愛と。
「う……嘘……?」
……確かに、私は嘘をついた。
あの時、『すぐに戻る』とクリスに言って……それきりだった。
それでも、私は常にクリスのために生きている。
何一つやましいことなんてない。
「……ねえ、マリー。わたし、そんなに頼りない? いつになったらあなたは、本気で私を頼ってくれるの……?」
「な……なに言ってるの、クリス。そんなわけないでしょ。だってクリスは……」
……胸が、ちくっと痛んだ。
彼女を悲しませた、それを自覚してしまったから。
でも……。
「どんなことがあろうと、わたしはあなたの側にいる。それを勝手に裏切るのは、たとえあなたでも許さない」
「……っ」
「それとも何か? わたしを捨てる正当な理由が、あなたにはあるとでも?」
捨てる。
その言葉が、ずしりとのしかかってくるように思えた。
二度と会うつもりはなかった。
永遠を誓っておきながら、私は彼女の元へ帰ろうとしなかった。
確かに、私は捨てたんだ。
何よりも愛する人を捨てた。
だけど……。
「……しかたないでしょ。どんなに愛を誓ったって、守れなかったら意味ないじゃん。本当に危ない時、そばにいられたって……」
「マリー。別のわたしたちは、くだらないことで離れたまま……最後まで仲直りすらできなかったんでしょう? 危険な時こそ一緒にいさせて。わたしは最期まで、あなたと一緒がいい」
……そんなの嫌だ。
クリスにはほんのひとかけらでも、危険な目にあってほしくない。
許されるのならば、いっそ永遠に閉じ込めておきたい。
そうまでしたって飽きたらない、彼女のことを守るためには。
「たとえ私が死んだって、クリスには生きてて欲しいんだよ。永遠にずっと、どこかにいてよ……いなくなるなんて嫌だから……!」
「いや! あなたが死ぬならわたしも一緒です! 分かっているでしょう!?」
確かに別の世界で、クリスは自ら命を断とうとした。
けれど、そんなの許さない。
許すわけがない。
「……っ……いいからもうひとりにしてよ! 私はずっと狙われるの、いつまでも誰かに恨まれ続けるの!! そんなことにまで巻き込みたくない……!」
「巻き込みたくない!? それが何か!? そんなこと、あなたがわたしを置いていっていい理由になんかなりません! いい加減にしなさいっ!」
「いい加減にするのはそっちだよ!」
なんでわかってくれないんだ。
恋人だろうが家族だろうが巻き込んじゃいけない。
命をかけた、私の問題だ。
危険な上に得るものもない、そんな場所にクリスを置いておきたくないのは当然だろう……!
「──違う! 怖くなったんでしょう!? 逃げたくなっただけでしょう!? あなたは、わたしを好いているあなたから逃げただけです!!」
「…………な」
思考が……凍りつく。
わざと考えを巡らせなかった、その領域に。
決して見せてはいけないと、そう思っていた場所が。
「この前からずっとそう! いっつも同じことばっかり考えているでしょう!? わたしを守ること、わたしを傷つけないこと、そして……わたしを、殺すこと……!」
「な、ぇ……ぃや、ちが」
ぞわり、ぞわりと嫌な感じがする。
汚いものの内面を覗いてしまったような気分。
自分でもよく意識できなかった何かが。
自分ですら、危険だと分かってしまうものが。
……きっと意識の奥深くで、影響を与え続けていた『なにか』が……。
「わたしには分かります、いつもあなたを見てるんだから! あなたは逃げた、わたしから逃げた! そのことはもう、絶対に許しませんからっ!!」
「ぅ……ぁ……」
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
彼女のことを愛してる、その気持ち自体に嘘はない。
けれど、クリスが言ったことを否定もできなかった。
隠していた。気づかなかった。……いや、違う。
考えたくもなかったのだ。
「マリー。今度こそ、正直に答えてください」
「な……なにを……?」
「仮に、あなたがわたしを殺したとして。わたしが、抵抗すらしなかったとして……あなたは、それを後悔しますか……?」
……以前彼女が言ったことの意味が、もう一度胸に突き刺さる。
──『殺されそうになったことだって、全く恨んではいませんが』
──『それがもしも、結果的にあなたを悲しませるのなら──』
「……嫌だよ。クリスが、いなくなるなんて」
思いのままを口にした。
けれど、クリスはまだ不満げな顔をしている。
「そうですか。それで?」
「それでって……」
「それだけではないでしょう、マリー。何度言わせる気ですか? あなたは何度……いつまで、隠し続ける気ですか」
心の中の、どろどろが。
吐きそうになるくらい濁った感情が。
愛が、口をついて出る。
「クリスは……っ。……私以外に、クリスを殺されたくない」
「…………」
私以外に。
私ではない、他のものに。
たとえ、それがどんなものであろうと。
「どんなものにだって渡したくない。クリスの命も体も血も何もかも、全部ぜんぶ私のものにしたいっ! 死に顔も、苦しむ顔だって、かけらも残さず独り占めしたいの……っ!」
これは私の欲求か。
それとも『私』の欲望か?
わからない。今更区別をつける意味もない。
わかるのは、ただ心からそれを望んでいるということだけだ。
「……わたしは」
「悲しむか、って言ったよね。そりゃ悲しいよ。死んでほしくない、苦しんでほしくない、いつまでも幸せでいてほしい。当たり前でしょ、クリスのことが大好きなんだから」
「それならなぜ……?」
死んでほしくない。
けれど、殺したい。
苦しんでほしくない。
それでも、苦しむ顔だって見せてほしい。
……矛盾しているのだろうか。
私にはそうは思えない。
永遠に生きていてほしいほど、彼女のことを愛してる。
何もかも全て見届けて、独り占めしてしまいたいくらいに、彼女のことを愛してる。
どちらの想いも、否定はできなかった。
「だからだよ。死んでほしくない。クリスが死んだら悲しい。……でも私は、クリスを殺したいって……そう思っちゃったから。だから」
だから。
彼女のためだから。
彼女を、守るためだから。
「……っ」
「死のうとした。もう、二度と会っちゃいけなかった。私はクリスを守りたい、でも一緒にいたらいつかクリスを殺しちゃうかもしれない……どちらか、選ぶ必要があった」
時期的に都合が良かったのも大きい。
何もしなければ、運命が勝手に私を殺してくれていた。
どうせだから後顧の憂いを断っておこうとした結果、色々とややこしくなってしまったけれど……まあ、もう同じことだ。
巻き込まれてしまったルーシーちゃんとアンさんも助け出せた。
犯人たちの処理もソフィアさんが請け負ってくれている。
クリスがここまで来てしまったのは想定外とはいえ……最期に少し話せたと思えば、上々の結果ではないか。
「……そうですか」
「分かってくれた? 私は、もう……」
「ええ、よく分かりました。……あなたは、何も分かっていないということが」
「え」
言葉を残して、立ち去ろうとする。
しかし、それは許されない。
クリスが再び、絡みつくような勢いで抱きついてきた……!
「すぅ…………ふう。ふふ、いい匂い……」
「ま、や、なに……やめてクリス、私いま綺麗じゃないし……!」
「そうですか? 吸血鬼はあまり体が汚れない、と以前ルーシーさんにお聞きしましたが」
「な……っ!?」
……そんなことまで知っていたのか。
かけらも話題に出さないから、てっきり知らないものとばかり……!
「マリー、マリー。わたしのマリー。何を言っても離しません、あなたはわたしが守るんですから」
「何を……!」
「あなたは、わたしを守ろうとしてくれた。それはもう十分、十分すぎるくらいわかりました。……でもね、マリー。わたしは、それじゃ嫌なんですよ」
「い……嫌……?」
リラックスしきったような声で、クリスは続ける。
……私にとって、受け入れ難かった言葉を。
「あなたがわたしを守るんじゃない。……わたしが、あなたを守り続けたいんです」




