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悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

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ふたりを分かつまで

「──マリーさん、変わりましたよね」


 ある日、昼食の席でのこと。

 珍しく私と二人きりで卓を囲んでいたイリーナちゃんが、どこか遠くを見るようにしながらそんなことを言い出した。


「そう……かな? よくわかんないけど」

「あはは、私もそんなはっきりわかるわけじゃないですけどね。でも……んー、やっぱり変わったような気がします」

「そうなのかな……」


 変わったといえば、変わったのだろう。

 クリスさんBや例の男、ソフィアさん、結局あれから話せてない神……考えたいことも、考え直したいことも山ほどある。


 最近あった一連の事態を通じて、私の信念や考え方に何らかの変化があったかと問われれば……否定はできない。



 けれど、変わっていないところもある。

 クリスを想う気持ちは、ずっと前から変わっていない。

 ……いや、強くなっているかも?


「はい。……変わっちゃったのかも、しれません」

「え、悪い変化なの?」

「……いいえ。悪いことじゃ、ないと思います……きっと……」

「……?」


 どうも要領を得ない。

 はぐらかされている感じだ。

 彼女にとっては、歓迎し難い変化ということなのかな……うーん、分からない。


「……えへへ。ごめんなさい、突然変なこと言っちゃって。気にしないでください……きっと、変なのは私の方なんです」

「そ、そんなことないんじゃない? ……そうだイリーナちゃん、アンさんとはどう? 仲良くできてる?」

「アンさん……は……」

「……?」


 ふいに、いつも明るい彼女の表情が曇った。

 ……もしかして、アンさんとのことで何か悩みがあるのか?

 だとしたら、私はとんだ地雷を踏み抜いたわけだが……。


「……すごく、よくしてもらってるんです。今のあの人は、私が嫌がることは絶対にしないでくれますし……いつも優しくて、気を遣ってくれて……」

「そうなんだ……でもそれなら、何も迷うことはないんじゃないの?」


 ほっとけば実りそうな愛。

 聞く限りでは、そう思える。

 まあ二人とも、普段は決して大胆な方ではないし、進展は遅いかもしれないけど……。


「…………ほんとは、たまにちょっとだけ不安になるんです。私は本当に、アンさんのことが好きなのかなって」

「ど、どういうこと?」

「友達感覚、っていうか……恋人、なのかなあ? アンさんはきっと、まだ私を好きでいてくれるのに……私は、なんだか迷っちゃって……」

「ふうん……」


 自身の感情が友情なのか、それとも恋情なのか決めかねている、ってことなのかな。

 あるいは、自分が本当に相手に釣り合うのか不安になっているとか。


 難しい。

 前者であれば、私にはその経験がないからなんとも言えない。

 いや、仮に後者であっても……私が簡単に口を出せることじゃないだろう。


「──マリー」

「あ、クリス。おかえり、席はとってあるよ」

「ええ、ありがとうございます。……おやイリーナさん、マリーに何かご相談でも?」

「よ、よく分かるね……」


 午前中、一人でどこかへ行っていたクリスが、ようやく帰ってきた。


 そうだ、クリスなら何か上手いことが言えたりしないかな?

 私なんかより頭もいいし、なんだかんだイリーナちゃんとは親しいし……。


「──あー、すみません。私、そろそろ失礼しますね」

「え? で、でも……」

「大丈夫です。……今日はアンさんがお部屋で待っているので、帰らないと」

「そう……?」


 そういうことなら仕方ないか。

 私だってクリスが待っているなら早く帰ってあげたいし、気持ちはよく分かる。


「さよなら、マリーさんにクリスさん。また夜に」

「ん、またねー」

「あ……。……さようなら、イリーナさん」


 踵を返し、そそくさと食堂を出ていくイリーナちゃん。

 どこか不安を感じる足取りながら、いつかのように転んだりすることはない。


 ややお昼時を過ぎた食堂には、私たちふたりだけが残された。

 気がかりではあるけれど、今は見守るくらいしかないだろう。


「……そういえば、クリスは結局どこ行ってたの?」

「少し散歩に。私もたまには体を動かさないとですから」

「そっか……」


 ……なんか、またはぐらかされた? いや、まあいいか。

 外にいたのはせいぜい二時間程度だったし、彼女の態度にも不審なところは特にない。

 危ないことに巻き込まれていたわけでも、悪意を持って私を騙そうとしているわけでもない。当たり前だけど。



 それに、理由はどうあれ適度に運動をするのはいいことだろう。

 彼女には、末長く健康でいてほしい。


「マリーは何を? イリーナさんと話していただけですか?」

「うん。……あ、それも嫌だった? それなら……」

「い、いえ。構いませんよ。……そんなこと、全然構いません」

「そう?」


 彼女がいいなら、それでいい。

 それだけでいい。


「……ねえ、マリー?」

「なあに、クリス」

「あなたは……私が何かしろと言ったら、その通りにするんですか……?」


 ……?

 何を当たり前のことを。


「うん。するよ」

「……どんなことでも?」

「それが、クリスのためになるのならね。もちろんさ、そんな理屈だけで全部が肯定されちゃうわけじゃないけれど……」

「けれど……?」


 法、秩序、人権、道徳。

 愛がそういったあれこれを無視していい免罪符になんてならないことくらい、私だって分かってる。


 ……でも。


「もし、それがクリスのためになることなら……どんなことでも厭わない」

「…………」

「……軽蔑、した?」


 彼女のためならなんだってできる。

 たとえ、彼女に嫌われようと。



 ……いやまあ、そんな結果は無論可能な限り避けたいけれど。

 それでも本当に緊急の事態が起きた時、きっと私は躊躇わない。

 躊躇えない。


 私だけが、その覚悟を背負わないなんてできない。


「…………。いいえ。そんなこと、できませんよ」

「……そう。よかった」

「ですが」

「……ですが?」


 まっすぐ目を見据えられる。

 クリスのいつも太陽みたいに輝く瞳が、鋭い光を宿す。


「たとえあなたがどんな姿になろうとも、あるいはどんな罪を犯そうとも、私はあなたを愛し続けます。……でも、近くにいられなくなるのは寂しいです」

「……つまり?」

「犯罪は、やめてください。それだけ」

「……うん。もちろん」


 それも、当たり前だ。

 私が自ら、クリスと共に過ごせなくなる未来を選ぶはずがない。


「…………」

「…………」


 それきり、しばらく会話は途切れた。



 どちらも、何かを隠している。

 彼女だって悟っているだろう、私に隠し事は向いてない。

 誰よりも相手のため、互いが互いを何よりも大切にしているからこそ……今は、話さない。


 きっと、いつか。

 その思いもきっと、通じ合っている。


「──マリー」

「なあに、クリス」

「明日も、明後日も。一週間後も、二週間後も。一ヶ月後も、一年後も、十年後も、百年後でも……わたしを、大切にしてくれますか……?」


 …………。

 愚問だ。

 答えなんて、一つしかあるはずがない。


「いつまでも……永遠に。何があっても絶対に、愛し続けるよ……そばにい続けるよ」

「……ふふ」

「えへへ……」


 ああ、なんて陳腐な言葉だろう。

 そんなことにひどく安心できるのは、あの場をくぐり抜けてきたせいか。



 永遠。絶対。

 その言葉が、決して軽くないことを知った。


 愛し続ける。

 それもまた、全然簡単じゃないってことも。


「あなたは私のものですよ、マリー」

「ずっとそばにいるよ、クリス」


 ──どこまでを一連の騒動とするかは、解釈の分かれるところだ。


 ある意味今も終わってはいないし、ずっと昔から決まってもいた。

 始まりは、私が彼女に恋をしたあの日からかもしれないし……世界が生まれた、遠い昔のことかもしれない。



 分かっていないことはある。解決しなきゃいけない問題もある。

 今向き合わなかった壁は、いつか壊さなければいけない壁だ。


 ……でも……。


「……愛して、います」

「私も……大好き」


 今だけは。

 今この時だけは、目を閉じても……いいかな。

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