この道の先で
***
「──っつ……うぐ……」
頭が……痛い。
体のあちこちがずきずきと痛む。
……腕が、足が、動かない?
縛られている、のか……?
「やっと起きたか。ちっ、ムカつくやつめ……」
「なん……な、んで……」
「まだ死ぬなよ。簡単に死なれちゃ困る、聞きたいことも……味合わせたい苦痛も、たっぷりとあるんだからなぁ」
……ああ、そうだ。
学園にある寮……私の部屋の前で何かをしていた、この男を見かけて。
問い詰めたら気絶させられて、ここに連れてこられたんだ。
薄暗く、埃っぽい部屋。
部屋……いや、家……小屋?
窓の一つもない粗雑な板張りで、なんだかいかにも監禁場所といった感じ……。
「……くそ。なんなんだよ、お前……何がしたいんだよ……?」
「ああ゛? てめえがそれを言うのかよ」
「……どういう意味?」
本当になんなんだ、この男は。
この世界の私を殺した張本人。
だがまだ私が死んでいない以上、そしてあの場で見かけたからには、単なる通り魔とかそういうわけではなかったのだろう。
何かを画策している……何を企んでいる……?
「っ……てめえだろうが、全部の元凶は! 俺らをこんな世界に放り込んで、挙句さんざん尾け回して何がしたい!?」
「なにを……」
「しらばっくれてんじゃねえっ! てめえの仲間、あの白髪のクソガキはどこだ!? 見つけ出してぶち殺す、てめえにも俺らと同じ苦痛を味合わせてやる!!」
……白髪のクソガキ? 私の仲間?
該当しそうなのはルーシーちゃんくらいか。
……あの子が、何かをしている?
「ぶち殺す、って……うぐっ」
「……てめえがまだ死んでないこと自体、奇跡と思っておけよ。てめえを今すぐにでも殺したい奴なんざ山ほどいる……だがそれだけじゃ生ぬるい。お前の大切なものを一つ一つ踏み躙って、それから殺してやるよ……」
「……っ」
乱暴に髪を掴み上げられ、床に放り捨てられる。
全身の痛み、衝撃が、容赦なく体温を奪ってくる。
駄目だ。まだ堪えろ、まだ。
まだ……やらなきゃいけないことも、知らなきゃいけないことも残ってる……!
「助けが来るとでも思ってるのか? あいにくだったな。てめえが隠し持ってた発信機は、とっくに粉々にして捨ててある……この場所は見つけようがねえよ」
「……? 発信機?」
「とぼけんなよ。もっと絶望しろ、もっと苦しめ、もっともっともっと泣き喚けぇっ!!」
「ぐっ……あぐ……!」
容赦なく腹を蹴り込まれる。
むせこむような痛みも、吐き戻しそうになる苦痛も……まだ、我慢できる。
それより、なんのことだ。
発信機……そんなもの、持っていた覚えはない……。
『──。……、…………。……? …………』
「……? な……ん……?」
……耳鳴りのような何かが、頭の中で響く。
なんだ……?
蹴られすぎて幻聴でも聞こえ始めたか……?
『……! ……っ。…………』
「ぐ……っ! げほ、ごほ……!」
「っと、そうだ。死なれちゃ困る……まだ、な」
暴行が止み、足音が遠ざかった。
だが……ノイズのような音は続いている。
……くぐもった、声……?
『…………。あー……あー、あー。ん、繋がったかな……聞こえてる? マリーちゃん』
「!? な……ん……!?」
『声』が、突如として明瞭になった。
頭の中で静かに響く。
まるで電話か何かのような……そんな錯覚に陥る。
『ああ、あまり大きな声を出さないで。きみと一緒にいる子に聞こえたらまずい……できるだけ静かに、用件を聞いてほしい』
「……っ」
この声……さっき聞いたばかりの声だ。
……ソフィアさん……!?
『今、私はきみのいる場所の近くにいる……ただ、ごく正確な場所までは分からない。だから、今から三十秒数える……きみは残り十五で大声を出して、十で体中に力を込めて、零までに走り出して欲しい』
「は……」
『……急に、私の言うことに従うのは難しいかもしれない。でも、お願い……私を信じて。絶対にうまくやる。……いくよ……三十』
二十九。二十八。
頭の中で、カウントが始まる。
『二十五。二十四』
……何が何だかわからない。
十五で大声を出して、十で体に力を込めて、零で走り出す……?
『二十。十九』
そんなことを言われても、手足を縛られているのだが。
とても、うまくいくとは……。
『十七……十六……』
……でも。
今、他に頼れるものはない……!
「う……わああああああああああああああああああっ!!」
「!? な、なんだ……急に大声を出すんじゃねえ、殺すぞ!」
十一……十……!
「……っ! ほ、解けた……!」
「な……っ!? ま、待てクソ女!」
手足をきつく縛っていたロープが……切れ落ちた。
なぜそうなったか、考えている暇はない!
走り出す、どこへ、どこに向かって!?
『よし……! マリーちゃん、こっちだ!』
「……っ!!」
視界の端で、何かが光った。
無我夢中でそちらへ走る……小屋の壁に、通れるサイズの穴が空いている……!
「──マリーちゃんっ! 手をっ!」
「ソフィア、さん……っ!」
差し出された手を、しっかりと握る。
眩しく感じる陽光も、随分と久しぶりに感じたような気がする温もりも、感慨を覚える暇もない。
覚えのある感覚と共に、体が空へと舞い上がる……。
「……ふう。よく頑張ったね、マリーちゃん。えらいえらい」
「ぁ……そ、ソフィアさん……」
……なぜ。
どうして、私のことが。
「きみに、ナイフを持たせておいたでしょう? あれにほんの少しの匂いと、護身の魔法をかけておいたの。きみの居場所がおおよそだけど分かったのも、縄が切れたのもそれ……とにかく、無事でよかった」
「……っ。で、でも……!」
私が助かった。
それはいいが、でも……!
「心配しないで、マリーちゃん。きみは無事だよ」
「…………。……っ!?」
言葉の真意を……遅れて悟る。
私もそうだが、それだけじゃ……ない……!
「『きみ』は、ちゃんと生きてる。拐われることもなく、何にも脅かされずに。程なくして、自分から帰るよ……きみの居場所に、きみの恋人の元にね」
「なん……で、そんな……ことまで……」
「……あの時ね。神を自称する変なやつが、急に現れてきみのことを伝えてきて……助けてやってくれ、って言われた。きみは『きみ』を守るために動いてる、だから手助けしてやってくれって」
「…………」
……あの神……。
考えなしの人でなしの責任放棄の適当なクソ野郎だと思ってたのに……。
「ひとまずのところ、きみは身代わりになった。まだいくつか、やるべきことは残ってるけど……それはこっちの仕事。きみは元の世界に帰りなよ、マリーちゃん」
「……でも」
「……生きてさえいれば、どうとでもなる。仲直りも、約束も、ちゃんと守れるよ」
……そうか。
私が捕えられたから、『こっちの私』は今のところ無事。
少なくとも、『私を殺した犯人』はまだあの場所にいる……『私』が手をかけられてはいない。
ソフィアさんもこのことを知っている以上、きっともう同じことは起きない。
……私は、生きている。
もしかしたらすれ違いがあったのかもしれないけれど、それは……まだ修正できること。
生きて、帰ることができるだけで……。
「……ソフィアさん……」
「謝らないで。感謝も必要ないよ。元々私は、役に立てなかった……こうしてきみやルーシーの役に立てたのは、きみのおかげだ。……きみが諦めなかったから、私はきみの役に立てたんだ」
「……っ」
……やっぱり、不思議なひとだ。
何をどこまで知っているんだろう?
何もわからないのに……ひどく、あたたかい……。
「帰りな、マリーちゃん。きみは本当に、本当によく頑張った。最低限で最高の仕事だよ。……あとは全部、きみの大事なもののために時間を使ってあげな」
「……はい」
そうだ……まだ何も終わってない。
できることも、決着のついていないことも、まだまだいくらでもある。
私たちの冒険はこれからだ、じゃないけど、やるべきことはいくらでもある。
帰ろう。私の世界へ。
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