【コミカライズ】双子の片割れヤンデレ侯爵令息(兄)に間違えて告白してしまった
ヒロイン好きすぎてヤンデレになってしまう、ポンコツヒーローが好きな方向けです!
「……好きです!!」
桃色の花びらが、風が吹く度に、チラチラと散る正門。私は、待ち伏せした早朝の正門で、片手を差し出して、告白をする。
目の前にいる人は、紺碧の髪に、金の瞳をした超絶美男子だ。
ジークハルト様と同じ上級クラスになるために、寝る間も惜しんで勉強した日々。
それもこれも、ジークハルト様をお側で見るためだ。
(地味で平凡な私。振られるのは、わかりきっているけど……)
それなのに、記念の告白に対する断り文句は、いつまでも告げられず、不思議に思って顔を上げる。
「……リイナが好きなのは、ジークハルトだと思ってた」
「え?」
パチパチと瞬いて、目の前の人を見つめる。
そういえば、いつもと雰囲気が違うような……。
「……俺の愛は、重いけど覚悟できてる?」
「へっ!?」
そっと、頬に触れられて、微笑みを向けられた。
本当に美しいその笑顔は、けれど神々しすぎて逆に後ずさりたくなってしまう。
(……そう、私が好きなのは、ジークハルト様。では、この人は……)
背中に嫌な汗が伝う。
間違った相手に告白してしまうなんて、信じられないし、相手にも失礼だ。
「ま、さか。入学式で首席の挨拶をして以降、登校していない、ジークハルト様とそっくりだという噂の、幻の双子の兄、レオンハルト様!?」
「ふーん。やっぱり、弟に告白しようとしていたんだ。……でも、残念ながら、君が告白したのは俺だ」
形の良い唇が、少し意地悪げに歪んだ。
そして、ゾワリと全身を駆け巡るほど耳元近くでささやかれる。
「これから先、逃げられるなんて思わないで?」
「えっ!?」
世界中から音が消えていく。
スルリと撫で上げられた頬と、ドロリとどこか闇をたたえた瞳で私を見つめたレオンハルト様。
その瞳は、金色なのにドロドロ溶かされてしまったように私を捕らえて放さない。
「……えっと、あの」
「もう、卒業試験まで合格しているから、登校しなくていいか、と思っていたけど、今朝から毎日登校することに決めた。だから、ずっと二人だけで一緒にいよう? 邪魔者なんて、排除して」
「排除……?」
学園で二人きりなんて、無理に決まっている。
冗談かと思って見つめるけれど、軽く肩をすくめたレオンハルト様は、あろうことか本気に見える。
それよりも、間違って告白したのに、どうして告白が成功したようになっているのだろう。
「そんな顔しないで」
その瞬間の、レオンハルト様の笑顔は、まるで本当に大切なものを慈しむように、柔らかくて温かかった。
心臓が、ゴトッと音を立てて止まりかけたように錯覚し、直後に早鐘を打ち始める。
「もっと困らせてしまいたくなるから」
「……えっ!?」
不穏な言葉と裏腹に、先ほどまでの表情は、見間違いだったのかと思うほど、レオンハルト様の笑顔は爽やかだ。逆に怖い。
(ちょっと待って、私が好きなのはジークハルト様のはず!)
そう、目をつぶらなくたって浮かぶ。
ジークハルト様は、日が暮れかけた放課後、子猫を助けようとして木の上に昇ったら降りられなくなったとき、颯爽と現れて助けてくれた。
帽子を池に落としてしまい、泣いている子どもがいたときも、サラッと魔法で取ってあげていた。
(同じ双子でも、全然違うんだから!!)
「そろそろ行かないと、遅刻する。まあ、このまま二人きりになれる場所に行くのもやぶさかではないが……」
「……私は、レオンハルト様と違って、上級クラスの残留ギリギリなので!!」
「っ、名前」
「え?」
「……何でもない。……それなら遅刻は得策ではないだろう?」
なぜかその言葉の直後、同意もなく手が繋がれていた。
周囲からは、仲の良い恋人に見えるかもしれない。急に胸が爆ぜそうなほどに高鳴る。
(きっと、ジークハルト様とレオンハルト様が、あまりにも似ているからに違いない)
そんな言い訳を心の中でして、桃色の花びらが舞い散る中、正門をくぐって教室へと、手を繋いだままの私たちは、走り出したのだった。
* * *
始業ベルが鳴る直前に、走り込んだ私たちに、教室は騒然となった。
いつも通り、真ん中辺りの席に座ったジークハルト様が、こちらを見て目を見開く。
(こうして、並んで見れば、間違うはずなんてないのに)
少し襟足を刈り上げて前下がりの前髪をしたジークハルト様に対して、レオンハルト様の前髪は長く、襟足も長めだ。
優しそうなジークハルト様に対して、レオンハルト様は、意地悪そうだし……。
(あれ? でも、子猫と私を助けてくれたとき、ジークハルト様は……)
鮮やかだったはずの記憶が、なぜか双子の二人が揃ったとたんに曖昧になってしまう。
あまりに二人がそっくりだから、混乱してしまっているのだろうか。
「……それで、なぜ私の隣に?」
私の席は、クジ引きにより最前列だ。
そして、レオンハルト様は、なぜか私の左隣の席に、当然のように座っている。
その席には、少し気弱だけれど人のいい亜麻色の髪のクラスメイト、シュルツ君が座っていたはずなのに。
「彼の家には、個人的に貸しがある。黒板の文字が見えづらくて困っていると言ったら、快く席を替わってくれたよ」
眼鏡をかけたシュルツ君のほうが、むしろ黒板の文字が見えづらいと思う。
爽やかに私に笑いかけたレオンハルト様。
でも、爽やかであればあるほど、背筋が薄ら寒いのは、なぜなのだろうか。
「あの……」
「ほら、授業が始まる」
一時限目の授業は、私の苦手な魔法学だった。
担当の教員は、教室に入るなりレオンハルト様を凝視したけれど、なにもなかったかのように授業を開始した。
(……ジークハルト様と、レオンハルト様は、王国の実権を握るとも言われるリーン侯爵家のお方だもの。子爵家出身の教員が、何か言えるはずないわ)
学園内は、身分に関わらず平等であることが謳われている。
けれど、それはあくまで大義名分で、そこにはハッキリとした身分差がある。
(まあ、私の場合は、伯爵家と言っても貧乏だし、力を持つわけでもないけど)
順番に黒板に書かれた問題を解いていく。
私に当たったのは、習っているレベルを超えた難問だった。
「えっと……。わかりません」
このクラスでは、一番できの悪い私が、答えられるはずもなく、素直にそう答えて席に座る。
「それでは、レオンハルト」
目の前の問題は、どう考えても高等部の学生が答えられるような問題ではない。
もしかして、今までほとんど顔も出さず、急に登校して勝手に席を変えたレオンハルト様への意趣返しなのだろうか。
けれど、レオンハルト様は、あっという間にその問題を解いてしまう。難解な魔方陣が、黒板に美しく描かれていくのを黙って目で追う。
「……すごい」
私には、目の前の魔方陣が難解すぎて、さっぱり意味がわからない。
でも、周囲のクラスメイトを見ても、驚いて目を見開いているから、わからないのは私だけではないに違いない。
(全ての試験をすでに満点で合格し、卒業を待つばかりというのは、本当だったのね……)
生徒会長をしているジークハルト様は、もちろん優秀だけれど、レオンハルト様の優秀さは、群を抜いているのだろう。
(えっと……。そんなお方が、私に興味を示しているなんて、いったい何の間違いなのかな!?)
どこか悔しそうな教員が「正解だ」といって、黒板に書かれた魔方陣を消していく。
私の隣の席に戻ってきたレオンハルト様は、当然だとでも言うようにほんの少しだけ唇の端を歪めた。
もちろん、昼休み時間になると、レオンハルト様はクラスメイトたちに囲まれていた。
普段であれば、ジークハルト様の取り巻きのご令嬢たちも、レオンハルト様にチラチラと視線を向けている。
(住む世界が違うのは、間違いない……。さ、学食に行こう)
私は、人だかりを横目に見て立ち上がる。
地味で目立たない私が、あの輪の中に入るなんて、きっと生涯あり得ないだろう。
「――――リイナ、どこに行く」
「は?」
それなのに、少々性急に掴まれた手首。
そのまま手首が強く引かれて、私は後方にバランスを崩す。
けれど、尻餅をついてしまうこともなく、引き寄せられた体は、たくましい胸板にぶつかってそのまま抱き留められる。
「あ、あの……。皆さんとお話しされては……?」
「――――俺は、リイナ以外に興味がない」
「へ……」
「リイナは、違うの? ずっと一緒にいようと言ったのに……」
騒めく教室。私の平穏な学園生活は、きっと終わりを迎えてしまったに違いない。
そっと、耳元に近づく形の良い唇。ささやく声すら、低くて甘くて、あまりにカッコいい。
「――――二人きりでいられないなら、やっぱり邪魔者は排除してしまおうか?」
けれど、ささやかれた言葉は、カッコいいと言うにはあまりに不穏だ。
慌てて距離を取って見つめれば、レオンハルト様の金色の瞳は、ドロドロと闇をたたえて微笑んでいる。
「あ、あの! 良かったら、一緒に食事をしませんか!?」
「もちろん。リイナから誘ってくれるなんて、嬉しいな」
その笑顔は、教室中がため息をついてしまうほど麗しい。
そして、その笑顔の裏を想像してしまうのは、きっと私だけに違いない。
いや、なぜかこちらを凝視している双子の弟であり、私の思い人、ジークハルト様だけは、レオンハルト様の本性を知っているのかもしれない。
「何見てるの? ああ、あいつか」
「レオンハルト様?」
「……俺のほうが、命をかけてリイナのことを愛するのに。何があっても、君を最優先にするのに」
「重いです!? ほとんど、今朝が初対面のはずですよね!?」
その言葉を口にしたとき、一瞬だけ、その端正な唇が引き結ばれた気がした。
「……あの?」
「……行こうか」
手を引かれて歩き出す。教室中の視線が、私たち二人に注がれている気がするのは、きっと考えすぎではないに違いない。
「えっと、ここに入るのですか?」
「高位貴族と、その連れは、自由に使うことが出来たと記憶しているが?」
学生食堂の奥にある扉、その先は通称、王家の間と呼ばれている。
場違いなほど、重厚な扉をくぐると、そこは別世界だった。
「……えっと、給仕の方が運んでくださるのですか?」
「そうだな。無駄だと思わなくもないが」
席に着く。椅子一つとっても、明らかに一般の食堂とは作りが違う。
「何を食べる?」
「Bランチで」
食堂で一番安いのが、Bランチだ。
私のお小遣いでは、それが限度だ。
「ふーん……。それなら俺もそれにするか」
「レオンハルト様が、Bランチを!?」
貴族ばかりのこの学園で、Bランチを食べるのは、私と眼鏡のシュルツ君くらいだ。
もちろん、栄養バランスも考えられているし、量も多いから満足だけれど。
「今日、ハムカツですよ?」
「……ハムカツとは」
「もちろん知らないですよね……。最近王都に出来たお店で考案されたらしいです」
「王都の店か……。誰が作っているか、想像できたな」
首をかしげている内に、レオンハルト様はさっさとBランチを二つ注文し、支払いも済ませてしまった。
「あの、私の分です」
小銭を慌てて差し出せば、そっと手を握らされる。これだけなら、紳士だな、という感想のみだっただろう。
しかし、ここで終わらないのがレオンハルト様なのだと、私は理解しつつあった。
「……これから先、君の食費は全て俺が払う。だから、俺以外の誰とも食事に出掛けないで」
「食費は魅力的ですが、他の人とも食べたいです!」
「そう、やっぱり……。学食など廃止して、君は俺と二人きりで」
暗くよどんでしまった金色の瞳。
そうさせてしまったのは、間違いなく私の発言だ。
(で、でもっ! なんて答えるのが正解だったの!? 確かに王立学園に友人は少ないから、滅多に誰かと食べたりしないし、他の人と食べる可能性は少ないかもしれないけど! ……あれ? 問題ない?)
悩んでいる内に、すぐに届けられたBランチ。
周囲が、高位貴族向けのフルコースを食べる中、私たちだけ、完全に浮いてしまっている。
「あの、侯爵家の品格とか」
「そんなもの、君のそばにいるために、何の役にも立たないと、今朝気がついた」
「……今朝、ですか」
「そう、今朝だ」
レオンハルト様が、危険な思想の持ち主だなんて、聞いたこともない。
レオンハルト様に関する噂は、すでに王立魔術院に最高管理者としての椅子が用意されているとか、隣国の姫や国内の有力貴族の令嬢たちから、ひっきりなしに婚約が申し込まれているとか、最新型の魔道具には、ほぼ必ず彼の持つ特許が使用されているとか……。
今朝、レオンハルト様にいったい何が起こったのだろう。
そもそも、同じクラスだったということさえ、私は今日初めて知ったというのに。
(まあ、首席入学したのだもの。上級クラスなのは、当然といえば当然よね)
Bランチを食べる姿すら、品があるレオンハルト様は、最後の一口を食べると、私に向かって微笑んできた。
「ふっ、衣のかけらが付いている」
「えっ、どこですか!?」
「……ここ」
長い指先が、そっと私の口元に付いたかけらを取り除き、どこか見せつけるようにそのまま……。
「あっ!!」
「…………ああ、嫌だったかな?」
ペロリと見えた赤い舌は、想像を絶するほど妖艶だ。見る間に私の頬は、赤く染まり、慌てて席を立つ。
「ごちそうさまでした!」
私は、どうしていいか、わからずにレオンハルト様に背を向けて、王家の間を飛び出した。
途中、何があったのかと注目する視線にも気がつかず、屋上に駆け上がる。
「はあ、はあ……」
「おや、リイナ嬢じゃないか」
「えっ、ジークハルト様!?」
振り返ったのは、ジークハルト様だった。
優しげな笑顔、サラサラとした髪の毛。
確かに、ジークハルト様とレオンハルト様は、色合いも顔も同じだけれど、どうして見間違えたのかと思うほど、二人は違う。
(あれ? 全く胸がドキドキしない)
そのことに首をかしげる。
目の前にいるのは、あんなに憧れていたジークハルト様なのに、なぜか全く胸がときめかない。
「あ、ほら。あそこにレオンハルトがいるよ」
「え?」
屋上から下をのぞくと、誰かを探しているのか、慌てた様子で走るレオンハルト様が見えた。
「あ、あれ! あの時の子猫!! また、木に登ってしまったみたいです」
「子猫……?」
「え? ジークハルト様……?」
振り返り、ジークハルト様を見つめる。
けれど、本当に思い当たる節がないようだ。
まさか、という思いでレオンハルト様を見つめる。レオンハルト様は、なぜか少し苦笑して、子猫に話しかけたあと、簡単に木登りをして、子猫を助け出した。
(また、引っ掻かれた……)
そう、あの時と同じように、レオンハルト様は、子猫に腕を引っ掻かれた。
それでも怒ることもなく、レオンハルト様は子猫を降ろして、走り去る姿を少し微笑んで見つめていた。
「あ、あの! 失礼します!!」
自分でも、信じられないと思う。
ずっと、好きな人を間違えていたなんて。
「俺も、君のこと気になってたんだけどな……」
ポツリと、レオンハルト様と同じ形の唇から紡がれたその言葉は、子犬のように走る私には届かなかった。
(もし、毎日登校してくれていたら、きっと間違えたりしなかったなんて、あまりに都合良すぎるけれど!!)
「レオンハルト様!!」
「……リイナ」
飛び込んだ私は、次の瞬間、強く抱きしめられていた。少し震えた、レオンハルト様に。
「……ごめん。好きなんだ、嫌いにならないで」
思わず、その体に腕を回して抱きつく。
そして、苦しいほど高鳴った胸を落ち着けようと、一度だけ深呼吸して、その言葉を告げる。
「――――子猫、また助けてあげていましたね」
「はは、あの子猫、学習能力がないのかもしれないな」
渇いた口を無意識に湿らせようとして、喉がゴクリと音を立てる。
「……あのっ、私、子猫と私を助けてくれた人が好きなんです」
「……え。……は?」
「好きです! レオンハルト様が!」
「えっ、あの、永久に離さないけど」
「離さないでください!!」
その後、ヤンデレなレオンハルト様が、近づく人を教師であろうと威嚇するせいで、なんと翌日には、私たちは学園の公認カップルになっていた。
「二人だけの教室を作ろう。俺が全教科教えてあげる」
「……レオンハルト様、私みんなと仲良くしたいです」
「……そう、それなら諦める、か。でもリイナの席は、一番後ろの窓際にしよう。隣の席は、俺のものにする」
少しだけ、譲ることを覚えたレオンハルト様。
けれど、その思考はやはり難があるし、少々、いやかなり不穏だ。
結論として周囲に、惚気るな、と言われるほど、私たちは今日も仲良く過ごしている。
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