親子のなにか
「……ん……」
暗い中、ぱちりと目が覚める。
少しぼんやりとした思考の中で、僅かな渇きを自覚した。
「のど、かわいた……水……」
隣のクリスを起こさないよう、そっと身を起こす。
暗がりに少しふらつきながらも、部屋内のテーブルに置いてあるピッチャーに手をかけ……。
「……あれ。ない?」
持ち上げたそれは妙に軽かった。
空っぽだ。
仕方ない、取りに向かうか……。
「んぅ……マリー? どうか、しましたか……?」
「あ、クリス。寝てていいよ、お水飲んでくるだけだから」
「そう……気をつけてくだ、さ……」
「…………」
喋りながら寝た。
喉まででかかった突っ込みを引っ込める。
外の暗さから察するに夜中だ、わざわざ起こすことでもない。
「ええと……こっちだったっけ」
ドアをそっと開き、廊下に出る。
以前来た時、クリスが補充していたのを見た覚えがあった。
そうだ、水を取りに行くついでにトイレにも行っておこう。
「……暗いな……」
外を見てみると、月すら出ていない真っ暗闇だった。
もっともさほど不都合はない。
暗くはあっても夜目は効く……吸血鬼なんだから当然だ。
うっかり足をぶつけるとかそんなへまは……。
「さて、お水おみ」
「マリーちゃん」
「じゅゃっ!?!?」
へまはしなかったが、死ぬほど驚いた。
というか殺されるかと思った。
真夜中に直前まで一切の気配もなく、突然後ろに立たれたら誰だって驚くだろう。
「あら、ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「お……お義母さん、なんですか。死ぬかと思いましたよ」
「ふふ、そんな呼び方をしてくれるのね。さてはクリスに何か仕込まれたのかしら」
流石に鋭い。
『あなたがわたしと結婚することはもう確定事項なのですから、お母様のことはそう呼びなさい。いつまでも名前呼びではわたしが嫉妬しますよ』とは眠る直前のクリスの言葉だ。
正直慣れないが、いずれ慣れるだろう。
「それでええと……どうしました? こんな夜中に」
「なんでもないわ、ちょっと様子を見に来ただけよ。マリーちゃんはお水ね? 貸してちょうだい」
「あ、はい……」
何の様子を見に来たのだろう。
気配でも感じたのだろうか……この人のことだからありえそうで困る。
とにかくお義母さんはこの暗がりでも流石に慣れた様子で、ピッチャーに水を汲んで渡してくれた。
「はい、どうぞ。ごめんなさいね、昼間のうちに入れておくのを忘れていたわ。もう遅いし、早く……」
「……? お義母さん?」
なぜか途中で言葉を切り、私の顔をまじまじと見つめてきた。
暗闇でこうしてみると、やはりクリスとよく似ている……心臓に悪いからやめてほしいのだが。
「んん……やっぱり何か違うわね。前にも何だか……どこかで……?」
「何を……」
「マリーちゃん。最近、何か変わったことがあったでしょう?」
「……っ! え、ええと……」
……本当に、鋭い。
だが何を話すべきだろう。
別世界やら変貌の真実やらと、そのまま話すにはあまりに荒唐無稽すぎることばかりなのだが。
「クリスもクリスで、なんだか寂しそうな顔をしていたわ。昔、アンちゃん……あの子の友達と喧嘩して帰って来た時もあんな顔をしていたけれど、今度も何かあったのかしら」
「…………」
これは、イリーナちゃんとのことだろう。
クリスが分かりやすいのかお義母さんがよく見ているのか……。
「ねえ、マリーちゃん。それは……話しにくかったり、話せなかったりすることかしら」
「……そう、ですね。少し、話しにくいことかもしれません」
「そう……。無理はしないでちょうだいね。何かあったらいつでもおいで、私たちにできることなら何でもするわ」
「ありがとうございます……」
心強い。
けれど、このことに関しては話してもしょうがないだろう。
無駄に不安にさせるだけだし……何より、私たちの問題だ。
「……そうそう、マリーちゃん。これはほんの余談なのだけれど」
「はい……?」
「今、アルとケミコが少し別の場所で仕事をしているの。すぐにではないけれど、いつか必ず必要になる……そんな仕事ね」
「……? はあ……」
そういえばクリスが、その二人を見かけないと言っていたけれど。
それがどうしたのだろうか。
「マリーちゃん。そのことについて、何か知っていることはないかしら?」
「はい……? いえ、ありませんけど」
……どういう意味だ?
そんなこと、私が知っていたはずもない。
何かを探ろうとしているのか……?
「そう、よかった……いえ、変なことを聞いてしまってごめんなさい」
「い、いえ……」
よかった、か。
知られたら都合が悪いか、もしくは……さっきの私がそうしたように、知られたら不必要に不安を与えると判断したか。
いずれにせよ、真意を聞き出すのは難しそうか……。
「気になると思うけど、できれば忘れてちょうだい。ほら、そろそろ部屋に戻りなさい? あまり私と話しているとクリスが怒るわよ、あの子鼻が効くんだから」
「あはは……そうします」
自分の娘を犬みたいに。
しかも事実である。
そういえば以前、クリスのいない時にほんの一瞬他の女の人と会話したらバレたことがあった。
本人曰く『そんな気を感じ取った』らしいが。
野生児じゃあるまいし、どこで身につけてきた勘なんだか。
「おやすみなさい、マリーちゃん」
「おやすみなさい」
ぺこりとお辞儀をして、足早にその場を去る。
早く戻らないといけないのもそうだが、トイレに行きたいのを忘れていた。
とっとと行ってクリスのところに戻らなきゃ。




