第5話
かくしてグライフ王国は帝国に占領された。ケヴィン王は帝国侵略の責任を取って譲位し、元第二王子のクリストハルトが新たに王国の統治を任されることとなった。そして、帝国騎士第十三隊は、リゼ・ノエレをはじめとして帝国勝利に最も大きく貢献したこと――特に最後は無血開城を果たしたことを理由に特別にその功績を称えられた。
帝国騎士の問題児ばかり集められたお荷物第十三部隊は、かつて“他隊の足を引っ張り隊”などと呼ばれていたが、もう誰もそう呼ばないだろう。
「勝利の凱旋後は酒が美味いなぁオイ!」
帝都に戻った後、同部隊を率いるヴォルフガング・ツヴェルフ・ゲヘンクテは、顔のわりに悪い口で、しかし嬉しそうに勝利の美酒を掲げた。雄叫びを上げながら酒杯を掲げる隊員たちの中で、リーゼロッテはお上品に腕を上げる。
「本当に、ヴォルフガング隊長の言うとおりです。無事にグライフ王国を、しかも最小限の犠牲で落とすことができて、私も快然たる限りです」
「一時はどうなることかと思ったけどね。でも本当に、無策で帝国侵略を目論んだんだもんな。あのケヴィン王は酷いもんだよ、巻き込まれた民が可哀想で仕方がない」
その隣で、アインホルン王国王子シュトルツ・アハ・モントもお上品さの拭えない手つきで酒杯をあおる。
「大抵の連中がすぐに白旗を揚げたのは幸いだったな。人望のなさもあそこまで振り切れば、迷惑の程度も低いというものだ」
もう一方の隣では、帝国皇子ギルベルト・アハト・クラフトが頷いたところだった。その手の酒杯は既に空だ。
「ていうかケヴィン王の口上には笑っちゃったよね、昔の女がいつまでも自分を好きでいてくれると思ってる男っているけど、あ、そういうこと素で言っちゃう?って」
「そうだとして、錯乱しているだの記憶が混濁しているだの、相変わらずふざけた物言いだったな。あれはさすがに意図的に煽ったのか?」
「さすがになんて心外です! 私は他人様を煽るようなことは致しませんよ!」
本気で言っているのか冗談で言っているのか分からず、シュトルツもギルベルトも黙って酒を注いだ。随分前の話にはなるが、リーゼロッテが帝国騎士になった直後、シュトルツらと仲良くしているのを嫉妬した女騎士から「アンタにはこれがお似合いよ!」と薄汚い団服を投げつけられたとき、「私、皆さんとお揃いの服に憧れがあったのです!」と目を輝かせた挙句「そこの一際背の高い金髪の方、ありがとうございます!」と叫んで恥をかかせたことを忘れた者はいないだろう。
そうして黙り込んだ二人を「な、なんですか!」とリーゼロッテが交互に見る、その間に「リーゼちゃーん、つーかれちゃった」と無遠慮にエメラルドグリーンの頭が割り込んだ。ギルベルトが顔を引きつらせるのにも構わず「飲んでる? この葡萄酒美味いよ」と酒瓶を揺らす。
「ありがとうございます。迎撃数部隊一はオスカー先輩でしたね、さすがです」
「長槍は横からぶん殴れば4、5人ついてくるからね。というわけで迎撃数ナンバーワンの男と結婚するのはど――」
オスカー・ツェーン・ラートデスレーベンスが軽口を叩き終える前に、その額には飛んできた酒杯が炸裂した。オスカーがリーゼロッテを口説くたびにヴォルフガングから手酷く諫められるのはいつものことで、リーゼロッテ達は何事もなかったかのように食事と酒を口に運んだ。
「ンでもリゼちゃん、今回のグライフ王国撃退で人気は鰻登りだよ。悪い虫がつく前に婿決めちゃったほうがいいんじゃないかな、俺とかに!」
「オスカー先輩が悪い虫そのものですよ」
「はァーいそこのギル皇子、先輩の悪口を言わなーい」
帝国皇子を相手にしているとは思えない口上で、しかもその銀の頭を手で押しのけ、オスカーはしっかりリーゼロッテの隣に収まった。そのままリーゼロッテと肩を組み「ところでさ」と声を潜める。
「結局リゼちゃんってどっちとデキてんの? シュト王子? それともギル皇子?」
「あ、いえあの、先輩、そういったお話はおやめいただいて……」
「俺はギル皇子のほうがいいと思うよ。ギル皇子は口悪いけどイイヤツで、シュト王子は優しいのは口だけ、ああ見えて結構腹黒だからさ。もちろん一番のおすすめは俺だけどね」
「いい加減にしろオスカー! 他人の色恋に首は突っ込んでも口は出すな!」
「首も突っ込まないでください!」
深紅の騎士団服をまとい、戦女神として名を馳せるリゼ・ノエレ、本名をリーゼロッテ・ノイン・エレミート。アインホルン王国シュトルツ王子、帝国ギルベルト皇子、そして問題児だらけの帝国騎士第十三部隊を率い、グライフ王国を占領した殊勲者。これから大陸に数々の伝説を残していく女騎士の名である。
読んでいただきありがとうございました。連載版(ページ下部リンク)の打切り見込みのために短編版にしてみました。
持ち前の素直で明るい性格のせいでモラハラに凹まない通り越して元婚約者を越えてしまったリーゼロッテが帝国騎士となり、クセ強めの王子や騎士に時に殴られ時に愛され大陸に伝説を残していくお話の予定です。
ブックマーク・☆いただけると連載の励みになります。よろしくお願いします。