第12話 あとしまつ
ホブゴブリンが、どの面下げて戻って来れたのかは知らないが、ガレキをよじ登って俺の前にやって来ていた。
「お前……」
「いやぁ、さすがはアリサワ様、我が主よ!」
「あ?」
『アリサワ様』? 『我が主よ』?
「突然なんのつもりだ」
「いやいや、聞いてくれよアリサワ様。オレはねぇ、アンタはやる人だと思っていたよ! 一目見た時からね、アンタの目つきは違ってたからね!」
「……お前、何言ってんだ?」
「さあさあ勇者をとっ捕まえて……あれ? 殺すんですかい? もったいない!」
ゲヘゲヘとホブゴブリンが笑う。
「進言しますがねぇ、アリサワ様。勇者は殺さず生け捕りにすべきかと」
「はぁ?」
「だってねぇ、コイツは聖王国の情報の塊ですぜ? それなら生かしたまま拷問して全ての情報を引きずり出してやらないと」
「……」
「拷問ならオレに任せてくださいよ、上手いことやりますぜぇ〜?」
ホブゴブリンの下卑な表情が勇者ナサリーへと向いた。
「へへへ、勇者さんよぉ。これからがお楽しみだぜ? 死にたいっつってもそうは問屋が卸さねぇ。限界ギリギリまで責め苦を堪能してもらおうじゃあねーの」
「……」
「ゲハハっ! そんな死ぬ寸前みたいな青い顔でにらまれたって怖くねーって! しっかしよぉ、オイオイ、よく見たらイイ女じゃあねーの? こいつは俺も楽しくなってきたなぁ……!」
ホブゴブリンが、その汚い手を勇者ナサリーへと伸ばしたので、ガシリと。俺は左手でその腕を掴んだ。
「えっ、なんすか? アリサワ様?」
「……」
……はぁ。なんていうか、コイツの声は本当に聞くに堪えないっていうか。
スッと、俺は右手の拳を握って、ホブゴブリンの前へと差し出した。
「えっ? なんすかこれ? なに握ってんすか?」
「……」
「なんかくれるんすか? えっ、金かなぁ」
ホブゴブリンは俺の右拳を無防備に覗き込んでくる。
「いやぁ、金もらえたら何しよっかなぁ。城下町で女でも買うかぁ? まあそれくらいあってもいいっスよねぇ? オレ頑張ったですもん──ヴォヘェッ⁉」
ズシリ、と。俺はその右拳をそのままホブゴブリン腹へと叩きつけた。ホブゴブリンが、後ろへと尻もちをついた。
「なっ、なに、を……っ⁉」
「──スケルトンたち」
俺が指令を送ると、周りにいた複数のスケルトンがホブゴブリンの体を押さえた。
「ドッペルゲンガー」
「はっ、なんでしょう」
「剣を貸してくれ」
「どうぞ」
ドッペルゲンガーから大剣を借り受ける……重っ!
「これ、どうやって振ればいいかな」
「ぐるりと1回転して、遠心力を使えばよいかと」
「なるほど。サンキュ」
俺は剣を担ぐようにして構えた。こういう時、自分で非力だなって感じちゃうね。
「ちょ、ちょちょちょっ、ちょぉっ⁉ ア、アリサワ様っ⁉」
ぶんぶんとハエが飛び交う音がうるさいな……あ、違うか。ホブゴブリンの声だ。
「なにを、なにをなさるおつもりでぇっ⁉」
「よいしょっ……と」
俺はホブゴブリンの問いには答えず、その場で回転を始めた。鉄製の大剣は俺には重く、1回転分の遠心力じゃ足りないみたいだった。
「1、2、の……」
「ちょぉっ、ちょぉおおおおっ⁉」
「3ッ!!!」
大剣がホブゴブリンを押さえるスケルトンたちを巻き込みながらも真横に一閃。
──ベキボキグシャッ! という血肉を叩き潰す音が響く。
ホブゴブリンの首が胴体から汚く分かれて宙を舞い、その声が止んだ。頭がゴロンとガレキの上に転がる。
……ちなみに剣の軌道だが、俺が振り回している間にドッペルゲンガーが途中でチョンっと指で押してホブゴブリンの首に当たるように調整してくれたっぽい。さすがは勇者ナサリーの姿をしているだけある。
「ッ⁉︎ ッ⁉︎ ッ⁉︎」
ホブゴブリンの目が白黒している。首の断面の傷口が潰れて血が流れないからか、頭はまだ生きているみたいだ。……やっぱ素人が斬るとダメだね。スパッと綺麗にはいかず、相手を長く苦しめることになる。
「〜ッ⁉︎」
「さて、耳障りな声も聞こえなくなったところで……『なんで俺が?』って顔をしてるな。いいよ、教えてやる」
俺は指を1本、立てる。
「ひとつ、戦闘中の敵前逃亡と指示にない独断行動。お前の行為は俺に対する、ひいては魔王様に対する裏切りだ」
2本目の指を立てる。
「ふたつ、敵とはいえ、正々堂々と戦う相手の尊厳を穢すような発言、行動が目に余る」
そして最後、3本目の指を立てる。
「みっつ、俺はお前がキライだ。自分にとって都合が良ければ俺にへり下り、悪ければナメくさってくる。声が耳障りだし、笑い方がイライラするし、態度悪いしなんか臭いし」
「〜ッ!」
「は? なんだ? 『俺の作戦通りに動いて充分な役割を果たしたハズなのに、こんな扱いおかしい』って?」
なるほどな? 確かにそれはそうだ。よく働いてもらったと思ってる。途中までは。
「だから、お前の働きに免じてひと息に処罰してやったろ? あんな大事な場面で独断行動をして全部投げ出してひとり逃げたんだから、本来ならもっと責められてから殺されてしかるべきだ。よかったな、罰が軽く済んで」
「〜〜〜ッ!!!」
「声が出なくても耳障り……いや、目障りなヤツだな。ただ、腐ってもお前は元俺の部下。俺が最後まで責任を持って後始末をしてやる」
俺は大剣を担ぐと、なおも目でなにかを訴えかけているホブゴブリンの頭に向かって振り下ろした。グシャンッ! とスイカが潰れるような音が響き、ホブゴブリンは今度こそ絶命した。
「さて、邪魔者は消えたな」
「……四天王アリサワ、それでよかったのか?」
「えっ?」
ドッペルゲンガーへと大剣を返していると勇者ナサリーが戸惑っていた。
「えっと、なにが?」
「あのホブゴブリンが言っていたことだ」
ああ、なるほど。その話か。
「私を生け捕るということは、確かにお前たちの、魔王軍にとっての利益に──」
「あー、知らない知らない。それは俺の知ったことじゃない。あいにく俺の受けた指示は攻め込んでくる勇者ナサリーたちを倒せってだけなもんで」
「……そうか」
「ああ、そうさ。そういうわけで、俺はその責務を果たさねばならない。ナサリー、何か言い遺すことはあるか?」
「……ありがとう」
「おいおい、それがこれから殺される相手に言うセリフか?」
「……ふふっ、そうだな。でも、それでも、だ」
「分かったよ、ナサリー。その感謝を慎んで受け取ろう。君の魂が迷うことなく召されることを祈る」
そうして俺はドッペルゲンガーにその鋭い一閃でもってナサリーの首を刎ねさせた。苦しまぬよう、ひと息に。
「……さて、戦闘は全て終わった。もうノーサイドだ。兵士たちの墓でも作るとしよう。もちろんナサリーと、レイシアの分も」
……まあでも、とりあえずはゼルティア様への報告が先かな。
そう思って掘っ立て小屋へと帰ったのだが、しかし、そこにはすでにゼルティアの姿はなかった。
「も、もしかして……怒らせちゃったか……?」
時間がなく焦っていたとはいえ、ゼルティアに対してはずいぶん乱暴な言動をしてしまった気もする。いまからでも追いかけて謝らなくてはと思うものの、しかし戦いが終わったら終わったでやることはいろいろとある。
「とりあえず、仕事が終わったらにしよう……」
前世の悪い癖で、終わらない仕事に先に取り組んでしまう俺だった。
さて、そんなこんなで勇者を撃退した俺は目先のやるべきことに手いっぱいで、この時は知る由もなかったが、どうやら魔界の各階層に激震が走ったらしい。
──四天王最弱の男、アリサワ。魔王様が敵わなかった勇者を倒す。
その情報が魔界中のあらゆる魔族・モンスターの間に浸透するのに、そう時間は掛からなかった。
* * *
魔王女ゼルティアは、地下魔界第2階層をフラフラと、足取りもおぼつかない様子で歩いていた。
「あっ、ゼルティア様ではありませんのことよっ!」
そこに駆けつけたのは深紅のゴシックドレスに身を包んだ女。地下第2階層守護者であり、四天王のひとりでもあるブラッディ・ワルキューレだ。
「まったく、また部屋を抜け出して……! 近衛も秘書もずっとゼルティア様を探していたんですのことよ?」
「……ああ」
「……ゼルティア様? あら、熱かしら。お顔が赤く染まってましてのことよ?」
「っ! こ、これは何でもないっ!」
ゼルティアはブラッディ・ワルキューレが額に添えようとしてきた手を軽く払い、ズンズンと歩き去ろうとする。
「お待ちになって、ゼルティア様っ! もう逃げたりはさせませんのことよ!」
「ついてこなくていいっ! 魔王城にはちゃんと帰るからっ!」
ゼルティアは自分の頬を押さえながら、早足で歩く。
……私はまったく、なんて痴態を……! アリサワとかいう四天王どころかこの魔界全体を見ても最弱の男に押し倒され、変な声を出してしまったあげく、あまつさえアリサワの『大人しく俺が勝つところを見てろ』なんて生意気な言葉に、しおらしく『はい』などと返事をして……!
「なんなのだっ! まったく、なんなのだ……この鼓動の速さはっ!」
……いままで私に対して本気で怒った男など、父上以外にいただろうか。屈辱だ。本来なら『魔力ゼロの貧弱が、立場をわきまえろ!』ぐらい言い返してもいいくらいなのに。
「そのはずなのに、それなのに……! なんかモニョモニョと胸の中をくすぐったくさせたまま、あの戦いの一部始終を食い入るように見て、アリサワが勇者に1歩も退かずに戦い切った姿を見て、なんか感動してちょっと泣いたりしちゃったりして……ずっとアリサワのことしか考えられなくて……! なんなのだ、いったいこの気持ちはなんなのだぁッ!」
ゼルティアは走った。雑念を振り切るように全力で魔界地下第2階層を走った。
──魔王女ゼルティア、17歳女子。それは無自覚ながら、彼女にとって初めての恋だった。




