虚に消えたさようなら
「──よく頑張った」
開口一番、神はどこかふてぶてしくも思える態度でそう言った。
「上から目線だな、相変わらず……」
「まさしく神視点、だ」
「うるさい」
そんな意味を含めたわけじゃない。
……全く、ほんの少しだけ見直そうと思ったのに……。
「見直すも何も……な……」
「ん? 何の話?」
「いや……まあ、いいさ。そのうち知ることになる」
「なんだよ、思わせぶりなことを」
意味深なことばかり言ってても、伝わらなきゃ意味ないだろうに。
「ともあれ、よくやった。一時凌ぎではあるものの、あの世界でのお前の死は回避されたことになる」
「……まあ、特に何かしたわけじゃないけども……」
代わりに拐われて、ボコられた。
結果的にはそれで良かったとはいえ、ぶっちゃけ間抜けである。
やられ役だ。
本当は、まだやりたいことはあったんだけど……まあ、『向こうの私』が上手くやると信じるしかないか。
あくまで『別人』である以上、できることは限られてるし。
「そうじゃないさ。お前は諦めなかった。諦めた方がもっと前からずっと楽だったのに、ここまで這いずってきた。賞賛するよ、神としてな」
「……なんかイラつく言い方……」
そもそも、諦めないのは当然だ。
クリスと喧嘩別れなんて、想像するだけでも反吐が出る。
彼女のためになんでもすると、そう誓えない私に価値はない。
……まだやることは残ってるけど、とりあえず……。
「──マリーさん」
「うおわっ!!? ……く、くく、クリス……さん……!?」
突如横から声をかけられた。
クリス……いや、クリスさんB!?
なぜここに……!
「呼ばれました。そして、聞きました。あなたが……私のマリーさんを救ってくれた、と」
「……ああ……うん」
呼ばれた。
あの神が、クリスさんBもここに呼んだ。
そして、起こったことの説明をしたのか……まあ彼女もまた当事者ではあるし、順当ではあるか……。
……?
なんだ……何かが、引っかかる……?
「……ありがとう……ありがとうございます、マリーさん……! あなたが、私の世界のあなたは、まだ生きていてくれる……それが、私は何より嬉しい……!」
「そ……う、かもしれないけど……」
……『私』は救われた。
私は、死なない。
……ならばなぜ、クリスさんBが……まだ、存在している……?
「それでいい。それだけで、いいんです……。あなたが生きてくれている、私の大好きなマリーさんが、マリーさんがまだ生きている! それだけで、私は……!」
「……っ」
違う……違う……!
なぜだ!? なぜそうなる!?
私が死んだ、その結果として今のクリスさんBがいる。
あの世界で私が死んだから、結果的に彼女は吸血鬼となり、今ここにいる……!
ならば私が生きているのに、今ここにいる彼女は……なんだ……!?
「──当然だろう。あの世界のお前が救われたのは、今ここにいるお前を突き動かすものがあったから……つまりは、その人間がいるからだ。お前がクリスさんBと呼ぶ、その人間が存在したからだ」
「で……でも! クリスがこうなったのは、私が死んだから……!」
わけが……わからない。
混乱してきた。
「なら、お前が救われたのはなぜだ? 元を辿ってみれば、やはりお前は死んでいる。お前が死んだから、その人間は世界を渡ってお前を助けた。助けられたお前は、また世界を渡り、自分自身を救った。……どう足掻いたって、お前は一度は死んでいるよ」
……そう、なのか?
今私が生きているのは、クリスさんBが一時的に私を誘拐したおかげ。
誘拐という手段で、彼女は私を危険から遠ざけてくれたからで。
……つまり、私が私を救えたのは……クリスさんBが、いたからで。
もしもクリスさんBがいなければ……破綻する。
初めから、成り立たない。
「……っ! じゃあ、クリスは……クリスさんは……!?」
「わたしは……生き続けるよ? マリーさんとも、そう約束したでしょう。マリーさんが最後に、一番の贈り物をくれたから……私はずっと、生きていけるよ……?」
一番の贈り物。
私が私を救ったこと……私が、死なないこと?
……だが。
でも。
だけど!!
「だから、言ったろ? 都合のいい解釈に逃げるな、と。お前は確かにお前を救った、運命を変えてみせた……賞賛に値する。……けれどそれはまた一つ、新しく未来を作っただけだ。既にある過去を変えられはしないよ」
「……っ!」
……つよくて、『ニューゲーム』。
新しいセーブデータを……未来を作っただけ?
既にここにいる、クリスさんBの過去は変えられない……?
「だが……よくやったよ、お前は。神でもなかなかできない大仕事だ」
「ありがとう、マリーさん……『あなたと私』を、救ってくれて……」
評価も、感謝も、どこか薄っぺらく聞こえる。
だってそうだ……目的は何も果たせていないんだから。
こんなんじゃ、クリスさんBを幸せになんてできない!
問題は、何も解決していないだろ……!?
「わたし……を…………」
……『あの世界』における『私』は、命を拾った。
これから苦難があろうとも、きっと歩いていけるだろう。……『あの世界のクリス』と共に。
私もそうだ。
クリスさんBは、確かに私の命を救ってくれた。
私も、まだまだ生きていける……クリスと、一緒に。
……じゃあ、クリスさんBは……?
「……マリーさん。私は、本当に救われたんだよ……嘘じゃないよ? 私のマリーは生きてくれてるし、きっと……仲直りだってできる。それが私にとって、何より……」
「でもっ! それじゃあクリスさんは、クリスさんはまだ……ひとりぼっちでしょ……!?」
「……っ。それでも、いいの……いいんだよ、マリーさん……」
「な……」
……都合のいい解釈に、逃げるな。
私は変えた、成し遂げた。
最低限ではあったけれども、やるべきことはきちんとできた。
その結果、彼女は多少救われて…………それだけだった。
何もかもが全部解決するとか、そんな甘ったるい結末にはならない……。
「あなたは、私を救ってくれた! 私のために苦しんで、私のために痛んで、私のために行動してくれた……っ! それが一番、何よりも嬉しいの! そのおかげで、私は……あなたに、やっと許されたような気がしたの……!」
「……っ! ゆ、許すも何も……!」
許さないわけがない。
私が許さないとすれば、それは彼女を置いて逝った私自身でしかない!
だから世界を歪めてまで、『私』は彼女を殺そうとしたんだ!
「っ……マリーさん……ありがとうって、言わせて? もう取り戻せなくっても、永遠に帰ってこなくたって、私は……あなたのことを、愛してる。『私の愛したあなた』がまだ生きている、ただそれだけでいい……嘘でも、強がりでもない。本当に、そう思ってるよ……だから」
「…………」
「だ、から……だから……ね…………?」
……彼女は、泣いていた。
でも、なぜだろう……悲壮感のある涙には、見えない。
もしかしたらただの錯覚で、本当は全然そんなことはないのかもしれないけれど。
それこそ私の……都合のいい、解釈なのかもしれないけれど……。
「…………ごめんね」
「あやまら、ないで……! マリーさん、わたしは……」
「……ありがとう。私のことを、好きになってくれて。……愛してるよ、クリス……」
その涙は、どこか……希望のようにも見えた。
過去との決別、新しい未来。
そんな陳腐な言葉こそふさわしい。
いや……私には、その程度の言葉しか贈れない。
「……っ。──マリーさん……やくそく、してくれる……?」
「……なに?」
手の甲でぐっと涙を拭って、彼女は私の目を見据えた。
……澄んだ目は、光を取り戻したように見える。
「見捨てないで。嫌いにならないで。……忘れないで。私も、忘れないから……! 永遠に、絶対に、私を、背負い続けてくれる……?」
ああ……ひどく、重いな。
永遠も、絶対も、安請け合いなんてできない願いだ。
……でも。だとしても。
「……そんなこと……当たり前、でしょ?」
愛してる。
それを伝えるには、まだまだやっぱり軽すぎる。
まだまだ、いくらでも持てる。背負える。
忘れるもんか。
忘れてなんてやるもんか。
それが、どれだけ苦痛に満ちていても。
それが、どれだけ欺瞞に溢れていても。
どれだけ重くても、どれほど痛くても、絶対に、絶対に……忘れない!
何度聞かれても変わらない!
それが、私にできる覚悟だ……!
「……マリー、さん……」
「クリスさん……」
ほんの一メートルほどの距離で、見つめあう。
それ以上、距離を詰めることは……なかった。
「ばいばい。──ありがとう」
「くりすさ……っ。…………またね」
最後に言おうとした言葉が、喉の奥に絡んで薄れる。
聞こえたかどうかは……分からない。
ようやく口を開いた時には、既に彼女は消えていた……。
「……転移魔法、か。やれやれ、どいつも揃って可愛げのない……。──笑ってやったか?」
「……うん」
「そうか。餞別だな」
「……知ったようなことを」
やはり、腹が立つ神だ。
確実にまだ何かを隠している……企んでいる。
それもいつか、絶対に決着をつけないといけないことだけど……。
「ほら……あと、一息だろ。こんな場所でべそべそ泣いてる場合か?」
「な……泣いてなんかないし」
そうだ、泣いてなんかいない。
クリスさんBに…………クリスに、最後に笑顔を見せたんだから。
さようなら。……またいつか。
そんな別れの言葉は、言わせてはくれなかったけど。
……中途半端だな、私は……。
「ようやっと終盤だ。長い永い因縁も、ひとまず決着がつくだろう。……最後の最後で、こけるなよ」
「それは……激励?」
「いや、ほとんど命令」
「……腹立つ……」
……だけどまあ、やるしかない。
別世界の私とクリスのことに関しては、決着を見たと考えていいだろう。
ならあとは、身近なところを片付けるだけ。
……ここまでやって、最後の最後で失敗するわけにはいかない。
クリスと私の未来は、私が守る……!
「ああ。行ってこい、人間……私がいれば大丈夫だ」
「……お前、全部済んだらマジで一発ぶん殴るからな」
***




