コンビ
「く、クリスさん……大丈夫ですか……?」
「…………ええ。ごめんなさい、お見苦しいところをお見せしました」
「き、気にしないでください! お友達ですから! ……友達、ですよね?」
「もちろんそうですよ。……大切な、友人です」
……思うところはありますが、それを言っても仕方ありません。
失いたくない。
今だけは、離れてほしくない。
そんな身勝手も、彼女には許せる気がするんです。
こんなことを考えられるのは、彼女の他には一人だけ……。
「──暗く、なってきちゃいましたね。そろそろ明かりを……」
「イリーナさん」
「ふえっ? な、なんですか?」
立ちあがろうとした彼女の服を掴み、制止する。
単にまだ離れてほしくなかった、そんな気持ちもあるけれど……。
「聞かせてください。あなたの知っていることを。……今、私のマリーに何が起きているのかを」
「……っ」
「イリーナさん……」
中腰のまま、彼女は視線を迷わせる。
まだ、何か負い目があるのだろうか。
それとも、この期に及んでまだ私に明かすべきではないとでも思ったのか。
どちらにせよ、彼女は再び腰を下ろした。
正座になり、一度ゆっくりと息をして……正面から、しっかりと目を見据えてくる。
「……わかり、ました。私の知ってること……大したことじゃないけど、お話しします」
「…………。お願いします」
きっとあの時、何かを悟ったであろうマリーは、私を必要としなかった。
私を置いてどこかへ行った……きっと、私を守るために。
私を、危険から遠ざけるために。
見くびられては困ります。
そんなことで諦められるほど、中途半端な好きではない。
どれほど身勝手だって構いません。
私は、最期の瞬間まで、彼女のそばにいる。
「マリーさんはまだ、命を狙われていました。前と同じように……いえ、前よりもずっと周到に、積極的にです。まあ、これはルーシーさんが言っていたことですけど」
「…………」
あの人、いえあのひとは。
一体いくつ隠し事を持っているんでしょうか。
少し前に私と直接会った時ですら、そんなことはおくびにも出さずに……。
「覚えていますか? あの男の人のこと……クリスさん、ああえっと、別の世界のクリスさんが、危うく殺しちゃいそうになった人です」
「……ああ……」
忘れようにも、なかなか忘れられるものではありません。
目の前で、人が刺し殺された。
いえ、正確にはあの時死んではいなかったのですが。
「あの人の……家族? お友達? よくわかりませんでしたが、その人が主犯。私に……脅迫の手紙を送ってきたのも、その人で」
「お友達……」
……そういえば、取り巻きに二人ほど連れていましたね。
あの男が刺されたのを見て逃げていましたが。
逆恨み、でしょうか?
二人のどちらかが、もしくは両方……?
「その人が、上手いことを言ってある人たちを扇動した。どうもそれが、この間の……『変貌』の件で大きく被害を被った人たちみたいで。それだけに……」
「……強く、復讐を願っていると?」
「そうです」
ならば、一理はある……のでしょうか?
いえ、どうでしょう。
贔屓もあるかもしれませんが、あの件を一概にマリーの責任とするのは無理があるような気がします。
マリーはまだ、断片的なことしか話してくれていませんが。
それでもあの件は、別の世界での私やルーシーさん……それに『神』とやらを名乗る何者かも大きく関与しているように思えます。
マリーだけのせいにはできません。
少なくとも、私にとっては。
「……相手は、あまり事情を知らないのでしょうか」
「変貌の件に関しては、正体不明の病気っていうことで大体通っていますし……わざわざアンさんをさらったり、私にあんな脅迫を送ってくるからには、向こうは『マリーさん』のことまでは知っていてもそれが誰かは知らない……とかかもしれません」
……あり得ない話ではない、でしょうか。
アンさんや、おそらくルーシーさんにも何かがあったこと、その説明にもなります。
彼らは、『マリー』が例の変貌事件の原因であると考えている。
けれど、正確にそれが誰なのかは分かっていない……名前は分かっていても容姿までは伝わっていない、とか。
それを聞き出そうと、あるいはそれを聞き出さずともマリーに危害を加えようとして、アンさんをさらいイリーナさんを脅迫した。
こう仮定すれば、現時点でわかっていないいくつかのことには理由をつけられます。
……ですが、そもそもあの男は、ある程度マリーの素性を知っているのでは……?
マリーはどうやら、彼と何らかの話をつけたようですし。
だとすれば、なぜ……?
「…………とにかく。私にとっては理不尽に、またもマリーが奪われようとしていることに違いはありませんね」
結局、それが全てです。
最低限わかれば、あとは迷うことなんてありません。
……そもそも、限られた情報だけで推理ごっこをするのは時間の無駄でしょう。
「クリスさん……行くんですか?」
「ええ。まさか止めませんよね、イリーナさん」
「止めませんよ……止められません。こうなっちゃったのは、私のせいでもあるんですから」
「…………」
……彼女に、そこまでの非はないでしょう。
責めることはできません。
かといって、擁護もしませんが。
「……クリスさん。お願いします。私も、一緒に……!」
「駄目ですよ。もし、入れ違いにマリーたちが帰ってきてしまったら困りますし」
「でも……っ!」
立ち上がろうとしたところを、引き留められる。
何もしないで待つなんてできない、彼女の目はそう言っていた。
けれど……。
「……ごめんなさい、イリーナさん。危険だとか、あなたを巻き込みたくないとか……そんなことは言いません。ですが……」
「嫌ですっ! 私だって、アンさんを助けに行きたいっ!」
「……っ」
……当然の思考です。
否定はできませんが、それでも。
「クリスさん……!」
ああ……もう。
「……はあ。転んだりしたら、置いていきますからね」
「……! クリスさん……!」
断れるわけ、ないでしょう。
まるで鏡を見ているようでした。
あるいは、最近のマリーを。
今、彼女の瞳に私は映らない。
ただ……愛する人の姿だけがある。
盲信のように、妄執のように。
手に入れることに、取り戻すことに、あるいは手放さないことに、今ある全てを懸けている。
「行きますよ、イリーナさん。……失敗すれば道連れですからね」
「覚悟はしました。きっと……ずっと前から」
手を繋ぐ、わけではない。
けれど、確かに横に並んで歩き出した。
さあ、行きましょう。
この私を置いて行ったこと……後悔させてあげますから。
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