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悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

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私はいつまでも

「……は」


 私を……守る?

 クリスが、私を?


「あなたはきっと、わたしの知らないことも知っている。世界とか、命とか、そういうことのいくつかは……まだ、話してくれていないでしょう?」

「それは……」


 私が断片的にしかそれらを知らないこともある。

 けれどそれ以上に……話す価値もない、そう思うからだ。



 転生だとかなんだとか。

 神だとか、その他もろもろのくだらないあれこれとか。


 そんなこと、詳しく知ったところでどうにもならない。

 ……そんなものの存在ですら、できれば知ってほしくはない。


「わかっています。マリーは、わたしのことを一番に考えてくれているって。それがあなたの考えなら、わたしはそれも尊重したい」

「…………」

「けれど、マリー。それであなたひとりが傷ついたり、こうしてわたしを捨てようとするまでに思い詰めることになるのなら……わたしは黙っていませんよ」

「……でも。それは、それだって……!」


 知らなくていいことだ。

 クリスにはあくまで『普通』でいてほしかった。


 人が人として尊重されるまま、誰かに踏み躙られることもない。

 形だけでもいいから、そんな綺麗な世界にいてほしい。


「違います、マリー。何も全部を話してほしいんじゃない。ただ、あなたが自ら傷つきに行くのなら……わたしも連れて行ってください。何も知らなくたって、何かできるかもしれない」

「そんなの……!」

「危険すぎる、とでも言いますか。では、あなたと同じ立場でわたしも反対します。何より大切な恋人を危険に晒せない、そう思うのはあなただけじゃない」

「……っ」


 ……反論できない。

 私は口が強くない。


 理があるのは圧倒的に彼女の側なのだ。

 正論で語るには、私は既に道を踏み外しすぎてしまった……。


「……マリー。わたしが何より恐れるのは、あなたと分かり合えないまま……心から打ち解けられないまま、あなたとお別れをすることです」

「心から……って……」

「今までがそうでなかったとは言いません。でも、たった一つでもあなたについて知らないことがあったなら、わたしは永遠に後悔し続けます。……マリーは、違いますか……?」

「…………」


 恋人のあらゆるところを知り尽くしたい。

 体も心もなにもかも。


 そんな願望は、当然のようにある。

 ……結局似たもの同士なのだろうか。


「だから、満足するまであなたを守ります。満足させてくれるまでは絶対に離しません……!」

「クリス……」

「後悔したくないんです! あなたがいてくれる日々のことを、恨むわたしにはなりたくない! 余すところなく、幸せだったって思いたいっ!」

「……っ」


 泣き叫ぶような声だった。


 心が、膿んだようにじくじくと痛い。

 彼女を悲しませた。泣かせた。

 どんなに取り繕おうとも、私はそれを正しかったとは言い張れない。


「なんでも許すなんて言わない。何もかも受け入れるなんて言えない! わたしからあなたを奪うのは、たとえあなたでも許さない! だから……だから! ──わたしのものになりなさい、マリーっ!!」


 至近距離からしっかりと見据えた、彼女の瞳は揺らがない。

 拒絶したって無駄だ。諭すのも無意味だ。

 彼女は私を嫌いになってはくれないし、私の側から離れてもくれないのだろう。



 不都合極まりないことに。

 ……あまりにも、幸せすぎることに。


「クリス……ごめ、ぅぁ」


 言葉を捻り出そうとした口が、ほとんど無理やり塞がれる。

 ……何に対して謝ろうとしたのか、自分でもよくわからない。


 彼女を悲しませたこと? 彼女に負担を強いたこと?

 これから先ずっと、彼女を危険に晒し続けること……?


「謝罪なんていりません。あなたがまだわたしのそばに居てくれるだけでいい」

「……うん」


 やらなくちゃいけないことは、いくらでもある。

 先送りにしたままの問題だってある。

 ……それに、彼女を傷つけた事実は変わらない。


「話してほしいこと、いっぱいいっぱいあるんです。してほしいことも数え切れないくらいあるんですよ。謝るのは、全部終わってからにしてください」

「ん……」


 ぎこちなく、彼女を抱き返す。

 ずっと涙声の彼女にしてあげられることなんて、大して多くはなかった。


「……今度こそ。やくそく、守ってくださいね……?」


 約束。

 ずっと一緒にいる。

 永遠を添い遂げる。


 何度も誓ったはずの約束を、私は破ろうとしてしまった。

 その償いは、一生かけたって足りはしない。


「……誓うよ。信じられないかも知れないけど、また何度だって誓う。私はもう、クリスから逃げない……!」


 なんでも受け入れてくれるわけでも、許してくれるわけでもない。

 けれど彼女は、まだ私を好きでいてくれる。



 十分すぎるほど幸福だった。

 薄汚れた感じのする心が、それだけで綺麗になっていくような感覚。

 長い長い時間が、少しずつ過ぎていく……。


「──うぐ。う、あぁぁぁ……」


 相当長い時間が経った頃。

 壊れた壁の中から、今にも死にそうな巨体が這い出てきた。


「……起きましたか。ふむ……」

「クリス……?」

「問題ありません、マリー。わたしに任せて」


 クリスはゆっくりと、彼の元へ歩み寄っていく。

 ……疲労のせいか少しふらついていた。


「……クリス。私だって、逃げないから」

「……ええ。ありがとうございます」


 横に立ち、彼女を支える。

 私たちの間に、それ以上の言葉は必要なかった。


 温かい。

 何に替えても守り抜きたい。

 もう、彼女を悲しませたくない……!


「ぐぁ……い、痛え……。なに、が、おきた……?」

「申し訳ありません。少しの間、あなたには眠ってもらいました」

「ねむる……げほっ。……ああ、あんたはマリーさんの……家族か……?」


 ジャンさんは、まだ少し意識が朦朧としているようだ。

 謎の力に押されるように、壁に叩きつけられたジャンさん……クリスが一体何をしたのかも、後で聞く必要がある。


「ええ、家族です。恋人です。他の何よりも大切な、わたしのものです。……それがなにか?」

「…………。いや……そう、だよな……」


 彼はそう言って俯き、また口を閉ざす。

 よもやまた意識を失ってしまったのか、そう思ったところでまた口を開いた。


「──なあ。マリーさん」

「……なに?」


 目が合った。

 黒く濁った泥のように、疲れ果てた色をした目。

 その中にある感情を、読み取ることはできないが……。


「俺には……俺たちには、それぞれ何より大切なものがあった。あの時、それを失ったやつも多くいる」

「…………」

「教えてくれ、マリーさん。大切なものを失った痛みが、あなたにもわかるか……?」


 ……どういう意図の質問なのだろう。

 とにかく、答えなど一つだけだ。


「……わかるよ。吐きそうなぐらい強いなにかも、捉えようもなく空虚な痛さも。どっちも、私は知ってる」


 苦い記憶なんてものじゃない。

 あえて言うなら苦い地獄だが、それすら生ぬるいくらいだ。


 喉元過ぎれば熱さを忘れる。確かにそうだろう。

 焼けるような苦しみを思い出すたび、骨の髄まで冷え切るような恐怖に襲われるから。


「……なあ。復讐って、なんだ」

「……さあ」

「意見だけでもいい。聞かせてくれ。……復讐を果たせば、その気持ちは埋められると思うか」


 復讐は無意味。

 百万回は聴いたフレーズだ。


 復讐は新たな怨嗟を呼ぶ。

 復讐はただ、捉えようのない苦しみを誰かにも押し付けるだけの行為。



 そんな言い方もできるだろう。

 そして、それはきっと正しい。

 でも……。


「……言い方が違う。空いた穴を埋められるのは、多分、復讐を果たすまでのことだよ」

「…………」

「復讐を終えるまでは、感情が穴を埋めてくれる。もしその間に空いた穴を埋められるなら、あるいは忘れられるくらいの時間が経ったなら……きっと、その復讐には意味があったんだと思う」


 私には、無意味だなんて言えない。

 それが突き動かしてくれたから、出会えたひとがいた。


 どうしようもなく救われなくても、きっとまだ生きてくれているひとがいる。

 ……だから、無意味だなんて言えないけれど。


「ずっと……ずっと苦しんで、そのまま死んじまったんだ。家族も、友達も……恋人だって……」

「……そう」

「あんたを殺せば同じ災いは降りかからない、そんな希望も確かにあった。次また同じことがあったらっていう絶望は絶対にあった! ……でもきっと、本当は、あんたに復讐してやりたかっただけなんだ……!」


 ……私は彼に、どんな言葉をかければいいんだろう。



 謝罪か。

 しかし誠意が込められる気はしない。


 励ましか。

 挑発にもならないだろう。


 懺悔か?

 しかし実際のところ、彼や彼の故郷に対して私が何をしたかというと……いまいちぴんとこない。



 変貌の件は、確かに『私たち』のせいだった。

 けれど、彼らは巻き込まれただけだ。

 彼らの苦しみは誰の策略でもなく……誰が得するわけでもない、ただの不幸。


 かつて私を襲った交通事故のように。

 誰かに非はあったけれど、誰にも悪意はなかったのだ。


「……同じことは起こさない。誓ってもいい。ジャンさん、あなたの旅はきっと、無駄じゃなかった」

「……慰めか、それは」

「違う。事実だよ。……あなたが来てくれなければきっと、私は私のしたことを自覚できないままだった」

「…………」


 私の行動は、どんなに少なくとも数十人の命を奪った。

 この上なく勝手に、理不尽に。



 改めてそれを知らなければならない。

 責任を感じなければいけない。

 そして、なんでもいいから何かしよう……一生賭けて償おう。


 自分勝手だったとしても、私にできるのはそれだけだ。


「許さなくていい。恨んでもいい。でも……!」


 ……言ってからふと、自身の間違いに気付いた。


 なんて傲慢な言い方だ。

 こんなのは、つまり……。


「……好きなだけ恨め。でも復讐はするな。そう言うのか? 復讐は復讐を生むとか、そんな綺麗事を並べ立てるのか……?」

「……っ」


 それだけの謂れがあることを認めた上で、その行為の無意味さを諭す。

 ……自分勝手にも程がある。

 彼を激昂させても当然の言いようだ。


「なあ、マリーさん。俺は……!」

「──その通りですよ。この方が言っているのは、そういう綺麗事です」

「なっ……!」


 ふいに、黙っていたクリスが口を挟んだ。

 止める間も無く、彼女は続ける。


「復讐は復讐を生む。まさしくその通り。もしもこの方を殺せば、わたしはあなたを……あなた達を許さない。たとえこの方に非があったとしても、どれだけあなた達に理があったとしても、わたしには関係ない。最も愛する人を奪われた、それだけで動く理由は十分ですから」

「……俺は」


 気圧されている。

 事実だっただけに迫力があった。


 事実別の彼女は、世界を渡ってまで復讐を果たそうとした……!


「傲慢だって構わない。マリーはわたしのもの、手を出すなら容赦はしない! 選びなさい、殺そうとして殺されるか、殺さず殺されないか……!」


 左の手のひらを前にやりながら、彼女はそう言い放った。

 ……よく見ると、指先が細かく震えている。

 無理をしているのは自明だが……。


「……違うさ。もう、復讐なんかするつもりはない」

「…………」


 穏やかな声音で、彼は言った。


「確かめたかったんだ。マリーさん、あなたにも大切なものがあるのかどうか。あなたを大切にしてくれる人がいるのかどうかを。……俺は、あなたと同じにはなりたくない」

「…………そう。そうだね」


 ……けれど、許されたわけではない。

 むしろ、彼の瞳は怒りに燃え上がっている。


 復讐は何も生まない、そんな綺麗事に込められた意味の一つだ。

 綺麗事でも役には立つ。


 復讐を果たしたとしても、それはただ、復讐を願った相手と同じに成り下がっただけ……と。


「生きてくれ、マリーさん。里には俺が話を通す。……悪いけれど、もう少しだけ、俺の生きる活力になってくれ」

「……もちろん。私にできるのは、それだけだよ」


 彼は私の横を通り抜け、外に出て行った。

 小脇にはあの鶏を抱えている。



 きっと、もう会うこともないだろう。

 恨まれ続けることで少しでも彼の生きる手助けをできるのなら、本望のようなものだった。


「──帰りましょうか、マリー」

「うん……」


 差し出された手を取る。

 体に比べて少し冷たくて、それでも十分温かい。


「一つずつでもいい。今すぐに全てを話せとも言わない。でも、いつか終わってしまうのなら、その時までには絶対に……あなたの全てを話してください」

「……うん。もちろん」


 もう離さない、離されない。

 たとえ離れたくなったとしても、彼女はそれを許してくれなかった。



 私は、彼女のものなのだ。

 何よりも幸せすぎることに。

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