
これまで私がしてきた全てが無駄では無いって言われてる気がした…それがこんなにも嬉しいなんて…
それがこれ程に心を満たしてくれるなんて…知らなかった。
「姉弟だろうと、幼馴染だろうと付いて来られたくない場所の一つや二つあるんだよ?其れくらいわかれよ。女子がトイレに行くつってんのにそれに付いて行こうってのがデリカシーに欠ける行為なんだよ、それを理解しろよ!」
私の為に大きな声をだして怒ってくれる人がいる。
私の為に面倒事に顔を出してくれる人がいる。
普段は面倒くさい事なんて絶対に自分からしないくせに…私の為にそんな面倒くさい事にも関わろうとしてくれる。
「茜…僕には君が必要なんだ…だからさ…おいで?」
あぁ…
雅君が私を必要としてくれてる…
あの魅力に溢れたキラキラした目で私を…私だけを見てくれてる…
雅君が私を必要だと言って手を差し出してくれてる…。
これを…この時をどれほど夢見た事か…
この瞬間をどれほど待ちわびた事か…
私は…
差し出された雅君の手を……
払い除けた。
「ど…どうして…?」
「私…言ったよね?もう遅いって…」
「そ…そんな…どうして…」
「今の私には私を必要としてくれる人がいるの!」
「はっ!はは!足立君だろ!?あんな奴より僕が!僕の方が茜を理解してる!幼馴染の僕の方が!」
「雅君は何もわかってないよ…」
「何がさ!?僕は茜の事をわかってる!!わかってるんだ!」
「雅君は可哀想な人だよね?そうやって人の事を解った気でいたら楽なんだろうね…」
「な…っ?……あ……あかね……茜ぇ!!」
雅君は私に掴みかかってくる。
激昂し、頭に血が登った雅君はきっと手加減なんてしてくれないだろう。
でもそれでいい。
少なくとも私は彼の幼馴染だ。
身勝手に彼の側を離れる罰くらいは受ける義務がある。
そう思ったから…。
でも…
「やめろよ!」
「く、…足立……君…」
「智…君…?」
「遅いから迎えに来てみればだよ…たくっ…」
「ご…ごめん…」
「いいよ、行こうぜ」
「うん!」
彼は私をいつも見てくれる。
いつも私が困ってたら来てくれる。
雅君とは真逆…
彼の目はキラキラ光ってないし、良く分からないオーラ?雰囲気もない。
それでも彼は…足立智春君は私を魅了して止まない。
呪いなんかじゃない。
純粋に私を好きになってくれる人。
純粋に私が好きになった人。
少しエッチな所もあるけど彼の為ならそれもやぶさかじゃない…。
そんな風に思わせてくれる人。
彼と一緒に歩んで行く。
それが私の本当にしたいと思う事。
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