3.頑張り方を考えよう
「さて着いたよ。ここが僕のギルド、"朱鷺の止まり木"だ」
ロビンに連れられ、リファールたちは郊外に建つ建物へとやってきた。町の中央からかなり離れている――ファルベラはダンジョンの入り口を中心に作られた町であるため、冒険者ギルドの立地としてはあまり好ましくない。とはいえダンジョンに近い良い土地はそれだけ高額のため、止むを得ない面もある。
建物の中に入ると、対面には小さな受付用のカウンターがあり、その隣には二階へと続く階段がある。木張りの床は掃除こそされているものの年季の入りっぷりは隠せない。
「宿は二階に四部屋ほどあるから。素泊まり1泊で5G。毛布とシーツは自分で洗ってね」
ロビンは淡々と語りながらカウンターへと入って冒険者登録用の書類の準備を始める。書類の整頓自体はキチンとされており、その手つきは手際のよいものだ。
ロビンは書類を準備しつつ、二人に一枚の地図を渡した。それはこのギルドの近くを簡単に記したもので、飲食店や酒場、武具屋やアイテム屋などの場所に注釈がつけられていた。
「食事は出してないから、近所の飲食店を使ってね。こことここは美味しくて安いから特におススメ」
「あ、ありがとうございます」
リファールは地図を受け取りながら礼を述べる。
「……受付さんはいらっしゃらないんですね」
「冒険者もいないんだから雇ってもしょうがないしね。しばらくは僕が営業兼受付ってことで」
大手の冒険者ギルドとなればその業務は多岐にわたるため、事務員を雇用することも多い。とはいえそういった人材は冒険者とはまた違う意味で希少であり、零細ギルドには手の届かない代物だ。
それから少しの時間が経って。ロビンは書類に視線を落としながら、ふと口を開いた。
「登録前に一つ言わなきゃいけない事があるんだけど……マスターが言ってたのは概ね事実だ。君たちが普通の冒険者に向いてないのは間違いない」
ロビンの言葉にその場の空気が一気に張り詰める。二人は緊張の面持ちで次の言葉を待った。
「……だから僕はギルドマスターとして、君たちに普通の依頼を振るつもりはない。君たち二人の特色に合わせた依頼を用意しようと考えてる。僕から君たちに頼みたいのは、自分たちの強みを理解すること。そして強みを考えて伸ばしていくこと。無駄な努力は無駄になるっていうのは当然の話で、君たちはどれが有効な努力かを常に考え続けてほしい」
ロビンはそう言って、用意し終えた書類とペンを二人の前に出し、書類の署名欄を指さす。
「僕の言っていることが理解出来たら、ここに名前を書いてね。それが終わったら、君たちはこのギルドの登録冒険者だ」
ロビンの眼差しは"駿馬の嘶き"でのものと同様の、強者に特有の威圧感が籠ったものだ。この提案を如何に真剣に出しているかが窺い知れるもので、リファールも即決ではなく、ロビンから告げられたことをよく反芻し熟慮することを選択する。
「ロビンさん……いえ。ギルドマスター」
「うん」
先に動いたのはアリシアの方だった。彼女は慣れた手つきで署名を済ませると、少し呆れたように言うのだった。
「ギルドマスターはあまり多くの冒険者を抱えない方がいいと思います。その姿勢は私たちにはありがたいですけど、負担になると思いますよ」
「ははっ、手厳しいね」
アリシアの指摘に笑みを返し、ロビンの視線はリファールへと向けられる。
「リファールさんはどうですか?」
――自分たちが普通の冒険者に向いていない事実は変わっていない。
――だから、まずは自分たちの強みを理解してよく考える。
――よく考えて、強みを伸ばすことで独自色を持つことで初めて、道は拓ける。
リファールは心中で感謝していた。ここまで具体的に自分達の未来を案じてくれる人がいてくれることを。なればこそ、期待に応えなければという思いも一際強まる。ペンを取る手に力が籠る。丁寧に、綴りを間違えないように署名欄に記していく。最後の一文字を書き終えたリファールは顔を上げ、満面の笑みを作った。
「マスター、これからよろしくおねがいします!」
「うん。よろしくね」
先ほどまで張り詰めていた空気はどこへやら、書類を受け取ったロビンの口元にも自然と笑みが零れていた。
「とりあえず今日は二階の部屋でゆっくりしてて。良い依頼が見つかったら教えるから」
◇◆◇◇◇◇
役場への書類提出を終えたロビンが町を歩いていると、対面から見知った顔の男を見かける。
「……ロビンじゃないか」
"駿馬の嘶き"のギルドマスター、ドーガだ。彼は今日新たに冒険者となった子どもたちの登録用書類を提出しにいく所だった。ロビンのギルドの新人は二人だけだが、大きなギルドである"駿馬の嘶き"のそれは、数十人にのぼる。
「登録用の書類ですか?」
「あぁ。ようやく終わったんでな」
それだけの言葉を交わしてすれ違いかけた二人……だったが、ドーガが足を止めた。
「あの子どもらだが、お前の『洞察眼』に引っかかるほどの逸材だったのか?」
ドーガの言葉に、ロビンは足を止める。そして振り向くことなく言葉を返した。
「さぁ」
「さぁ、ってお前な……」
「以前も言ったように、『洞察眼』のスキルはそんな便利なものじゃないですよ」
「じゃあなんでだ」
「"素直で元気。新人なんてそこが出来てれば満点"――って言っていたのはマスターじゃないですか」
「……ハッ。そんな青臭いこと、言ったっけな」
「言ってましたよ。それに救われた人だっていました」
ロビンはそう言い残し、その場を立ち去る。
「……救われた人がいた、か」
ロビンが去り際に放った一言を、ドーガは嚙みしめるように口にする。
「だがな……救った数以上に殺してきたんだよ。俺は……」
バツが悪そうに頭を掻いて、彼もまた歩き出した。
◇◇◇◇◆◇
晴れて冒険者になったリファールとアリシアだったが、ひとつ新たな問題が浮上した。
「やっぱりマズい気がするんだよな……」
リファールが難色を示す問題、それはずばり寝室の問題だった。
「仕方ないでしょ。私、お金無いんだから」
「うん。それは分かってるけど」
アリシアが自殺用の毒薬を買ったがために無一文であることはリファールも重々承知のことだ。それでも彼女の口から、何の躊躇もなく相部屋を提案されたときは、流石に困惑を禁じ得なかった。毒薬を下取りすれば、少なくとも今日明日くらいは一部屋使えるものの、彼女はあくまで自殺を一時保留したに過ぎない。
「でも女の子と同室はな……」
リファールが難色を示すのは彼が紳士であるのもそうだが、過去に苦い思い出があったからだ。数年前、クロエと何気なく同じベッドで寝ていたところをニーナにこっぴどく叱られ、レオからもボロクソに叱られたことがあった。当時彼はそうした男女間の知識に疎かったことが原因だが、その件をきっかけにキチンと学んだ以上、簡単にうんとは言えない問題ではあった。
「リファールは私のこと、身体目当てに助けたの?」
「それは違う」
「なら問題ないでしょ。どうせダンジョンに潜れば、必然的に二人になる訳だし」
アリシアの言葉はもっともだった。ダンジョンは浅い階層ならば日帰りも出来るが、深い階層となれば当然そうはいかない。ダンジョン内で夜を過ごす必要がある。それならば部屋で一緒でも、場所が違うだけで何ら問題は無いのではないかという主張は、ある面ではもっともだ。プライベートにおけるプライバシーという概念に目を瞑ればだが。
「それもそっか」
とはいえリファールもそこの境界を厳格に定める方ではない。彼が納得して、それで話は終わりだ。彼も自分で言った通り、進んで問題を起こすことはない。
「……ベッド使う?」
「あなたの部屋なんだからベッドはあなたが使うべき。私は床で寝られるから」
リファールから見て、アリシアはただただ不思議な少女だった。やんごとなき身分を思わせる境遇ながら、庶民以下の生活環境に何一つ不満を言わない。彼を見下すような態度を取ったこともなく、むしろ自分が受けた施しは絶対に返すという公平さを備えている。一見自分のことを信用しているようではあるが、自殺はあくまで保留で、自身の目的については口にしようとしない。
だからといって不安に思ったり、執拗に事情を深堀しようとはしなかった。とりあえず今すぐ死にさえしなければ、あとは自分から話したくなった時に、話してくれればいいと、そう考えたからだ。そこはリファールという少年の美点だった。