7.束の間の憩い
その日はリファールも、日が昇る前に起床した。ギルドに帰還した二人は、ちょっとした仮眠程度の睡眠を取って、カウンターの前に集まる。カウンターには既に、ギルドマスターのロビンの姿があった。
「おはようございます!」
「おはよう。聞いたよ、無事にケルピーを捕まえて来たんだって?」
「はい! で、これが書類です」
ケルピーの引き継ぎを承った旨が書かれた書類を確認し、ロビンは通貨の入った袋を二人に手渡した。
「初依頼達成おめでとう。はい、報酬ね」
「おぉ……!」
「……!」
二人は目を輝かせながらその場で袋の中身を確かめ、2000Gであることを確認して折半する。
「冒険者としての最初の一歩を踏み出した訳だ。とりあえず今日は依頼無いから、しっかり休んで英気を養うこと」
「はい!」
「あぁそれと、人助けは出来る時だけにした方がいい。自分たちが無事に帰ってこれることが一番大事だからね」
肩をビクッと震わせるリファール。情報の出所にもよるが、ケルピーの捕獲が伝わっているなら、オークの撃破やレークの救出劇も伝わっていてもおかしくはない。
「……気を付けます」
「よろしい。とりあえず朝ご飯でも食べておいで」
ロビンに促され、リファールたちはひとまず近場の飲食店へと向かうのだった。
◇◆◇◇◇◇
リファールたちは"ロゼッタ"という飲食店を訪ねた。ギルドからほど近く、朝早くから開いているというのが大きな理由だったが、ここもロビンが味を勧めていた店の一軒でもある。ただ流石に時間が早すぎたためか、リファールたち以外の客の姿はなかった。テーブル席に向かい合って着席した彼らは、思い思いにメニューを注文した。
「しかしレークさんの件、マスターに怒られちゃったな」
「無茶しすぎ。オークだって、毒が無かったら倒せなかったんだから」
アリシアは口ではそう言うものの、リファールを力ずくで止めなかったのもまた彼女だ。
「ただいつまでもオークに勝てないってのもよくないし、助けられないよりは助けられた方がいい」
リファールがそう言うのは彼の良心もあるが、先輩冒険者であるレークの情けない姿を見てしまったこともある。冒険者にはなる事が出来た。自分たちが出来る仕事というのも、少しずつだが輪郭が見えつつある。ただしそれは、あくまで今の実力で出来ることに過ぎない。今の実力のまま停滞をすれば、助けを求めるのは自分たちになるかもしれない。彼はそんな懸念を持つようになっていた。
「なら強くなりましょう」
そしてその懸念はアリシアも持っているものだった。停滞をしないために必要なことは、ギルド登録時にロビンから教えてもらった通りだ。
「……少なくとも装備は今のままじゃ攻撃力不十分だ」
「そうね」
リファールが腰にかけている片手剣。魔物に騎乗し、その衝力を活かせば第一階層の魔物には通じたが、オークに致命傷を与えるには至らなかった。刃渡りも武器を構えて突撃するには短いため、改善の余地が明確にあるポイントだ。
「……ところでリファール、馬上での剣の扱いって練習して得たもの?」
「いや……俺はそもそも馬に乗ったことすらなかった」
「だったら武器を変えてみるのもいいんじゃない? 馬上槍とか」
「……そっか。そうだよな」
リファールにとって、剣術は冒険者に憧れていたときにのめり込んでいたものであり、幼馴染たちとの思い出でもある。それを手放すことに何の抵抗もないかと言えば嘘になるが、彼自身冒険者としてダンジョンに潜ったことで、今は思い出以上に冒険者として強くなることに関心が向いていた。
「これ食べ終わったら武器屋見に行かない?」
「そうしましょう。私も用があるから」
アリシアも同意し食後の予定が決まる。
「あとは私の『魔物使役』を、二層の魔物を使役できるようになるまで練度を上げること。安定した乗騎の確保が出来るようになることね」
「安定した確保ってどうするんだ?」
「『魔物使役』の練度を上げていって、『常時使役』と『召集』が使えるようになったら、実質的に問題は解決する……けど、『常時使役』はともかく『召集』はしばらく先の話かも」
しばらく先の話、とアリシアは言ったものの、その未来はリファールにとってかなり夢のある話だった。向いていないと言われた原因であり、実際にダンジョンに潜ってみて表層化した『騎乗』スキルの欠点。乗騎の確保が難しいという欠点を完全に克服することが出来るからだ。
「お待たせしました。こちらご注文いただいた品物になります」
少しして、店主自ら二人が注文した料理が次々とテーブルに並べていく。その中に一品、注文した覚えがない品があった。
「それとこちらサービスの、ケルピーの香草焼きにございます。昨夜生きたまま捕らえられたもののため、悪臭が少なく大変美味なものになります」
「ありがとうございます……って! もしかしてこのケルピー!」
「えぇ。あなた方の捕獲したケルピーですよ。ここまで質の良い肉が安く手に入ることは中々ないですから、折角ですし味わっていただきたくて」
今回のケルピーの納品をしたのが若い少年少女だということを人づてに聞いていた店主は、席に着いたリファールたちの会話に聞き耳を立て、彼らがケルピーの納品者だということに気づいたのだった。
「ありがとうございます、いただきます」
リファールたちは礼を言いながらも肉を切り分け、一口。弾力のある噛みごたえと共に、赤身の強い旨味が口内に広がる。それでいて脂身は少なくさっぱりとしていて、牛にも豚にもない独特の癖も相まって何枚でも食べてしまえそうな中毒性があった。
「美味い!」
「二階層を目指すのはいいけど。それはそれとして世のため人のため、ケルピーは定期的に捕まえましょう」
「人助けは出来る時にってさっき怒られたばっかりだけどな」
和やかながら豪華な朝食を終えた彼らは、少しゆっくりしてから武器屋へと向かうのだった。
◇◇◇◇◆◇
リファールたちは、ロゼッタからほど近い場所にある武器屋へと足を運んだ。不愛想なドワーフの店主に見つめられながら、店内に展示されている武具に目を通していく。展示されているのは主に初心者を対象にしているためか、無駄を徹底的に廃した無骨な作りで、なおかつ安価だった。そんな展示物を一通り見たアリシアが、一本の鉄剣を手に取った。男性が使う事を想定しているのであろうやや幅広で無骨な剣だ。値札には198Gと書かれている。安価な剣としては、概ね相場通りだ。
「アリシア、剣使えたのか?」
「スキルを授かる前は、剣や槍の訓練もしてた」
そこでふとリファールは昨日のことを思い出す。彼女はオークの攻撃を間一髪のところで避けていた。あれもスキルを取得する前の鍛錬の賜物だとしたら、努力の何もかもがスキルによって無駄になる訳ではないのだということを示すように彼には感じられた。
アリシアの探し物はあっさりと見つかったが、問題はリファールだった。
「……無いな、馬上槍」
「扱ってるのはダンジョン攻略用の武器なんだから、無くても不思議はないけど……」
ここはダンジョン街ファルベラ。武器屋にやってくる者のほとんどがダンジョンに挑戦するために武器を欲している。そんな中に騎乗スキル持ちのものが何人いるか、馬上で用いる槍に需要があるか。考えてみれば当たり前だがこの町で馬上槍を探すのは、砂漠で砂を売っている店を探すのに近しい行いと言ってもいい。
「……小僧、もしや例の鹿騎兵か?」
どうしたものかと悩んでいるリファールに、店主が低い声で声をかけてきた。
「確かに昨日ケルピーに乗って戦いましたけど……」
「今朝レークの奴が来てベラベラ喋ってたんで、まさか今日会うとはな」
「驚いた。宣伝効果バッチリ」
レークという名を聞いて、驚いたのはアリシアだった。舌先三寸で生きていそうな軽薄そうな男が、まさか有言実行してくれるとは微塵も思っていなかったからである。
「レークの奴はあんなだが、一応若い頃からうちを贔屓にしてくれてんだ。ありがとよ……で、だ。確かにうちに馬上槍は無い。が、俺の手で作れん武器はない」
「ということは……」
「うちから依頼を出す。で、それを達成してくれたら報酬代わりに一本作ってやろう」