空の旅
「──きみ……誰……?」
どこかで会ったような気がする、不思議な存在感がある女性の声。
転移してきた。
そう思った瞬間に、彼女の懐に飛び込む羽目になった。
「わ、ちょ、ま、ごめ、ごめんなさい……! その、ぶつかっちゃって……!」
……あの神……っ!
転移した瞬間に他の人間とぶつかったぞ……!
せめて場所ぐらいちゃんと選べよっ!
「そうじゃなくて……いや、それもそうだけど……。ここ、私の家だよ……?」
「みへっ!?」
衝撃のあまり変な声が出た。
慌てて周りを見回すと、確かにどこかの屋内のようだ。
木造建築、素朴な調度品。
置いてある椅子の数や机のサイズからして、二人か三人暮らしってとこだろうか……いや、そんな考察はどうでもいい!
「……何か、用? そうでないなら……」
「はわ……わ……! その、えっと、これには複雑な理由がありまして……!」
「……突然ひとの家の中空に現れて、私にぶつかるような理由って……何……?」
「…………」
……わたしわるくない。
わるいの、神。
これに関しては絶対、あいつに百パーセント非がある!!
「まあ……いいや。それより、気になってたんだけど」
「え、いいんですか……?」
……変わった人のようだ。
表情が薄く、あまり抑揚がない声でのんびりと喋る。
その割に、なんだかこの状況を楽しんでいるようにすら見える。
よく見ると結構な美人で……長い黒髪や質素でなんだか上品に見える服装は、どことなく、誰かに似ているような。
というか、最近会ったような気もするんだけど……あれ……?
「……きみさ……もしかして、ルーシーの知り合い?」
「な……っ!?」
……既視感の、正体。
そうだ……ソフィアさんだ!
あの時、クリスさんBたちを担いで連れてきた謎の女の人! ルーシーちゃんの知り合い!
なぜあんな直近の出来事を忘れてた!? 馬鹿か私は!!?
「ああ、やっぱりそっか……うん、なんか聞いたような気がする。ええっと……クリスちゃんって人? いや、その子は金髪って言ってたっけ……じゃあ……?」
「ま、マリー……です……」
そうか。
転移した、時間が戻った。
つまり私は彼女と直接の面識はないものの、ルーシーちゃんから何らかの話は聞いていたらしい。
とするとまさか……この家に同居していると思われる誰かって、ルーシーちゃんなのか……?
なんて偶然だ。
いや、偶然か?
あの神……マジで何がしたいんだよ……!
「マリーちゃんね。ええと、犬を飼ってて……たまに挙動不審で……裸で縛られるのが好きっていう」
「ソレハベツノヒトデス」
「……そうなの? 他のだれかと、間違ったかな……」
ルーシーちゃん……?
ちょっとこの言われようは話し合いが必要だな。
裸で縛られるって……初めてあの子が部屋を訪ねてきた時のことか……。
失敬な、あんなこと滅多にないってのに。
「──えと、それでその……すみません。この後私、やることがあって……帰らなきゃ……」
とにかく、本来の目的を忘れてはならない。
今がいつの何時ごろなのかは分からないが、そんなに余裕はないはずだ。
少なくとも、あまりのんびりしてはいられない。
「ああ……うん。聞きたいこともあるけど……まあいいや。……きみが住んでるのは、たしか、学園ってところだよね? 送っていくよ、マリーちゃん」
「え? べ、別に大丈夫….……」
大丈夫……じゃないな。
私、ここがどこか知らないし。
ひとまず一度学園の寮あたりまでは行かないといけないけど、そこまで無事に辿り着けるかは分からない。
……あの神め……。
「いいよ、遠慮しないで……。ところでマリーちゃん、高いところは怖い?」
「……高いところ? どういう意味ですか?」
まさか、山や崖の上とかにあったりするのか? この家。
もしも建てたのがルーシーちゃんだとすると、ありえるから困る……。
「ん? ……ルーシーの知り合い、でしょ?」
「えっ? は、はい……」
それが何か関係しているのだろうか。
「? ……まあいっか。とりあえずほら、こっち……外に出て」
「わ、分かりました……」
腕を軽く引かれ、家から外に出る。
どこか土臭い植物の香り、さわさわと音を鳴らす木立。
……森の中、か?
時間は夜……うーん、『ここの私とクリス』が喧嘩したっていう正確な時間はいつなんだろう?
神の言葉通りに考えるなら、次の朝から昼ごろってところなのかな?
学園の近くにこんな森があった気はしないし、歩いて帰るとなると結構時間がかかってしまうかもしれない……。
「手。握って、放さないで」
「へっ? 手を?」
「絶対に、放さないで。放したら……死ぬよ?」
「し、死ぬって……」
仕方なく、ぎゅっと彼女の手を握る。
迷子になることを、死ぬと表現しているのだろうか? ……大袈裟な。
「……? ルーシーと、同じことをしてないの? そっか……あ、私のことはソフィアって呼んで。それが私の名前」
「は、はい。ソフィアさん……その、一体何を……?」
「大丈夫。慣れればそんなに、怖くないよ」
「なにが…………っ!?」
突如……猛烈な風が、上から打ちつけるように吹いてくる。
文字通り、地に足がつかなくなる感覚……!?
……木々が、家が、下に向かって遠ざかっていく……!!
「学園……あっちのほう、だったかな……。すぐに着くよ、マリーちゃん」
「は……ひ……ひゃ……!」
生身で……空を飛んでいる……!
なんだ、なんだこれ、なんだこれ……!?
「快適な空の旅、ってルーシーはよくいってる」
「そら……とぶ……っ! そふぃ、あさん、あの……!?」
「……ルーシーもよくやってる、でしょ?」
「……っ!!」
ソフィアさんの方を、よく見ると。
彼女の背から……コウモリのような翼が、生えていた……。
「……こわい? なら、速く行くね。そのほうが、早く着くから」
「ひ…………!」
話が通じない。
……彼女も、人間じゃなかったのか──。
***
「──ひぃ……はぁ……」
「よくがんばったね、マリーちゃん……えらいえらい」
「はひ……」
……目の回るような旅路だった。
ただまあ、やはりそれなりに距離があったようで……体感でおそらく五分もかからず到着したのは、素直に感謝するべきか。
二度とやりたくないが。
「……私が吸血鬼だってこと、そういえば言ってなかったね。ごめんね、驚かしちゃって……」
「あ……いえ……」
……ごく普通の人間だ、とまでは思っていなかったけれど。
あの時も、クリスさんBと他に二人も同時に担いで平気な顔をしていたし……まあ、その時の記憶は彼女にはないんだけども。
そういえばルーシーちゃんも、自分以外に吸血鬼がいないとは言っていなかったな……。
「……ねえ。きみ、もしかしてさ……」
「……? はい?」
「……いや……んー。ルーシーは、知ってるのかな……」
「ルーシーちゃんが、何か……?」
……謎なんだよなあ。
あの神が、私をあの場所に送ったのは事故なのか……故意なのか。
もし故意だとすれば、私をソフィアさんと出会わせたことに何らかの理由があるということになるが……。
……なるだろうか? その方が面白そうだからとか、そういうわけじゃ……ないよな……?
「これは……ただなんとなく、そう思っただけのことなんだけど。……きみは本当に、この世界の人……?」
「っ!? な……え、あ……」
……しまった。
驚愕が表情に出たな。
隠しておくべきことだったかもしれない……いや、しかし……。
「……ふうん、そう。理由は知らないけど……まあ、悪いことじゃないよね……」
「な……なぜ?」
「ルーシーの友達だから」
「……そ、そうですか……」
相当ルーシーちゃんのことを信頼しているのか。
あるいは、『ルーシーちゃんが話す私』というのが相当…………いや、やめとこう。
「…………。ルーシーは嫌だろうけど……でもきみは、知っておいた方がいいかな」
「え? な、何をです……?」
なんだ?
ルーシーちゃんが関係している……私に、隠しておきたいこと……?
「──きみは今、何者かに命を狙われている」
「な……っ」
「本当は、いつ襲われるか分からない。けれど、安易にそのことをきみに伝えれば、余計に被害が広がりかねない……ルーシーは、そう言って悩んでた」
「……ど、どうしてそれを……?」
……その話自体の信憑性は、かなり高い。
だって実際、この後私は……何者かに殺されるんだから。
「さあ……でも、『ここにいるきみ』にはそれを伝えておいた方がいい気がした。……それと、これを持ってて」
「え……こ、これは……?」
そう言って差し出されたのは……手のひらほどの大きさの、ナイフだった。
なぜかは分からないが、かなり手に馴染む感覚がある。
「お守り。安心して、刺さってもちょっとちくっとするくらいだから。きみさえよければ、それを……ポケットの中にでも入れておいて」
「……そ、そう? 分かりました」
断る理由も特にない。
あの時も会ったルーシーちゃんの知り合いならば、滅多なことも起こらないだろう。
護身用……には、小さすぎて使いにくそうだが……。
「それじゃ……私は、そろそろ帰るよ。おやすみなさい、マリーちゃん」
「あ……お、おやすみなさい」
彼女は私に背を向け、飛び去っていった。
いったいどういう意図で、何をどこまで知っているのだろう……それを聞く機会はあるのかな。
「──さて。私は、今からどうするべきだ……?」
学園の敷地、その外れ。
空は少しずつ白み始めている。
……失敗は許されない。
けれど……未だ、どこから手をつけていいのか分からない。
どこから何を、どのように解決すればいいのだろう……?
「……まずは前提から、か……?」
この世界における、クリスと私の喧嘩。
間接的な、私の死の要因。
とにかく、それさえどうにかできれば……。




