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悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

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81/161

ありったけの嘘と

 ***


 ***






「──ジャンさん。ここに、いるんでしょ」


 ソフィアさんが、最後に伝えてくれた座標。

 どことも知れない遠くから、這うようにして辿り着いた場所。



 何日経っただろう。

 何度、ひとりぼっちの夜を過ごしたんだろう。

 進み続けるだけの時間は、とっくに感覚が麻痺していた。


「…………」

「出てきて。私だよ、マリーだよ。前にも一回会ったでしょ……ねえ」


 ボロ家の中から、声は聞こえてこない。

 だが、気配はあった。中にいるんだろう。



 思えば、見覚えのある場所だった。

 この世界で一度、さらには別の世界でも一度訪れた場所。


 ……例の、私を殺そうとしていた男たちの拠点だ。

 かつてクリスさんBと相対した場所。

 そして、別の世界で私が攫われた先……。


「……知らない。誰だ、お前は。悪いが人違いだ……帰ってくれ」

「そんなのないよ。というか、そんなの意味ない。わざわざこんな場所に泊まってる時点で、きっと少しは知ってたんでしょ……?」


 ……敵の正体は、いまいち判然としない。

 けれどソフィアさんやルーシーちゃんなどの証言から、ある程度類推することは可能だ。



 中核をなすのは例の男……ではなくその取り巻きの女だろう。

 あの男とは話をつけられたが、周りにいた二人の女とは依然何も話せていない。


 何より、その女に暴行を受けたというルーシーちゃんがそれを証言してくれた。

 もっともあの子は、最後まで今の私が行動することをよしとしなかったけれど……。


「…………。いいや、知らなかったよ。名前が一致したのは偶然だと思ったし、あの時俺が行き倒れていたのも……助けられたのも、本当だ」

「…………」


 とにかく、彼女らは結託したのだ。

 巨人族を名乗る彼らと。



 その理由や経緯は、まだ想像するしかできない。

 ……いや、だからこそ。


「悪いことは言わない。帰ってくれ。……一度受けた恩を、無碍にはしたくないんだ」

「……優しいんだね。でも、ごめん……こっちだって、引き下がるわけにはいかないの」


 こんなところで、すごすごと戻るわけにはいかない。


 巨人族。そしてあの女。

 理由こそまだ定かではないが、彼らが私を狙っている以上放置はできないのだ。



 ……いや、私だけならいい。

 でも、私の隣にはクリスがいた。

 万が一、億が一にでも、あの子にまで火の粉が降りかかるようなことがあれば……。


「…………」

「お願い、ジャンさん。終わりにさせて。向こうから私が消えたことは、いずれ絶対にバレる……何より大切な人のために、私は『私』を知らなきゃいけない」

「…………」

「教えて。あなたたちにとって、『私』はなんなのか。なぜ、あなたたちが私を殺そうとしたのか……それを、全部」


 しばらく、息の詰まるような時間が流れる。

 やがてゆっくりと扉が開かれた。



 顔を現したのは、やつれた顔に見上げるほどの巨体、くすんだ黒髪の男性。

 ……そして。


『──マリー様。ご無沙汰しております』

「な……っ!?」


 喋る、鶏だった。


『こんな形で再会することになるとは、思いませんでした。本当は、もっとしっかりお別れを言いたかったのですが……』

「く……クーポくん……!?」


 完全に予想外の出会い、いや再会だ。


 謎の喋る鶏、クーポくん。

 考えてみれば、いつからかすっかり姿を見なくなっていたが……てっきり晩ご飯にでもなったのかと……。


『例の騒動の折、急に里帰りをすることになってしまいまして。イリーナ様をはじめ、皆様には本当にご心配を……』

「あ、いや、ごめん。別にそんな心配はしてなかったけども」

『なん……ですと……!?』


 思い返せば確かに、それくらいの時期から姿を見なくなっていた。

 ……ほとんど誰ひとりそのことについて触れなかったから、正直存在ごと忘れ去っていた。



 その日あたりの夕食に唐揚げがあったのも、無意識に拍車をかけていたかも知れない。


「……彼は、俺と里との間で連絡役を買って出てくれたんだ。人間は皆、ばたばたと倒れていったから……今も動けるのは、俺を含めて数人だ」

「倒れていった、って……」

「わかるだろ。例の病気(・・)のせいだよ」

「……っ」


 病気。

 変貌の件は一般ではそう認識されている、イリーナちゃんやルーシーちゃんは確かにそう言っていた。


 だが……あれは……。


「ある日から突然、何人も……何人も死んだ。自分から命を絶ったやつもいた。小さい里は、絶望に包まれた…………あの人たちが、来るまでは」

「あの人たち……?」

「名前は知らない。教えてもくれなかった。だが、彼女たちは俺らに教えてくれたんだ……この病気は、ある人間が原因で起きた祟りであると」

「た、祟りってそんな……」


 ……やはり、その女が元凶か。


 人の弱みや絶望につけ込んで、自分の都合のいいように操る。

 現実でなくともよく聞く話で……ルーシーちゃんが、もっとも危惧していたこと。



 人の恨みは恐ろしい。

 たとえ、それが正当でなかったとしても。


「もちろん、初めからそんなことを信じる奴なんていなかったさ。だが……現実として、みんなどんどん弱っていった。幻覚や幻聴に苛まれて、一人ずつ一人ずつ死んでいくんだ。家族も友達も、みんなみんな死んでいった」

「…………」

「人が変わったように狂った奴がいた。血を吐く程もがき苦しんで、ありもしない幻覚を叫んだ奴がいた。まるで何かに導かれるように、ふらっと命を絶ったやつもいた……そいつは、俺の婚約者だった……」

「……っ」


 色濃い疲労、くたびれた表情。

 嘘を言っているようには、思えない。


「なんでもよかった。信じたかった。いや、信じたいんだ。今はもう、あの症状は治まってるけど……いつまた起きるかわからない。あの苦しそうで、辛そうで、命そのものを恨みたくなるような地獄が、今日にも起きるかも知れない。誰も……それを、否定できない……」


 ……否定、できる。

 少なくとも、前と同様のことは起こり得ないはずだ。



 だって、あれは一時的なものだったから。


 ある時、クリスさんBが無理やり世界に穴を開けた。

 さらにそこに、向こうの世界での人々の思いが、積もり積もって起きたことだ。

 彼女らの世界で起きたことが、巡り巡って私たちの世界へ影響を及ぼした。



 同じことは二度と起きない。いや、起きていいはずがない。

 そんな未来は、来させない。


「……ジャンさん。私は……」

「マリーさん、あなたにも分かるだろ。いや、分かってくれよ。俺たちは多くを失った……後悔も、恐怖も、憎悪も、嫉妬も、もうこれ以上持ちたくないんだ。ただ……前に進みたい」

「…………」


 彼と初めて出会った……彼が、道で行き倒れていた時。

 ジャンさんは、心底安心したような顔をしていた。


 今なら、その表情の意味が少しは分かる気がする。

 耐え難い孤独、絶望。

 何もかもに打ちひしがれている時、ふと人のぬくもりに触れたんだ。



 ……やっぱり、私は幸せだったよ。

 クリスはいつも、私の隣にいてくれたから。

 どんなものより、誰よりも、ただそれだけが温かい。


 その事実だけでも、生きていける気がする。


「里からは、あなたを殺したって知らせが来てた。でも、間違いだったんだな……よかったよ」

「……どうして?」


 その報を伝えたであろうクーポくんは、何も言わない。

 彼は何を考えているのだろう。

 気のせいか、彼も少しやつれた顔をして見える……。


「俺は話した。今、俺がここにいるわけを。……あなたを殺そうとしていた理由を、俺がわかることは全て話した。次はあなたの番だ」

「……何を話せばいいの?」

「教えてくれ。あなたは、知っているのか? 俺たちの里を……世界を滅茶苦茶にした原因を。俺は……あなたが悪者だなんて、信じられない……」


 ……私は、悪者なのだろうか。

 悪なのだろうか?



 何よりも、どんなものよりも、クリスを優先しようとした。

 クリスがいつか幸せになれるのなら、どんな犠牲だって受容できる。


 ……それはきっと、善とは言い切れないんだろう。

 無関係の他者のみならず、自分が大切にしていたものさえ私は切り捨てた。



 それが悪なら、それでいい。

 事ここに至っても、私ははっきりとそう言える。


 何かを間違ったかも知れない。

 だが、全てを間違ってはいない。

 別の世界の、別の『わたし』は……。


「……変貌。私たちは、あれをそう呼んでる」

「……っ!」

「原因がはっきり分かってるわけじゃない。症状そのものだって、実のところ完璧に理解できてはいない。ただわかるのは、ジャンさんたちの里を襲った『病気』も同じものである可能性は高いってことと……私は間違いなく、それの元凶のひとりだってこと」


 ある日突然起きたということ、人によって症状の重さに違いがあったということ。

 狂ってしまった人、幻覚を見た人。

 どれも、私の知る『変貌』の症状と合致する。



 疑問があるとすれば、ルーシーちゃんだ。

 彼女からは、影響の重い場所から優先して治療を進めていったと聞いた。

 里が半壊するほどの被害ならば、そう遅くないうちに彼女も手を打ったはずだが……。


「……ある日、怪しい女が来て言ったんだ。『ボクはその症状への対処を知っている、どうか任せてくれないか』って……何度も何度も、頼み込むようにして来ていたよ」


 そんな私の疑問に答えるように、ジャンさんはそう言った。


「それで……どうしたの……?」

「追い返した。病気について教えてくれた人たちが、そうするべきだって言ったんだ。……その頃にはもう、誰もあの人たちには逆らえなかった」

「……っ」

「それから少し経ったある夜を境に、その女は姿を見せなくなったよ。それと同時に、症状も治まった。あの女を追い返したから祟りが少し弱まったんだ、ってあの人たちは言っていたけれど……」


 ……ルーシーちゃんのことだ。

 理解が得られないことを察して、夜の間に処置を全て済ませてしまったのだろう。



 善意からの行動のはずだ。

 だが……おそらく結果的には……。


「治まって……それから、私を殺す方に動き始めた」

「……女を追い返したら、症状が治まったんだ。初め疑っていたやつらも、もう誰もあの人たちの言葉を疑わなくなった」

「…………」


 勘違いを、助長した。

 もはや一種のカルト信仰のようなものなのだろう。


 うっすらおかしいと思っていても、誰もそれを口には出さない。

 結果があれば、人は黙る。

 さほど人生経験の濃くない私でも、似たようなものは見たことがあった。



 前世でも、今世でも。

 詐欺の手口は、変わらない。


「……マリーさん。あなたが元凶だって話は、間違いないのか?」

「……間違いないよ。それは確かに、私が起こした行動の結果」


 変貌の原因。

 私とソフィアさんの仮定に、ルーシーちゃんも渋々ながら同意してくれた。



 本来、クリスさんBひとりが世界を渡って来たところでここまで問題が波及するはずはないのだ。

 影響が出るとしても、ごく僅かな範囲に留まるはず。


 それがここまで広がった……死者を出し、苦しみを広げ、大惨事と呼んでいいほどに規模を広げた。



 その原因は、ただ一人。

 クリスさんBが生まれた世界での、私だ。


「……俺は。おれは……っ!」

「……私はね。何もかも、終わらせに来たんだよ……ジャンさん」


 ジャンさんは、悲痛に頭を抱えてうめいている。

 クーポくんもほとんど同様だった。



 だが、やらねばならない。

 やってもらわなければいけない。


 そうしなければ……確実な安全は、訪れない。


「終わらせるって……何を……!」

「決まってるでしょ? ……私を殺して。もう、私は用済みだから」

「……っ!」


 向こうでこの情報が得られなかった以上、こうする必要があった。



 彼らが私を狙った原因。

 それを、確定させる。

 突き止め……そして、終わらせるんだ。


『──マリーちゃん』

「…………」


 ソフィアさんの声が、脳内で響く。

 聞くのは、これで最後だろう。



 今の私に、もう力は残っていない。

 体力も、気力も、ほとんど尽き果てている。



 再び(・・)生き返ることは、いくら私が吸血鬼になった(・・・・・・・・・)とはいえ……不可能だった。


『全部、聞かせてもらったよ。あとは……私に任せて』

「……うん」

『安心して。絶対に逃しはしない、確実に仕留めるよ。もう、きみたちに彼女らからの被害は加えさせない』

「その頃には……私は、あの世かな」


 地獄行きだろう。

 いや、そもそもあの世なんてものがあるかも疑わしい。



 あの腹立たしい神のことだ。

 なんだかんだ言ってまた転生させてくるかも知れない。

 ……どんな罰だって、甘んじて受ける覚悟だ。


『…………ふ。ふふ……ああ、もう。やっぱりだめだ。ルーシーの言う通り、私には向いてないね……ふふ、ふふふっ』

「え……?」


 ……笑ってる?

 なぜ? どういう意味だ?


『ふふ……ごめんね、マリーちゃん。私、きみに嘘をついたんだ』

「な……!?」


 嘘……?


『きみたちだってよくやるじゃない。最後の足掻き、ってやつだよ。……このままきみが終わりだなんて、あんまりだと思ったからさ』

「……? ……っ! まさか……!!」

『それじゃあね、マリーちゃん。祈ってるよ。私がきみについた嘘を、きみにもう一度謝れる日が来ることを──』


 ……そう言って、通信は切れた。



 背筋が寒くなる。

 足が、震える。



 そして、ほどなくして声が響いた。

 あまりに聞き慣れた…………もう絶対に、聞きたくなかった声が。


「──マリー! マリーっ! ここに、いるんでしょう……!?」


 ……ああ。

 本当に……最悪の嘘だ。

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