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第10話 作戦完遂

「お、おいおい、嘘……だろ?」


 あいつ、上司である俺への忠誠はともかくとして、魔王様への忠誠はどこにいったんだよ?

 

「アリサワっ! 何を呆けている!」

「え……えっ?」


 呆気に取られていたところ、ゼルティアから肩を揺すられた。


「ど、どうしましたっ?」

「どうしたもこうしたも……勇者が止まらないぞッ!」

「あ……!」


 ハイ・レイスが共有してくれている視界の中、勇者がモンスターたちを相手に無双を繰り広げていた。勇者はホブゴブリンを刻むのは後回しにして、先にこの戦場にケリを着けようとしているのだろう。


 ……考えている時間はない。

 

「行くしかないか……!」


 俺は立ち上がって、掘っ立て小屋のドアを乱暴に開いた。


「おい、アリサワっ!」

「うぉっ⁉」


 ガシリ、と。ゼルティアに手首を掴まれた。


「アリサワ、貴様まさか……ホブゴブリンの代わりになるつもりか?」

「……もう、それしかないですから。放してください、ゼルティア様」

「ならん」


 ゼルティアは決して手を放そうとしない。


「ホブゴブリンにすら敵わぬ貴様が、どうしてあの勇者の元に行き帰ってこれようものか。間違いなく死ぬぞ」

「時間がないんです! 放してください!」

「ああ、そうだな。時間が無い。だから私が行こう」

「……はっ?」

「だから、アリサワ。貴様の代わりに私が出ようと言っているのだ」


 ゼルティアはそう言って背中の剣の柄に触れる。


「貴様はよく頑張った。次は私の番だ。さあ、私は何をしたらいい? 教えろ」

「ゼルティア様……」

「アリサワが行くよりも私が行った方がきっと生存率は上がるんだろ? なら迷うことも──」

「ゼルティアッ!」

「へっ──ひゃあっ⁉」


 俺は思わず出てしまった大きな声と共に、ゼルティアの肩を掴んで半ば無理やりに椅子に押し倒していた。


「ア……アリ、サワ?」

「ゼルティア様……」


 俺はゆっくりと、俺の手首を掴むゼルティアの指をほどいていく。


「いいですか。あなたはここに座っていてください」

「へっ……?」

「時間がもったいない。あそこには俺が行く。それに変わりはありません」

「な、なにを言って」

「いいですかっ!」

「ひゃっ⁉」 


 俺はグイっと、ゼルティアのその肩を掴んだままに詰め寄った。


「あなたは大人しく! ここに座って! 俺が勝つのを見てればいいんだ!」

「ひ、ひぅっ⁉」

「返事はっ⁉」

「は、はい……」

「よろしい」


 俺はそれだけ言うと、腰を抜かしたようにして椅子に沈むゼルティアを置いて掘っ立て小屋から出る。邸宅のある場所まではそう遠くない。俺は駆け出した。


「ア、アリサワッ……」


 後ろからか細いゼルティアの声が聞こえた気がしたが……振り返ってる時間はない。


「はぁっ、はぁっ……!」


 全力で走り、ものの1分ちょっとでたどり着く。初めて生で見る戦場、その戦況は……最悪極まりなかった。

 

「──レイシア、守ってやれなくて、すまない」

「……ア……アア」

「お前の魂は、これから私が共に背負っていこう」


 俺が駆けつけたその場面、勇者の剣によって、せっかく手中に収めたゾンビ・プリーストの首が()ねられるところだった。


「くそ……!」


 手駒はあとゴブリンが数体、ゾンビが数体。そしてゾンビ・ロードは……もうすでに勇者に殺られた後か!

 

 ……だけど、まだ決着じゃない。これ以上手駒がやられる前に、作戦を果たさねば!

 

「来いッ! 骸骨馬(スケルトンホース)!」

 

 俺の命令により、ホブゴブリンという騎手を失くした骸骨馬(スケルトンホース)が駆け寄ってくるので、俺はそれに素早く乗り……いまだ火の手の上がる邸宅のガレキの頂上部へと上った。


「勇者よッ!」


 俺は高らかに叫ぶ。


「我が名はアリサワ! この魔界地下第1階層の守護者であり、魔王軍が四天王のひとり!」

「……なんだと」


 勇者の殺気が俺へと向けられる。

 

「……!」

 

 ザクッ、と。それはまるで、剣で一突きにされるかのような感覚。意識が暗転しそうにさえなるのを、俺は(はら)に力を込めてこらえる。まったく……これが殺気だと? もはや凶器だ。だけど、ここで威圧されっぱなしじゃ話にならん!


 ……本来は不意打ちで行うはずだった最後の仕上げ。しかし、ゾンビ・プリーストもいなければ手駒も少ないこの状況においてはもはやそれも不可能。で、あれば。


「勇者よ。まずは詫びよう」

「っ⁉」


 俺は馬上から降りた。


「先ほどの部下の粗暴な行い……とてもじゃないが戦場において相応しい行動ではなかった。申し訳ない」

「魔王の手先が、いったいなんのつもりだ……?」

「ん? 当然のことだろう。戦場においては確かに君と俺は敵同士。しかし、最低限払うべき敬意はあるはずだ。まあ、聖王国に属する君たちにとって、我々魔族はその対象にならないかもしれないが……」

「……」

「少なくとも俺は、人間も魔族もひとつの命としてみている。戦場で対すれば殺しもしよう、だが、もてあそびはしない。その誇りを傷つけたりはしない」

「……あのホブゴブリンを許せというのであれば聞く気は無いぞ。お前を殺した後に斬り刻んでやる」

「ああ、それは構わない。君が俺に、勝てればな」

「……フッ」


 勇者の俺に対する殺気が少し薄まった……気がする。信頼を、あくまで敵としてだが勝ち得たようだ。


「さて、すべき謝罪は済んだ。勇者よっ! 俺を倒さぬ限り、魔王様にはたどり着けぬと知れ!」

「ああ。ならば、倒すまでだ」


 勇者が剣を構えた。


 ……それでいい。不意打ちができないなら正々堂々と正面からだ。勇者が俺を殺そうとするそのタイミングであれば、確実に勇者は俺に接近するのだから。


「……ナサリー」

「えっ?」

「それが私、魔王の首を獲る勇者の名だ。冥府への土産にするがいい」

「名前か。ご丁寧なことだな。ならば来い、勇者ナサリー! このアリサワが返り討ちにしてやろう!」

「言われずとも!」


 勢いよく地面を蹴って、勇者が迫る。

 

 ……やるぞッ!

 

 俺は勇者へと骸骨馬(スケルトンホース)を走らせた。そして俺もまたその後ろから勇者へと迫ると見せかけて──背中を向けて全力ダッシュ! 逃げるぞッ!


「……ッ⁉」


 あまりにも突飛な俺の動きに、勇者は驚きに目を見開いていた。しかし、その手に持つ剣はすでに骸骨馬の首を刎ねようと振り下ろされている。あと1秒ほどはその体勢から動けないだろう。

 

 ──それでいい。


「マインよ、自爆しろ」


 俺はそう指令を下した。外套(がいとう)を羽織わせていた骸骨馬、そのあばら骨の内側にずっと隠されていたモンスター──マインへと。


「……ッ!!!」


 盛大な爆発が勇者の体を包んだ。


 よしっ……! 俺は爆発の衝撃波を背中に受けて吹き飛ばされながらも、ガッツポーズを決める。痛ぇ、ガレキの上に派手に転がった。

 

「ゲホッゲホッ……うぅ、なんか締まらないけど、作戦は……」


 成功、と。そう言いかけて。しかし。


「──作戦、か……これが……」


 ザッ、と。爆発で巻き起こった炎の中から、何事もなかったかのように勇者が歩み出てくる。


「私との正々堂々の決闘と見せかけて、爆発の衝撃で葬ろうという罠か。狙いはよかったが……どうやら成功はしなかったみたいだな? 四天王アリサワよ」

「……! ノー、ダメージか……!」


 ガレキの上に座り込む俺へと剣を突き付けるその勇者の姿は……神々しかった。その頭上に赤く燃える光輪(こうりん)を浮かべ、同じく赤く燃える両翼がその背中から生えていた。


「【太陽神(ラー)の加護】……私は聖王国の法皇院(ほうおういん)より、太陽の化身たるラーの力の加護を授かっている。私にこれを出させたのは魔王に続いて、お前がふたり目だアリサワ。誇りに思え」

「……」

「私の名と、私に全力を出させた名誉を抱いて……死ぬがいい」

「……くっ」


 俺は勇者に剣を振りかぶられて、


「くっ、クククク……」


 もはや笑いをこらえることができなかった。


「……なにがおかしい?」

「いや、なんていうか……安心してさ」


 俺は脱力して、地面に大の字に寝転んだ。


作戦完遂ミッション・コンプリートだ。ありがとう、【太陽神(ラー)の加護】を発動してくれて。それが俺が最後に求めた【完全なる勝利】へのピースだったんだよ」

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