19話 茜の日常
どうしよう!
どっ!どうしよう!!?
茜は自室のベッドの上でごろごろともんどり打っていた。
それは昼間に学校でした彼氏…智春との約束。
膝枕で耳掃除の事に他ならない。
生まれて初めて出来た彼氏を部屋に呼ぶ事それ自体がすでに1大イベントだ。
なのに膝枕して耳掃除だ。
足が太いとか思われたらどうしょうとか、ちゃんと耳掃除出来るかなという不安とか考え出すと切りが無い。
しかし…しかしだ。
彼女の悩みはそんなところには無い。
いや、悩んではいるが一番の悩みの前には些事と言えた。
膝枕とは膝に相手の頭を置くという行為に他ならない。
それはつまり自分の太ももに智春の頭、ないしは顔を置くと言う事なのだ!!
密着してしまう。
少し腰を前に倒す。
少し膝を上に上げる。
たったそれだけで…それだけの事で智春の頭を自分の体でサンドイッチの様に挟み込めてしまえるのだ。
それは…それはエッチな気がする。
いや、考え過ぎなのはわかっている。
でもエッチだ。
「はわわ〜、私何考えてるの…バカバカ!」
先程からこんな感じで妄想が止まらない。
そもそも足立智春にお願いを聞いてほしいなんて予想外の提案をされた時点で彼女の妄想は暴走気味にスタートしていた。
お願い?
まさか、エッチなこと?
男の子のお願いなんてエッチな事以外ありえないよね?
それってつまり、お尻やお胸を触らせて欲しいって事?
駄目よ!駄目!そんなの駄目よ!!
私達はまだ付き合いたてで健全なお付き合いをしていく仲で、いきなりそんなエッチなことなんてまだ早い。
段階を踏んで少しずつ、ゆっくりと仲を深めて行けばいいんだ。
でも、堅苦しい女って思われたらどうしょう?
我慢させ過ぎて私の事を嫌いになられたら?
愛想をつかされたら?
それは辛い、辛いなんて言葉では表現出来ないくらいに辛い。
ならばお尻やお胸の一つや二つ、触らせて上げるのも一種の甲斐性なのかもしれない。
しかしエッチな事ばかり考えてる娘だと思われて引かれたらどうしようか?
ああ…
神樣…こんな時にだけ、すがる身勝手な私をお赦し下さい…そしてどうか…どうか…お助けください…。
彼女の妄想は止まる事無くエスカレートしていく。
初めて出来た彼氏。
それも妥協や惰性ではなく心から大好きだと思える相手が初彼氏なのだ。
その人の事を思うと心がどうしょうもなく弾んでしまう。
こんな気持ちは彼女の中でも初めてのだった。
宮藤雅人、あの幼馴染の事は間違い無く好きだったはずだけどここまで激しい気持ちを持っていた訳では無い。
しかし今となっては何故あれ程彼に固執していたのか解らなくなる。
今だからこそ言える事かも知れないが…本当に私は彼の事が好きだったのか?
そんな事さえ考えてしまう。
何か酔に当てられていた…
そんな風にすら思えて来るから怖い。
それはそうと例の膝枕して耳掃除をする日は彼を家に招いてあげなければならない。
部屋が片付いてないとそれもまならない。
忙しくなりそうだが今日は他にもやる事がある。
配信だ。
彼女は現役女子高生でもあり、Vチューバ、雨白アテナという配信者でもある。
宮藤雅人に振り向いてもらいたくて始めたVチューバ活動だけど、これのお蔭で私は大好きな彼氏である足立智春と出会えた。
だから今は前以上に雨白アテナとしての活動に熱心なのだ。
別に有名になりたいとか大きくなりたいだとか、案件仕事がしたいだとか、野心めいたモノはない。
彼女にとってアテナとしての活動は純粋にやりたいからやっているだけ…趣味みたいなモノなのだ。
業界的に言うならエンジョイ勢といった所か。
まぁ…両親に払ってもらったお金の分くらいは稼ぎたいという気持ちもあるにはあるが、これで一生やっていくまでは考えてない。
所詮は趣味と言う所だ。
「みんな〜こんアテナ〜雨白アテナです〜えへへ〜」
amazing
【こんアテナ〜】
さすらいのロリコン
【コンあて〜】
ヨッシー
【アテナちゃん今日もカワイイー】
amazing
【今日アテナちゃんなんか機嫌いいね!良い事あったの?】
「えへへ〜わかりますか?良い事あったんだぁ!」
ヨッシー
【もしかして例の片思いの人と進展あったとか?】
amazing
【くそぉ!俺も高校生だったらなあ!】
さすらいのロリコン
【若人の青春を見守る事こそオジの役目だぜ!】
「えへへ…この度お付き合いする事になったんです…」
ヨッシー
「良かったねアテナちゃん(涙)」
amazing
【こうなったら2人の青春を全力で応援する所存】
さすらいのロリコン
【推しが幸せならオッケーです。】
視聴者は概ねアテナの恋人出来た宣言に悲しみながらも応援し、これを前向きに捉えている。
本来推しのVチューバが彼氏が出来た、など言おうものなら末代まで呪う勢いで荒らし、炎上するものだがアテナの配信に限ってはそうはならない。
これは彼女のクソ真面目な人間性とやや天然の入ったトークが引き起こした奇跡と言える。
後は彼女がエンジョイ勢であるのも大きく、所謂清楚売りやアイドル売りをして無いのが大きい。
なんでも馬鹿正直に視聴者に話し、庇護欲をそそるトーク運びは恋愛脳よりも孫を見守る祖父のような気持にさせられ、結果、彼氏が出来たと推しが言ってもこれを受け入れる態勢が視聴者に出来上がっていた。
「それでですね…今度家にお招きして膝枕して耳掃除をして上げることになったんですよぉ!」
ヨッシー
【なにそれ!裏山けしからん!】
amazing
【くそぅ!俺も彼女に耳掃除して欲しい人生だった】
さすらいのロリコン
【俺達にも膝枕耳掃除を…せめてASMRを!!】
「ASMR?ってなんですか?」
ヨッシー
【ASMRてのは立体的な音で耳を刺激する技法だよ 】
amazing
【配信者の中にもこの技法で配信してる人がいるから聞いてみて】
「成る程…こんど聞いて見ますね!」
こうしてまたオジ視聴者達の策略によって、アテナ…九条茜に不必要な…或いは有益な知識がインプットされるのだった。




