元凶?
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「──ん……ぅ……?」
微睡みが、微かな物音に阻害される。
こと、こと、ぱさり。
誰か、人がいるような気配。
なんでしょう……扉の方から……?
「……もうすぐ……朝、でしょうか……? ふむ……」
寝ぼけた頭で原因を考える。
イリーナさん……ではないでしょう。
アンさんでもありませんね。
あの二人はこんな時間にわざわざ訪ねてくるようなことはしませんし、したとしても声の一つくらいかけるはず……。
「マリーさんは……」
「むにゃ……くりすぅ、どこさわってりゅの……あしくび、なめないで……」
「……いつも通りですね」
かわいい顔をして眠っています。
外の明るさから察するに、まだ早朝……起こさなくともよいでしょう。
ひとまず、物音の原因を確かめるとしますか……。
「ええと……おや? これは……紙……?」
扉の近くに、両手のひらほどの大きさの紙が落ちています。
なるほど、先ほどの音はこれを扉の隙間から差し込んだ音でしょうか……まどろっこしいことを。
一応扉を開けてみますが……誰もいませんね……。
「……なんです、これは? 何も書いていない……っと?」
紙の方には、特に何も書いていないように見えます。
ですがその間から、さらに小さな紙片が一枚。
……これは……絵、でしょうか……?
「…………。……っ!? これ……は……!?」
にわかには、信じがたい。
いや、信じたくもない。
ただの絵にしてはあまりに高精細で、まるで風景をそのまま切り取ったかのような絵。
そこに……描かれているのは……。
「──ふああ……。クリス、どうかした……? さっきから、なんかぶつぶつ言って……」
「……っ! マリー、さん……」
「それは……何? 紙……手紙かなにか? 一体何が…………っ!?」
私の手元を覗き込んだマリーさんが、声にならない悲鳴のようなものをあげる。
当然と言えるでしょう。
紙には、マリーさんが……服を全て脱いだ状態のマリーさんが、顔まで捉えられるほどにしっかりと描かれている。
そして……。
「…………マリー。誰ですか、この女」
「し、しらない……知らないよそんなの! そんな写真の場所、見たこともない……!」
「……へえ。この絵、写真って言うんですね。そういえばマリー、あなたも似たようなものを持っていましたよね……」
「……っ! く、クリス……」
見知らぬ女。
顔も背丈も一切見覚えのない女と……抱擁を交わし、接吻している。
そんな、おぞましい絵。
「……何か知っているなら、全て話しなさい。何か隠しているなら、何もかも打ち明けなさいっ!」
「わた、私……本当に知らないよっ! 私が持ってる写真だって、たぶん、ルーシーちゃんが……」
「ルーシーさんなら、同じようなものを描ける、と。……見てきたように、本当にあった出来事のように」
くだらない疑念だ。
きっと、何かの陰謀です。
だから……否定、してほしい。
こんなもの、こんなおぞましいもの、今すぐにでも破り捨ててほしい……。
「くり、す……わたしを、疑ってるの……?」
「…………それは」
「ひどいよ……酷いよ! そんなもの知らない……そんなこと、あるはずがない……っ!」
マリーさんは……泣き出してしまった。
失敗した、そう悟った時には既に遅く。
「……ま、マリー。違います。疑っているわけではなく……ただ、あなたに……」
「しらない! しらないしらないしらないしらないっ! ばか、クリスの……馬鹿……っ!」
「ば……っ! マリー、なんですかその言い草は……」
「馬鹿っ! 私はこんなに、クリスのことを……信じてるのに……っ!」
「あ……ま、まって……待ってください、マリー……っ!」
マリーは私の横をすり抜け、扉を開けて飛び出してしまった。
泣いたまま、傷ついたまま。
……私の……せいで……?
「……マリー……。違うんです、本当に……疑ってなんて……」
ただ……安心したかった。
こんなものが存在していること、それ自体が許せなくて。
いっそ、もっと怒ってほしかった……。
「──く、クリスさん……? どうしたんですか、なんだか叫び声が……聞こえたような……」
声を聞きつけたようで、程なくしてイリーナさんが訪ねてきた。
どうでもいい。立ち上がる気さえ起きない。
「イリーナ……さん……。マリーが、私のマリーさんが……」
「あ……っ、な、泣かないでクリスさん……! 何があったのかわかんないけど、マリーさんは……マリーさんはきっと、クリスさんのことが大好きだから……!」
慰めにもならない。
無駄だ。無意味だ。
……私が、マリーを傷つけたんだ……。
「うぁ……ああああああ……!」
「クリスさん……」
戻ってきて。
お願いだから、もう一度。
戻ってきて……ごめんなさいって、言わせて……。
「まりー、さん……マリーさん……」
「だ……大丈夫ですよ! すぐに帰ってきますから! きっと、そう、すぐに…………」
***
***
「──ねえ。あんた、何やってんの?」
ソフィアさんのおかげもあって、無事? 学園の寮まで辿り着けた。
というわけで、ひとまず私……正確にはこの世界の私と、クリスさんBが一緒に暮らしているはずの部屋の前までやってきた……のだが。
「あ゛ぁ……? んだてめぇ…………なっ!? お、おま……おまえ……マリー、か……!?」
「は……? な、なんで私の名前を……」
部屋の前、扉に、何かしている男がいた。
強い警戒心が働く。
見知らぬ人間…………いや、違う!
こいつは……っ!
「……この中じゃねえのか……? ちっ、まあいい。計画はずれるが……今、ここで……!」
あの時あの路地で、重症で倒れていた男!
クリスさんBの言葉が正しければ……私を、殺した人間……!?
「……な、なにをする気か知らないけど! とりあえず、私の部屋の前から……!」
「ああ……どいてやるよ……! てめえごとなあ!」
「……か、は……っ!?」
……腹部に。頭に。
強い、強い衝撃が走る。
急速に……意識が薄れていく……。
「……恨むなよ。いや、恨め。全部……てめえが悪いんだよ──」




