すれ違い
「──やっほー、マリーちゃん。調子はどう? ボクは元気だよ」
「…………」
「……何、その目。似合ってないことぐらい自覚してるよ……私、どうにもあの子がいないと調子が狂うんだよね」
ルーシーちゃん……の真似を本物の百倍ぐらいぎこちなくしつつ、ソフィアさんは口を開いた。
あの子がいないと、ということは……。
「ソフィアさん……ルーシーちゃんは、やっぱり……?」
「ああ、知ってたの。それなら話が早い。……ルーシーは、捕まったよ。例によって例の如く、私には何も言わないままで」
「……っ!」
やっぱり、あの子も捕まっていたのか。
あの通信の後何の音沙汰もないから、悪い予感はしていたが……。
「あの子はいっつもそうだ。肝心な時、私には何も…………っと、きみにこんなことを言ってもしょうがないか。とにかくそのことで、きみにも協力してほしい」
「……協力?」
何をだ?
大したことはできないし、何より私はクリスのそばにいなければ……。
「きみが協力してくれないのなら、私は……クリスちゃんとかいう子を、殺そう」
「な……!」
「……悪いね、こっちも必死なんだ。どうしても、きみに手伝ってもらわなくちゃいけないことがあるんだよ。ルーシーの話を聞いてた限り、きみはこう言っておけば逆らえない……でしょ?」
……嫌々言った、というふうではあるけれど。
でも……冗談ではないんだろう。
どこまでも、本気の目だった。
逆らうことはできない。
「……何をすればいいんですか」
「ご協力に感謝するよ、マリーちゃん。……ところできみは、どれくらいまで今の状況を把握しているの?」
「今の状況……」
……あまり、というかほとんど分かっていない。
アンさんとルーシーちゃんをさらった何者かがいるということ。
その何者かは、イリーナちゃんを利用して……私を殺そうとしていたこと。
確かなことはそれだけだ。
推測や妄想だけなら、いくらでもできるけれど……。
「……大したことは知らない、って顔だね。多少の疑念はあれど、わざわざ話すほどでもない……もしくは認めたくないとか? ま、深くは追及しないけど」
「…………」
流石に鋭い。
話し方や印象は全く違うのに、どこかルーシーちゃんと近しいものを感じる。
……結局どんな関係なのだろうか。
「実際のところ、私も大したことは分かってない。ルーシーと、きみらのお友達の女の子? をさらった相手が……自らを巨人族と名乗る、とある民族であることくらいかな」
「巨人族……」
やっぱり、その名前が出てくるのか。
……ジャンさん……。
「巨体に違わぬ力と、それを活かした独特の格闘術が売りの少数民族らしいね。ただ……それだけでルーシーが負けるほどか、というと……?」
「……ルーシーちゃん、強いですからね」
「単純な強さって意味だと、そこまでずば抜けてるわけでもないんだけどね。そりゃ魔法の練度はかなりのものだし、人間程度にほいほい負けるわけはないけれど……数で押されれば、あるいは」
「数で……」
……と言われても、武術や魔法とやらの心得がないからいまいちわからないけれど。
まあ確かに、オリバーにあっさり押し倒されたりしてたしな。
筋力的な意味での力は見た目相応くらい……いいとこ中学生程度なのかも。
「ただそれでも、腕や足を切り飛ばして逃げてくるなりしないのを考えると……人質を取られて身動きが取れない、って辺りが妥当かな」
「き、切り飛ばす?」
「吸血鬼だし。そんぐらい余裕だよ」
そ……そうか。
トカゲの尻尾切りみたいなものか。
そう考えれば確かに、普通の人間を基準にした拘束は意味がなさそうだ。
それにアンさんも捕えられているってことは、それをだしにされた可能性もある……ますますふたりの身が心配だ。
「それで……ソフィアさん。何とかする算段は? それに、私は結局何を……?」
「…………」
「……ソフィアさん……?」
それまで比較的饒舌に話していた彼女が、ふいに言葉に詰まる。
まるで、躊躇しているように。
……遠慮、しているような。
「……さっきも言ったけれどね。脅すようなことを言ってきみに協力させるのは、本当に気が進まないんだ。正当化はしないし、できないけれど……どうか、私の話をよく聞いて、そして選択して欲しい。何よりも、一番きみたちのためになる道を」
「は、はい……?」
そうして、彼女は話し出した。
今の状況と、彼女の知識。
そこから、今わかる範囲で導き出される敵の目的と……ルーシーちゃんの真意を。
そして私は今度こそ、はっきりと悟ることになったのだ。
あの時の神の言葉、あの含み笑いに込められた意味。
まだ、問題は終わっていなかったということ。
……クリスさんB……あの子の、あの時の。
あの泣き笑いの、本心を。
***
***
「ぅ……ぅ……くりす、さ……あんさん……」
「……今はゆっくり休んでください、イリーナさん」
目元に大きなくまができて、疲れ切った様子のイリーナさん。
なんだかひどく軽いような気がする彼女を、ひとまず彼女のベッドまで運んだ。
アンさんがさらわれたという時から、一人でずっと悩んでいたのでしょう。
何度か顔を合わせたはずなのに、気づけなかった自分が嫌になる。
……マリーは……。
「…………。私は……何か……」
……あの人の覚悟を、愛を、邪魔することはできません。
私は、マリーを愛している。
彼女のためにできることなら、私は何だってしてあげたい。
でも……。
「ああ……もう。なんなんですか、この……気分は……」
最近の彼女を見ていると……なぜか、心のどこかが不快にざわつく。
彼女を嫌いになったわけではない。どこか嫌になったわけでもない。それは断言できる。
それなのに、愛の甘さに混じって、気持ちの悪いとげとげが……見たくもないような汚い何かが、心に湧き立つのを感じるんです。
一体、どうして……。
「…………」
……いえ。
わかっています。
わかっているんです。
これは、私が弱いから。
きっと、どこかで受け入れられていないから。
変わらないものなんてないのに。
その変化は、喜ばしいことだった……そのはずなのに。
「──ただいま、クリス」
「……っ、マリー……おかえりなさい。遅かったですね」
ふいに、後ろから愛しい人の声がした。
……まるで気づきませんでした。
扉を開いた音も、歩み寄る音も、確かに聞こえていたはずなのに。
「イリーナちゃん……は、寝ちゃったか」
「え、ええ。最近はきっと、心が休まる時もなかったでしょうから……」
「……そうだね。アンさんは、なんとしても取り戻してあげないと」
アンさん。
私の、数少ない友人。
……少し昔なら、もう少し心を乱されたのかもしれません。
さして取り乱すこともなく未だ冷静でいられるのは、成長……でしょうか……?
「──クリス。話しておかないといけないことがあるんだ」
「……なんです?」
……ああ、また、彼女のこの目。
ほんの少し前から、度々するようになった表情。
……私は……。
「ルーシーちゃんも、さらわれた。犯人は……やっぱり、まだ私の命を狙ってる」
「……っ」
ルーシーさんまで……?
あの方が、不覚をとるような相手……?
「だから……クリス。私、いかなくちゃいけないんだ」
「……え?」
行く?
どこへ?
「アンさんとルーシーちゃんを、取り戻すために。それに、なんとかしないと私だって結局危ないからさ」
「そ……そう、ですか……。場所はどこですか? 長くこの場所を離れるのなら、旅支度をしませんと。あなたのペットも、誰か信頼を置ける人に……」
……怖い。
でも、覚悟ならとっくに決まっています。
どんなことがあろうとも……私は、彼女を守らなくては。
「そうだね。クリス、色々と任せちゃってもいいかな? 本当は全部自分で済ませちゃいたいんだけど、イリーナちゃんを今起こすのは悪いし……」
「…………え?」
「え?」
な……なぜ?
「え、ええと……行く、んですよね? 今すぐに?」
「うん。できるだけ早く行かないと、アンさんとルーシーちゃんのことも心配だし」
「ならば……え? 任せるとは? マリー、あなたは……」
……まさか。
いや、そんな。
彼女の目は……本気で。
かけらも、揺れ動いてなんかいなくて……。
「……ああ、そういうこと。クリス……行くのは、私だけだよ」
「…………な」
「ああいや、正確にはもうひとりいるんだけどさ……でも、クリスは連れていけない。だって、ほら、危ないじゃんか」
「…………」
……なんで。
「心配しないで。そんなに長い旅にはならないよ、どれだけかかっても数日以内には帰ってくる。イリーナちゃんの看病だって、今任せられるのはクリスだけだし」
「…………それなら。私のお母様に手紙を出して、アルや、他の方達に」
「そんな時間ないって。大体、時間があっても…………あ、いや、なんでもない」
時間があっても……なんだ。
いや、聞かなくたってわかってる。
わざわざ問わなくたって……彼女の言おうとしたことくらい、ちゃんとわかる。
「…………」
「ごめんね、クリス。すぐ戻ってくるから。……それじゃ、いってきます」
「ぁ……ぃゃ……まって……」
……あれ。
なんで。あるけない。
……わたし、いつのまに、すわっていたっけ。
やだ、まって、マリー……やだ……!
「ねえ……! まってよ、マリー……わたしも……!」
扉が、ぱたんと閉じられる。
耳鳴りが、叫んだ言葉が、ぐるぐる回って帰ってくる。
置いて行かれた。
また、置いて行かれた。
「な、んで……マリー……! わたし、めいわくかけないよ、もうぜったい、あなたをかなしませないよ、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……なんで……っ!?」
意味がない。
教えられた言葉も、強さも、何一つ意味をなさない。
拒絶された。
ただ、蚊帳の外に置かれた。
「うぁ……ぁぁ……ああぁぁああぁああああああぁあああ……っ!!」
その程度だった。
わたしは、その程度。
「──う……あたま、いた……。……クリスさん? どう、したんですか……わっ!?」
「イリーナさん……マリーが、わたし、マリーは、わたし……を……」
「え、ちょ、ど、どうして……何が……? な、泣かないでください……クリスさん……!」
ベッドから体を起こしたイリーナさんを、抱きしめる。
何も感じない。
当たり前だ、私が好きなのはマリー一人だけなのだから。
……彼女はきっと、そうでなかった。
「おいてかれた……わたしは……あのひとの、となりに、いられないって……」
たとえ時間があったとしても、たとえ何もかもが満ちていても。
あの人はきっと、私を選んではくれなかった。
足りないからだ。
力も、強さも、何もかも。
できることはなんでもするって……でも、何もできなくて。
わたしは、彼女の信頼を得るには、足りないって。
「な、何を言って……クリスさん……?」
「……もう、やだ……」
私は。
私には。
彼女を、守ることはできないって。
***
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