豚の角煮
歳は8、9歳ぐらいだろうか。
小さな少女が私に微笑みかけて来た。
何かを持っているようで、両手で何かを包み込んでいる。
指の間からテカテカ光るどろっとした液体が流れている。
それは若干赤みを含んでおり、いやに生々しい。
彼女はその両手を差し出して言う。
「何でしょう?」
さぁ? 分からないよ。
「どうしようかな? 教えて欲しい?」
さぁ? 分からないよ。
「じゃあ特別に教えてあげるね。」
嬉しそうに両手を広げる。
手の中にはぬめっと光る茶色がかった豚肉の切り身。
内皮と赤みの間にある脂質からは血が混ざった脂がしたたる。
「今日お母さんにね、豚の角煮をつくるからお肉を買って来てって言われたの。」
へぇ、そうかい。
「ほら、ここ触ってみて。プルプルしてて気持ちいいよ。」
へぇ、そうかい。
「いけない。そろそろ家に帰らなくちゃ。バイバイ、またね!」
そう言うと少女は飼育小屋から足早に駆けて行った。
注意散漫になっていたのだろう。
彼女は飛び出して来たトラックに撥ねられて、跳ねてコンクリート塀にぶつかった。
やがて彼女もただの肉塊になるだろう。
まぁ、豚の私には関係のない話だが。