表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/161

最後の最期に寄り添うものは

 一歩ずつ、一歩ずつ。

 足を引き摺りながら、それでも歩く音だけが響く。



 ここはどこだろう。

 もう、どれくらい歩いただろう。


 わからない。いや、わかったとしても大して意味はない。

 行くべき場所は、決まっているから。


「……痛い……な……」


 おかしいな。

 どこも怪我なんてしていないのに。


 そんなこと、今はもうありえないはずなのに。

 なのに体が、頭が、痛くて痛くて仕方ない。


「まだ……休めないよ。わかってる。私がちゃんと、全部やり切るから……終わらせるから……」


 何を犠牲にしたって惜しくない。

 自分の命すら投げ捨てられる。



 苦しくもない、辛くもない。

 もう、どこも痛くはない。


「──クリス。わたしは……ぁ……」


 つまずいた。

 そう思った時には、青臭い雑草と土が口に入っていた。


 ばき、という音がした気もする。

 受け身は取れなかったし、腕すら突き出すのが遅れた。



 前歯の一本くらい折れたかもしれない。

 仮に折れていたとして、問題はないだろう。


 確かめる方法すら、今のわたしにはないのだから。


『──大丈夫? マリーちゃん』

「……大丈夫」


 大して興味もなさそうな声が、一応とばかりに聞いてきた。


 周りを見回しても誰もいない。

 ただ木々と草むらが広がるだけだ。


『そう。こっちはそうだね……誤魔化せた、かな』

「…………」

『とっとと済ませな。心残りができないうちに、ね』

「わかってるよ……」


 どんな理屈だって構わない。

 嫌な記憶も、楽しい記憶すら、思い出す前に終わらせる。



 それが、何よりクリスのためになるから。


「……は。はは」


 ……笑える。

 こんな未来を生み出しておいて、何がクリスのためだよ。


 破綻は避けられなかった。

 終わったと錯覚していた問題は、かけらも解決していなかった。


「気持ち、悪い……気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……」


 落ちぶれたんだ、私は。

 命だって惜しくなくても、それ以上のものは捨てられなかった。



 今なら自信を持って言える。

 死んだままの方が、マシだった。


「……何言ってんだよ。あがけよ。最後の最後まで、クリスのためにやってみせろよ……!」






 ***


 ***






「──っ! ルーシーさんっ!!」

「ああ……イリーナちゃん……」


 到着してしまった。

 案の定外へ飛び出していた彼女たちを、見つけることは容易かった。



 イリーナちゃんの声が響く。

 くらくらする頭が、痛みを増した。


「ルーシーさん、無事だっ……た…………ぁ……? アン、さん……?」

「……そうだよ。取り戻してきた」

「……!! アンさん、アンさん……っ! よぁ、あ、ぅぁ……よかっ……うぅぅ……!」


 ボクがおぶっていた少女を見て、イリーナちゃんは泣き出してしまった。

 なんともいたたまれない気持ちになる。


 ひとまず、アンちゃんは彼女に預けよう……そのうち目覚めるはずだ。


「…………。よかったですね、イリーナさん」


 クリスちゃんも、ほっとした表情をしている。

 こうしてイリーナちゃんと二人でいたからには、きっと何らかの話はできたのだろう。


 ……けれど瞳の奥には、隠しきれない猜疑心と落胆が見えた。


「えっと……それでその、クリスちゃん……」

「聞きたいことはいくつもあります、ルーシーさん。ですが……そんなことより、マリーは……?」

「……っ」


 ……何を、どう話せばいい?



 ボクは、何を。


「死んだよ。マリーちゃんは、殺された」

「……………………は」


 ……ソフィア……。


「私が向こうまで連れて行ったんだけどね。いやあ迂闊だった迂闊だった、ほんの少し目を離した隙にさあ」

「な……ぇ…………」


 これまで言葉少なについてきていただけのソフィアは、あっさりそんなことを言い放った。


 あまりにも、あっけらかんと。

 まるで、些細な出来事かのように……。


「ま、彼女はよく役立ってくれたよ。なにしろ連中の狙いはあの子だったからね、放置しておくだけで十分効果はあった。おかげでほら、ルーシーともう一人も救い出せたんだし」


 ……事実でしか、ない。

 それでもなぜそれを、そんなことを、そんなにあっさり言えるんだ。


 無表情に、無感情に。

 傷口を抉り出すみたいな口調で。


「…………何を。どういう意図で。誰ですか、あなたは」

「私? 私のことなんて聞いてもしょうがないでしょ。それよりも、きみは聞きたいことがあるんじゃない? なんでも教えてあげるよ、あの子の最期とか……ね」

「……っ」


 ぎりぎりと、歯を食いしばる音が聞こえた。


 何か言おうにも、何も言えない。

 ……ボクは、彼女(・・)を否定できなかった。



 もう、ボクに口を出す権利はない。

 ソフィアの横顔がそれを告げている。


「え? え……? な、え、どういう……マリーさんは……?」

「…………」

「る……ルーシーさん。ルーシーさん? どういうことですか。わたし、えと、わたしは」

「……静かにしてて。イリーナちゃん」

「な……」


 なお説明を求める彼女に対して、首を横に振ることしかできない。


 ボクは馬鹿だ。

 最後に聞いたマリーちゃんの声が、耳にこびりついて邪魔をする。



『──それなら、ルーシーちゃんはさ』


『選んでくれるの?』


『自分よりも、世界よりも、最も愛する何かよりも』


『それが、全てなくなるとしても──』



「ねえ、クリスちゃんだったかな? きみは今……」

「くだらない」

「……へえ?」


 さらに尋問(・・)を続けようとしたソフィアに対して、クリスちゃんはそう言い放った。



 歯を食いしばっても、拳を握りしめてもいない。

 ただ、すました顔で。


「あの方は、そんなことで私を捨てるような方ではありません。あなたの言葉は全て妄言か、そうでなくとも、まともに受け取る必要はないと判断します」

「ふうん……? その純粋な精神は立派だけどね。あいにくと、きみが思ってるほど事態は簡単じゃないんだよ」


 挑発にすら思えるソフィアの言葉も──というか実際そうなのだろう──まったく意に介さず、クリスちゃんは言葉を繋ぐ。

 その目は、ただ、真っ直ぐだった。


「いいえ。簡単です。……要はまた、あの方は、一人で全部背負い込んだんでしょう」

「……ま、そういう見方もできるね」

「いつものことです。どうやらまた……何度も何度も……何度でも教えてあげる必要がありそうですね。その程度じゃ、私を遠ざけることなどできはしないと」


 ……背負い込んだ、か。

 確かにそうだ。

 あの子は、やっぱり危なっかしい。


「まだ現実を受け入れられていないのかな? 遠ざけるも何も、あの子は死んだんだよ。それ以前に、きみ一人があの子のそばにいたって何になる? ただのか弱い人間のくせに」

「……私は」

「一人じゃない、って言い訳してみる? 同じだよ。何人いようがそもそも人じゃなかろうが、どうにもならないことってのはある。今回もそうだったってだけだよ……諦めな」


 どうにもならないこと。

 今回のことも、そうだった。



 事実そうだ。

 言葉遊びのようではあるが……この未来を選んだ時点で、この結末は決まっていたのだから。


「……そもそも、マリーは生きているでしょう」

「……何を言ってるのかな? 死んだって、何度も言ってるじゃないか」

「では、死体はどこです?」

「置いてきたよ。邪魔ったいしそもそもぐちゃぐちゃで見れたもんじゃないし」


 ……ソフィアは、嘘は言っていない。

 どうにもならなかったのも、マリーちゃんが死んだのも本当だ。



 ……だが。


「…………そういえば。あなたも、吸血鬼なのですか?」

「はい? うんまあ、そうだけど。どうしたの? この状況でそれを聞いてどうなるの?」

「ええ、重要な情報です。最後のかけらと言ってもいい。……そうですか、なるほど、それならあなたの発言とも矛盾しませんね」

「…………」


 ……ボクは、何もできなかった。

 自分から、何かできたわけでもなかった。



 でも……!


「……ふふ。本当に……救いようのないひと(・・)ですね……」


 彼女は、どこか不敵に見える笑みを浮かべた。



 辿り着いたんだろう。

 恋人の、思惑に。


「く……クリスさん。私なんだか、まだぜんぜんわかんなくて、でも、マリーさんは……マリーさんは……?」

「心配いりませんよ、イリーナさん。それより、アンさんはまだ目覚めていないのですか?」

「……はい。気を失っちゃってるみたいです」


 まだ体力が戻らないんだろう。

 それなりの期間監禁されていたのだ、致し方ない。


「では、送り届けてあげてください。幸いまだ学園は近いですし」

「……でも……」

「大丈夫。……マリーは、私が迎えに行きますから」

「……っ! はい!」


 少し引きつらせながらも弾けるような笑顔を浮かべて、イリーナちゃんは立ち上がった。

 まだぐったりしているアンちゃんを、重そうに担ぎ上げている。


 手伝うべきだろうか……?


「ルーシーさん」

「……クリスちゃん?」


 眺めていると、クリスちゃんが声をかけてきた。

 ほんの少しの安堵と緊張が、瞳にしっかりと宿っている。


「事が、全部終わったら。何もかも、無事に終わったら……あなたからも、全部聞かせてくださいね」

「……うん。もちろん、ボクの知っている事ならね」


 ……彼女はもう、おおよそを見透かしている。

 ボクに聞くまでもないだろう。


 そう、言外に匂わせたつもりだった。


「楽しみにしています。……では」


 クリスちゃんは、足早に歩き去った。

 その背中が、ついてくるなと告げている。


 イリーナちゃんももう見えないが……彼女の方は、やはり追いかけて手助けするべきだろうか……?


「──ルーシー」

「……なに、ソフィア」


 逡巡している間に、ソフィアが話しかけてきた。


 いつも通り表情が薄い。

 どこまで考えているのかわからない。



 ……きっと、間違いではなかったんだろう。

 正解だった、とも思えないけれど。


「私、悪役って性に合ってるかもね」

「……まさか。向いてないよ、あなたには」

「そう?」


 悪辣で、強引なやり方。

 そんなところは向いているかもしれないけれど。


「だってさ。何もかもすっかり見抜かれちゃうなんて、ただの脇役がいいところでしょう?」

「……言うねえ。いつか私を助けた時、ぼろぼろ泣いてた小物吸血鬼が」

「ちょ……そ、その話は無しって約束でしょ……!?」


 ……ま、いいか。

 それくらいでむしろ丁度いいだろう。



 彼女らが最後に頼るのは、ボクでもソフィアでもない。

 神でも、まして運命でも何でもない。


 ただ、互いに縋るのみだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ