ただふたりだけ
「戻りましたか、マリー」
「……うん。クリス、あのね……」
「話は聞いていますよ、マリー。……ほら」
隠れ家で待っていたクリスもまた、覚悟を決めたような顔をしている。
後ろには、手で顔を覆っているアンさんがいた……。
「一緒に行きましょう、マリー。まさか置いていくとは言いませんよね……?」
「……当たり前でしょ」
差し出された彼女の手を取る。
ほんの少しだけ、冷たかった。
「あなたはわたしが守ります」
「私も……クリスを守るよ」
細かい震えをごまかすように、強く手を握り締められる。
当然だった。
ほとんどが無実の罪による、追放という結末。
そんな未来を、あっさりと受け入れられるわけがない。
……受け入れられなくとも、立ち向かうほかないのだけれど。
「……ふたりとも。ボクたちはもうまともな援助はできない……これ以上、キミたちに罪を負わせるリスクは背負えない。でも……本当に危なくなった時は、迷わず呼んで」
「……ありがと、ルーシーちゃん」
魔法。
ただの人間には、超常としか説明できないそんな力。
紆余曲折あって結果的に私たちを追い詰めたそれを、これ以上下手に使うわけにはいかない。
頼れるものは、もうほとんどないと言ってよかった。
「追放という体ではあるけれど、実際のところは死刑宣告と何ら変わらないと思っていい。捕まったらまず終わりだってことを念頭に置いて、絶対に……見つからないで」
「わかっています、ルーシーさん。下手は打ちません」
「これは時間との勝負だ。キミたちが逃げている間に、必ずなんとかするから。どうか……気をつけて」
そう言って、ルーシーちゃんはそっぽを向いた。
うなだれる彼女の背をソフィアさんがそっと叩く……目が合ったが言葉はなく、ただウインクだけを返された。
「それでは行きましょう、まり……」
「クリス……っ!」
「わっぷ!? な、何ですかアンさ……むぐっ、むぐぐ」
クリスの顔が、飛びついてきたアンさんの胸に埋められる。
……もがいているが大丈夫なのだろうか。
「戻ってきてください。いなくならないでください! あなたまで、あなたまでいなくなったら……私は……っ」
「むぐ……ぷはっ。い、言われずともそうします。こんなことを結末にはしません……必ず、生きて戻ってきますから」
「……クリス……」
なおもしがみつくアンさんを、決別するかのように強引に振り払った。
震えを隠すためかぎゅっと手を握って……開いた手を、アンさんの肩にそっと添える。
「ちゃんと帰ってきます。だから……イリーナさんたちをお願いしますね」
「…………。はい……」
長い、長い時間が過ぎていった。
……一瞬をそう錯覚させる程度には、名残惜しいひとときだった。
やがて、クリスが私のところに帰ってくる。
繋ぎ直した手は……もう、冷たくなってはいなかった。
「マリー」
「うん」
手を引かれて促され、隠れ家を出る。
一陣の冷たい風がクリスの髪をふわりと撫でた。
「寒くはないですか?」
「平気」
「そう。よかった」
一つずつ歩を進める。
戻ることのない道のりを、いつか帰りたいと願いながら。
恐れるものなど何もない。
もしあるとするのなら、それは……。
「クリス、行くあてはあるの?」
「ある程度は。ひとまずこの山を超えます……疲れたら言ってくださいね、マリー」
「ん、わかった」
クリスを失うこと。
あるいは、クリスを一人にしてしまうことだ。
こんなことを結末にはしない、と彼女は言った。
でも、私は思う。
思ってしまう。
たとえそれが望み通りでなかったとしても、彼女と一緒なら。
二人きりのまま終われるのなら……きっと、それもそんなに悪くはないって。
***
***
「ねーえ、ルーシー」
「……なに?」
ふたりを見送り、静かになった隠れ家。
次はどこに場所を移そうか、そう考えていた矢先……ずっと静かだったソフィアが、やや不満そうに声をかけてきた。
「なんで、あのふたりをあのまま送り出したの?」
「え……」
「下手に魔法を使えないのも、吸血鬼の力を使えないのもそう。私たちがこれ以上動けば、余計にあの子たちを苦しめるって……そう思ってる?」
「……あ、当たり前でしょ」
ほんの少し……やり過ぎたのだ。
仕方のないことだったとは思う。
なりふり構っていられなかったのも事実。
けれどもし、彼女たちがボクらと関わることがなかったのなら。
魔法も吸血鬼も何も知らず、純粋なままでいられたのなら。
きっと、こんなことにはならなかった。
「まあ、そうだね。それも事実だよ。でもさ……あのふたりが無事に逃げ切れるって、本当にそう思ってる?」
「……何が言いたいの」
「もちろん逃げ切れる可能性もある。身を隠し、時間を稼いでいる間に、私たちでなんとかできる可能性もあるよ。でも……もしも危険に晒されたら、あのふたりは躊躇なんてしないと思うよ。今のルーシーと違って」
「…………」
心を、冷たい棘で刺されるような。
ソフィアは時々こういうことを言う。
「それは最悪の結果だよ。一応は疑惑の段階でしかないことを、自ら肯定するだけの。……ねえ、ルーシー?」
「な……うっ」
首根っこを掴まれ、壁に押し付けられた。
抜け出せる気はまるでしない。
……ほんの少しだけ、妙な感慨を覚える。
「本当に、あのふたりを守る気があった?」
「……何を」
「逃がしたとか、体のいいこと言うけどさあ。実際、ふたりを囮にしただけなんじゃなくて? 守りたいものがあるなら、ずっと手元に置いておけばいい……それが一番安全でしょ」
「…………」
……確かに、それは一つの解決策だった。
何もかもを終わらせるその時まで、ボクたちでふたりを匿うことも。
今のアンちゃんと同じように、そうしておくこともできた。
……でも。
「あ、あの……喧嘩は、やめてください……」
「そんなこと言って。聞いてたんでしょ? アンちゃん。てか聞こえてないわけないし」
「……っ」
「本当のことを言って、ルーシー。……あのふたりを、見放したの?」
そんなわけがない……と、はっきり言い切れはしない。
見放した、そういう見方もきっとできる。
けれど……。
「……分かってて言ってるくせに」
「……なんのこと?」
「違うよ、ソフィア。ふたりが無事に逃げ切れるなら、確かにそれが一番いい。でもね……どこかで捕まったとしても、それは最悪とは程遠い」
「…………」
ゆっくりと、拘束が解かれる。
力なんて所詮ちっぽけなものだ。
世界を丸ごと救えるわけでも、全てを滅ぼせるわけでもない。
けれど、だから。
だからこそ。
百万回は聞いたような言葉で、青臭くて馬鹿馬鹿しいような行動で……目一杯の感情論で、一歩を進む手助けがしたい。
「全てをチャラにする好機だよ、ソフィア。それにアンちゃんも。……協力してくれるよね?」
「……内容によるけど」
「は、はい? でも、私にはそんな大したことは……」
大したことでなくともいい。
いや、むしろ大したことなどしなくていい。
ただ……そう。
わたしは、あの子たちと友達になりたい。
「そんなに大変なことじゃないよ。小さなことしかできないから、いつだってこんな言葉が流行るんだ。……人はひとりじゃ何にもできない、って言うでしょう?」
ひとり、ではないけれど。
ふたりきりのふたりに見せてあげよう。
ふたりだけで全てを乗り越えられるのなら、きっとそれに越したことはない。
けれど……どうしようもなくなった時、大した意味なんてなくてもいいから、声をあげてみてほしい。
そうすればきっと分かるはずだ。
助けたいと願う友達が、きっとどこかにはいるってこと。
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