帰省
「ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンッ!!!」
「イッヌ……! 〜〜!!」
「ヽ( ̄д ̄;)ノ Σ(゜д゜lll) _:(´ཀ`」 ∠):」
見たことのないほどのテンションではしゃぎつつ、走り回るオリバー。
そんな彼に追い回されている、特に訳の分からないキャラの二人……ニチャンさんにジモーさん。
平和な光景……平和な光景か……?
「……帰ってきてしまいましたね」
「そうだね、クリス」
「はあ……。これから数日間、あの人たちの相手をせざるを得ないと思うと気が滅入ります」
「……ふふ、そう?」
クリスもまた、呆れたような顔でそんなことを言う。
しかし、私にはわかる。ほんのわずかながらも口角が上がっているのが。
なんだかんだ言いながら、きちんと私以外の家族も大事にしてるんだなあ……。
「む。マリーがわたしを子供扱いしている気配が」
「限定的すぎない? その気配」
「あまりそんなことを考えていると、たとえお母様の前だろうと容赦なくあなたを襲いますからね? 覚悟はできているのですか?」
「そ、それはちょっと……」
……まあ、彼女にとっては前回急に打ち切られてしまった実家帰りである。
その直後から、別世界だの変貌だの誘拐だのと物騒なことが続いていたし……今度こそ、ゆっくり羽を伸ばしてほしいものだ。
「あのね、マリー。妙に達観しているようですが、数日後にはあなたの実家にも帰るんですからね? ろくに連絡もよこしていない実家に」
「うっ……」
それを思うと胃が痛くなる。
婚約者と共に里帰りする旨は手紙にしたためて送ったものの、返事を待っている間に出発の日を迎えてしまった。
そもそもクリスのこと、向こうは知っていたんだっけ?
何から何まで本当に、なんと説明して良いやら……。
「一人娘が急に容姿端麗博学多才な恋人兼飼い主兼婚約者を連れて帰ってくるんですから。ちゃんと気の利いた説明を考えておくんですよ」
「自己評価高いね」
いや、間違ってはいないけど。
「当然でしょう? あなたに釣り合う者になるため、わたしは日々努力を重ねているのです」
「わ、私はそんなにできた人間じゃないよ……?」
「そうですね、今は吸血鬼でした」
「そういう意味じゃなくてね」
わかっているくせに。
私なんかよりクリスの方がよっぽど強い子だ。
いつまで経っても敵う気がしない、自慢の私の恋人なのだから。
「いいんですよ。あなたは誰より、どんな人よりも、わたしを想っていてくれるじゃないですか。それがわたしにとっては一番嬉しくて、何よりも……」
「──あらあら、惚気話かしら? 幸せそうね、クリス」
「おっ……お母様!? いつの間に!?」
先の気になる言葉は、ふいに後ろからした声に遮られた。
クリスの母、クレアさん……相変わらずの神出鬼没っぷりである。
足音も何もしなかったんだけどなあ……?
「それにいらっしゃい、マリーちゃん。……あら? 前となんだか匂いが違うような……」
「ちょっ……! は、離れなさいお母様! マリーはわたしのものですよ!!」
振り向く間も無く、後ろから首に腕を回された。
抱きつく、というよりどちらかというとヘッドロックだ。
まるで身動きが取れない。
「心配しなくても取りはしませんよ、クリス。すんすん……んん……前にも、どこかで嗅いだことがあるような……?」
嗅がれている。
思いっきり髪の毛を嗅がれている。
というか匂いが違うって……いや、今はそれはいい。
「え、えっと、クレアさん? 離してください……」
「あら、ごめんなさいね。ちょっと気になっちゃって。クリスの手紙に書いてあったわ、なんだか色々と大変だったんですって?」
「……そうですね。色々ありました」
……クリスはどこまで手紙に書いたんだろうか。
まさかとは思うが、誘拐やら何やらのことは書いてないよね?
大変なことがあったとかその程度だよね……?
「まあ、なんでもいいわ。せっかく元気に帰ってきてくれたんですもの、ゆっくり休んでいってちょうだい。クリス、荷物は運んでおくからお風呂に行って着替えてらっしゃいな」
「は、はい。……行きましょう、マリー」
それを聞き出す暇もなく、どこか焦ったようにクレアさんを私から遠ざけるクリス。
そのまま彼女に腕を引かれ、足早にお風呂場に向かう……何をそんなに急いでいるんだろう?
「あ、クリス。先にオリバーに餌を……」
「ニチャンさんとジモーさんがやってくれるでしょう」
「そ、そっか。……ちょっとクリス、腕痛いんだけど……」
「そうですね。すみません」
……?
なんだかそっけない。
怒っている……いや違う、いっぱいいっぱいになっている?
「ねえ、クリス……?」
「……いえ。なんでもありませんよ」
「まだ名前呼んだだけだよ……やっぱり何かあったんだ」
「…………」
様子がおかしい。
いつからだ?
クレアさんに話しかけられた後……?
「クリス。それは私にも関係あること?」
「…………。場合によっては」
「そう……」
追求するべきか否か。
話したくないことなら強制したくはない。
話すかどうか迷うくらいなら話す、以前ふたりでそう決めたこともあるけれど……。
「……はあ。大したことじゃありませんけど……アルとケミコさん、見かけませんでしたよね」
「……そういえば、確かに」
二十四時間植物まみれのアルさんに、隠れオタク? のケミコさん。
考えてみれば、二人は声も姿も見なかった。
「ケミコさんはともかくアルは、いつもは呼ばなくても来るくらいなのに……いえ、やっぱり気にするほどのことでもないでしょう。不安にさせてごめんなさい、マリー」
「ああ……いや……」
そう聞くと、確かに大したことないようにも思える。
ただの杞憂か……まあ、色々あったしちょっと過敏になってしまったのかもしれない。
「それより、マリー。今日は乗り物酔いをしなかったんですね?」
「んえ? ……あ、確かに! なんでだろ……?」
「さあ……吸血鬼化と関係があるんでしょうか。何にせよよかったですね、マリー」
「うん、よかった」
確かに、少し嬉しい誤算だ。
この先一生あのひどい馬車酔いに悩まされるかと思っていたのだけれど。
「ほら、お風呂ですよ。体の隅々まで舐め尽くすように洗って差し上げましょう」
「舐め尽くすのは……やめて……?」
やりかねないから困る。
比喩になっていなさそうだ。
「……お母様の匂いを綺麗に落とすと言ってるんですよ。いいから言う通りにしなさい」
「は、はい……」
……逆らえそうにもない。
言う通りにしておこう。




