まだ先に
「ええと……この道をまっすぐ行くと、私たちも暮らしてる学園。で、左に商店街。あとは大体住宅街に行くけど、まだ復興が終わってない場所もあって……」
「ふむ……」
歩きがてら、ジャンさんに周辺の地理をざっくり説明する。
いつもは何気なくぶらついているだけの朝の散歩で得た知識が、まさかこんなところで役に立つとは……。
「そうだ、泊まれる場所とかも探したほうがいい? お金とかは……?」
「少しだがある。ただ、そうだな……しばらくこの辺りに滞在する予定だし、なにか働き口を探したほうがいいか……」
働き口かあ。
まだしばらくは学園生活が続くと思ってたから、あまり意識したことがないな。
多少街の中央から離れれば、復興やら開拓やらの仕事があるのかな……?
「──ジャンさん。そういえば、どうしてこの辺りに来たの? 何か目的が……?」
「あー……いや、それは……。すまない、少し複雑な事情でな。あまり話すわけにもいかないんだ」
「そう……」
……まあ、人には人の事情があるってことか。
わざわざ突っ込んで聞くことでもない。
「──とにかくありがとう、マリーさん。おかげで助かった……知りたいことは知れたし、あとは一人で大丈夫だ」
「あ、そう? それはよかった」
「この恩は忘れないよ。それじゃ、どうかお元気で」
「ん、さようなら」
そう言って、ジャンさんは歩き去っていった。
本当に軽い道案内くらいしかできなかったけれど……まあ、本人が大丈夫だというなら大丈夫なのだろう。
久しぶりに、ちょっといいことをした気分だ。
「──ねえ、マリー」
「ん? どうかしたの、クリス」
「……いえ……ううん……」
「……?」
なんだ?
何か……言うのを躊躇っている……?
「……あまり、こういうことは言いたくないのですが。あの方は、なんだか……危険なような……」
「ん……? なに、嫉妬? もう、かわいいなあクリスは」
「そ、そういうわけでは。いえ、それも少しはありますが……でも、なんというか……」
「大丈夫だよ、クリス。ちゃんと弁えてる。……それとも、もうああいうことはやめたほうがいい?」
道案内は悪いことではないとはいえ、クリスを不安にさせてしまうのでは意味がない。
彼女が嫌だと言うなら、次に同じことがあっても見捨てた方が……。
「…………。いえ。あなたの、やりたいようにやってください」
「そう?」
クリスは、まだ不安そうな顔をしていた。
とはいえつい先日の騒動のこともあったし、なかなか二人きりの時間がとれなかったのもあるしな。
過敏になるのも分かる。
学園も、例の変貌の件があって以来どうしても普段通りにはいっていないし。
人の噂も七十五日、じゃないけど。
世界が完全に元に戻るには、多分まだ少し時間が足りないんだろう。
『────』
「……? クリス、なんか言った?」
「はい?」
ん……?
クリスではない?
ならなんだ……耳鳴り……?
『──ん。……っ! ま……り…………!』
「……っ! な……こ、れは……!?」
「ま、マリー? どうしたの……マリー!?」
別の世界で、ソフィアさんが私を助けてくれた時の……通信?
いやしかし、彼女の声とは違う気がする。
ノイズまみれで聞き取りづらく、ところどころ音が飛んでいるが……。
『マリーちゃ……マリー……ん……! 聞こえる!? ボクだ……ルーシーだ! 逃げ……今……ぐそこ……ら…………!』
「に、逃げ? なに、どういうこと……!?」
……ルーシーちゃんの声。
かつて聞いたことがないほどに、切羽詰まったような……!
『おね……い……はやく……! クリスちゃんと、一緒に……あぐっ!?』
「ルーシーちゃん! ルーシーちゃんっ!? ……なんなの、もうっ!」
打撃のようなノイズを最後に、耳鳴りは途切れた。
頭ががんがんする……けれど、今はそんなことに構ってる場合じゃない!
「マリー……! どうしたんですか!? ルーシーさんが、何か……!?」
「わ、わからない! 今すぐ逃げろって、ただそれだけ……!」
「逃げる……? ……なんだかわかりませんが、ならとにかく行きましょう!」
「う、うんっ!」
互いに手を引き、とにかく走り出す。
学園に……いや、急にあんな連絡をよこした以上はそれすら安全かどうか。
なんだよ。
なんなんだよ!
私はどうすればいいんだよ!?
「──マリーさん! クリスさんっ!!」
「い、イリーナちゃん!」
「イリーナさん!?」
駆け出してすぐ、同じく焦った様子のイリーナちゃんとばったり出会った。
クリスと繋いでいない方の手を、彼女が掴んでくる。
「二人とも、こっちへ!」
「う、うんっ!? イリーナちゃん、何が……!」
「説明してる時間もないんです! はやく、まずは私の部屋へ……!」
ろくに考えもまとまらないまま、学園へ向かって走らされる。
本当に向かっていいのか、まずどんな状況なのか、何も分からないけれど……!
「オリバーは……!?」
「もう小屋です! そうでないと、巻き込まれちゃう……!」
「……っ!」
巻き込まれる。
やはり、なんらかの異常事態……それも彼女の慌てぶりを見るに、暴力的な何かを伴っているのかもしれない。
だが、なぜだ。
異変は、ひとまず終結したんじゃ……!
「マリー……!」
「う……わ、わかってるよクリス! 今は……早く……!」
確かに、考えてる場合じゃない。
とにかく、早く!




