転移……?
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「どうにかしろよ! してくれよっ! 私が、いや世界が、何もかもがどうなっても構わないから……せめて、クリスだけは……!」
彼女さえ幸せになってくれるなら、たとえそれだけだって構わない。
捨てがたいものはいくつだってあるけど、捨てちゃいけないものはひとつだけだ。
たとえ、私が死んだとしても。
たとえ、世界が終わったとしても。
クリスが幸せになってくれるなら、私はそれをハッピーエンドと呼べる。
「もったいぶるなよ! かっこつけるなよ! 神だとかなんだとか、そんなことどうっでもいいんだよっ! こんな時にさえ出てこないなら、お前は一体なんなんだよ!?」
……身勝手なのは分かってる。
無理を言ってるのだって十分に理解してる!
ほとんどやけにも等しい賭けだ!
これが通らないなら……また……!
「──ったく、うるさいぞ。もっとよく周りを見ろ、人間」
「……はえ……?」
──どこか、懐かしいような気さえする声。
言われて周りをよく見ると…………そこは、さっきまでいた場所とは異なっていた。
「必死なのは分かった。どうにもならん状況なのも理解している。だから一度落ち着け、話も何もできやしない」
「な……っ!? お、おま……本当、に……!?」
辺り一面、真っ白で。
壁も床も天井もなにもなく、光もないのに明るくて。
いるだけで、なんだか気が狂いそうになる……そんな、超常的な風景。
あの日見た、自身を神と呼ぶ存在が。
また、目の前にいた。
「あれだけ大声で呼んでおいてその言い草か? 全くもう、人間一人の意識を引き上げるのは結構苦労するんだぞ」
「意識を引き上げる……って。つまり、今あっちの私の体は……?」
「ごく短期的には、『魂が抜けたように』立ち尽くしていることになる。こっちとあっちじゃ次元が違うから、時間の進み方も違うがな」
「はあ……」
世界を渡る。
今経験しているこれもまた、それに近しいものなのだろうか……いや、そんなわけのわからない理屈はどうでもいい。
「あー、待て、何も言うな。言いたいことは分かっている、そしてその言い分がどうにも抽象的なのもな」
「……どういう意味だよ」
「どうにかしろ、だけじゃこっちも困る。そもそも大したことはできないさ。私たち神とお前ら人間じゃ、文字通り生きる世界が違うからな」
「……っ。無理言ってるのは、分かってるよ。どうすればいいのかだって、ほんとはちっとも分かんない。でも……!」
神はいた。
奇跡の如く、転生することだってあった。
……でもきっとそれは、常識の範囲外を逸脱してはいないのだろう。
事ここに至って、全てを丸ごと解決してくれるような……そんな超常は、存在しない。
「そういうことだ。都合のいい解釈に逃げるな。神には神の、人には人の仕事がある……他にやるべきことがある。神は人の上に立つものじゃなく、人は神の下にいるものじゃない。住むべき場所が違うんだ」
「……なんか、色々と怒られそうな宗教観だな」
「事実だよ。少なくとも私の視点ではな。私の解釈、ひとつの神としての私の考えがそれだ」
ひとつの考え。
そして、それを曲げるつもりはないんだろう。
だからわざわざ、こうして呼び出して……残酷極まりない現実を突きつけるんだ。
「神は……万能の存在じゃ、ない?」
「そうだ。試しに時間でも戻してみるか? 世界の時間だけ戻したところで、何も変わりはしないがな。最初と同じ道のりを辿って、最後にここに辿り着く。よくやったよ、お前らは……ほとんど自力で、その答えにまで至ったんだからな」
「……っ」
──いくら続けても、ずれこむだけで。
根本的には、何も変わらない。
クリスさんBはそう言った。
それが答えだった。
仮に世界を渡っても、仮に時間を戻しても、仮に……全ての人の、全ての記憶を消してみても。
それは、単なるニューゲームだ。
つよくてニューゲームにはなり得ない。……クリスは救えない。
残酷に……ある意味、原作再現のように。
彼女は結局、『追放』されるのだろう。
「──そう。そこまでが、前振りだ」
「…………は?」
……前振り?
「さあ、言ってみろ。叫んでみろ。何が望みだ? 何がしたい? どうすれば世界を変えられる? どうすれば……今よりももっと、『幸せな』結末にできると思う?」
「ちょ……ちょちょ、ちょっと待て。どういうことだよ!? 何を望んで……というか何を企んでる!? ……どうにもならない、だろ!?」
どうにもならない。
どうにもできない。
たとえ神でも、どうしようもない。
そういう結論だった、はずだ。
「そうだ、私だけじゃどうしようもない。人間だけでもな。だが……動くのが、私だけでなかったとしたら?」
「な……っ」
「加えて言うならば、見落としているよ。ニューゲーム。つよくてニューゲーム。そう、その解釈こそふさわしい。つよくなるのは、単なるいちキャラクターだけじゃあるまい……?」
「……? ……!? な、ま、おま、まさか……!?」
動くのは……神、だけじゃない。
つよくなる。
ニューゲーム?
……何の冗談だ、それは。
「あの元人間には、到底できないだろう。責めているんじゃない、力が足りなかったわけでもない。ただ……できないさ、あれはお前のことが大好きだからな。全てを……全ての結末を……全ての責任を、お前一人に押し付けるなんてできないさ。仮に気づいたとして、絶対に言い出さないだろう」
「……っ。クリス、は……」
……確かに、思ったとしても言わなそうだ。
だって彼女の願いは……私が最期まで幸せに過ごすこと、だったのだから……。
「あいにくだったな。この私は、そんなことに縛られはしない。お前一人が『がんばって』、どうにかできるならそれこそ面白い! 見せてくれよ、選んでくれよ、何より楽しい結末を! 他の何より面白い、一人の人間の……あがきをっ!」
「お前……。……性格、悪いよ」
「よく言われる! 娘にも言われた!」
「…………」
娘、いるのか。
いや、どうでもいいけどな。
「さあどうする! 断って全てを受け入れるか!? それとも……!」
「やるよ。やるに決まってるだろ! クリスには悪いけど、私はここで止まる気なんてないっ!!」
クリスは幸せにする。
それだけは、何があっても守り抜く!
「…………よく言った」
「……っ……ぁぇ……っ?」
突如、視界がぐらりと揺らぐ。
足元が……いや、本当に言葉に足があるのかは分からないけど、足がふらつく。
意識が、薄れたわけではない。
ただ……まるで、この場にいられなくなったような……。
「一つ、確認だ。私は……お前を、ある場所にそのまま送る。記憶も、体も、魂も、何もかも今の形を保ったまま。言うなれば……異世界転移だ」
「……ああ」
つよくて、ニューゲーム。
確かにそれは……なかなかふざけた例えだった。
皮肉と言ってもいい。
「向かう先は、とある時間のあの世界。そうだな……『そっちのお前』が『あの人間』と喧嘩して、飛び出す少し前くらいがいいだろう。一番変えやすいのはそのあたりだ」
「喧嘩……ね。うん、それでいい……」
……それが。
そこまでが。
「そう、私の仕事だ。時間転移、空間転移、そこまでが神の領分だ。……そして」
「そこから先は、私の仕事。……お前の思い通りなのは癪だけど、やってやるよ。変えてみせるよ」
「……ああ……」
やってみせろ。
そんな声が、聞こえて。
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「…………わっ」
「──うおわっ!?」
色彩のある、見慣れた世界。
そんな世界の片隅に、降り立った。




