和解?
「ひ……い……いやああぁあああああぁぁあああああっ!」
恐怖。嫌悪。不快感。忌避感。
やけにうるさい自分の叫び声。
目の前の男は……人間だったものは、白目を剥いて口の端から泡をふいて。
そして、ぱたりと仰向けに倒れた……。
「…………つぎ。お前ら、だ」
「ひぃっ……!?」
「ま、待てよ……あたしらは何も……っ! う、うわああああああっ!?」
両腕の拘束が消える。
哀れな女二人は、転げるように逃げ出した……だが、振り切れることはないだろう。
もう一人の私は私に目もくれず、どこまでも据わった目でそれを追っていく。
……あっさりと、殺した。人を一人、簡単に。
あれもまた、私の……末路……?
「──クリスっ!」
「ぁ……ま、りー……?」
その時……死体の向こうから、聞き馴染んだ愛しい声がした。
「クリス、大丈夫……怪我は!? それにイリーナちゃん、アンさんも……!」
マリーが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
ルーシーさんも一緒だった。
今更のように、自分が地面に座り込んでいたことに気付く。
けれど、立ち上がることさえできない。
手が、足が、震えてぴくりとも動かない……。
「マリーちゃん、少し落ち着いて。誰も怪我はしていないよ……この子以外は、ね」
「……っ。その、人は……」
「大丈夫、まだ治せるよ。クリスちゃんを殺人者にはさせない」
……私の言いたいことはお見通しか。
震える声を懸命にしぼり出す。
「……ルーシー、さん。あちらに、まだ二人……それに、私が……!」
「そっちも問題ない。ボクの……あー、知り合いに連絡をとっておいたから。あっちのクリスちゃんとは面識があるし、あの子ならうまく止めてくれるよ」
「そう……ですか……」
手回しが早い。
彼女の優秀さには頭が下がる……私とは大違いです。
喧嘩の果てに飛び出して、勝手に命の危機に晒され、挙句腰が抜けて立ってもいられない。
何もできず、無駄に、無意味に。
お母様が知ったらきっと呆れるでしょう……それに、マリーだって……。
「……クリス」
……マリーが、腰を屈めて話しかけてくる。
けれど、とてもその目を見つめ返せない……どんな表情を浮かべているのかさえ、見たくない。
「ごめんなさい、マリーさん……ごめんなさい。私は……ただ……」
「クリス……?」
「ただ……選ばれたかった。マリーにとってのいちばんを、取られたくなんてなかった。……わたしは、私よりも、あなたに必要とされたい……!」
……走りながら、色々考えました。
別の私を、不憫に思ったのは事実です。
殺された方がよっぽど楽だと思ったのも、マリーになら殺されてもいいと思ったのも。
けれどあの質問を……あの脅迫をした根底には、きっと一つしかなかった。
「……クリス。そんなの……」
「勝手なのは分かってますっ! わたしが、どれほどあなたを傷つけたかも! 迷惑をかけて、心配をかけて、でも、それでも……!」
選ばれたかった。
他の誰より、たとえ私と比較してさえ、一番に必要とされたかった。
唯一、彼女に愛されたい。
そんな、ただのわがままで……傲慢に過ぎない。
「違うよ……! クリスは何も間違ってなんかない! 本当にクリスのことを想うなら、私があの場で迷わず選ぶべきだった!」
「……っ! 違います! マリーは何も悪くない! そんなこと、マリーに選べるわけがないのに……選んで、ほしくもないのに……!」
彼女にならば、殺されたい。殺されてもいい。
けれどそのせいで、彼女が苦しむなら意味はない。
……私は、彼女を幸せにしたいんです。
だから、あんな問いを投げかけるべきではなかった……私以外誰も救われない、あんな道を提示するんじゃなかった!
「クリスは何も間違ってない!」
「マリーは……何も、悪くない……!」
いつのまにか、二人とも大声で。
そう叫んだ後には、ほんの少しの静寂があった。
勢い任せにやっと見据えた、彼女はやっぱり……泣いている。
私のせいだ。
私が、誰よりも彼女を苦しめた。
「──マリーさん。クリスさん」
「……? イリーナちゃん……?」
「イリーナ、さん……」
真っ先に沈黙を破ったのは、イリーナさんだった。
先ほどの恐怖からか、立ち上がってはいるものの足が震えている……隣に同じく立っているアンさんと支え合って、ようやく姿勢を維持しているようだ。
「二人とも、喧嘩はやめましょうよ。そんなに苦しそうに、辛そうにする喧嘩なんて、なんの意味もないですよ」
「……で、でも!」
「分かりきってるじゃないですか。二人とも、相手のことがいちばん大切なんだって。だから、誰より傷つけたくないから、傷ついてほしくないから……そうやって言い合いしてるんです」
「……っ」
……一理、ありますが。
でも……。
「クリス。意地を張るのはやめなさいって、昔から何度も言っているでしょう。マリーさんのことを、本当に大切に思っているクリスは……もっともっと素直になるべきですよ」
「…………」
……いっそ、マリーに殺されたい。
それが、私にとって一番幸せな結末だから。
私は、確かにそう考えました。
けれど……それは……。
「──ん。戻ってきたかな? クリスちゃん、もうひとりのキミが帰ってきたよ」
「え……?」
黙々と治療らしきものを進めていたルーシーさんが、不意に声を上げた。
言われて背後を見ると……肩に何かを担いだような人影が、こちらに向かって歩いてきている。
「──ルーシー。捕まえて、きたよ」
「ありがとう、ソフィア。首尾はどう?」
ソフィア……さん。
不思議な存在感のある女の人……人、でしょうか?
ただの人にしては、やけに荷物が多いような。
そもそも、ルーシーさんの知り合いですし……。
「こっちの二人は……ちょっと怪我してるけど、生きてる。それでこの子は……んー……生きては、いるよ」
「そう……お疲れ様。ひとまず、そのあたりに寝かせておいてくれる?」
「……分かった」
三つ立て続けに、ぐったりとした人型が地面に寝かされた。
最初の二人は、私を拘束して……『私』から逃げた女二人。
最後のひとりは、紛れもなく。
「ぅ……ぁ……」
「……先、帰ってる。必要なら、また呼んで」
「うん、ありがとー」
放心状態の『私』をちらりと見やり、ソフィアさんは姿を消した。
一体何者……いえ、追求は後ですね。
「……マリー。その……」
「分かってるよ、クリス。……それとさ」
「……はい」
「ごめん。色々と。言いたいことも、聞きたいこともいっぱいあるけど……今は、喧嘩はこれっきりにしよう」
「ええ……」
……ああ、もう。
先に言おうと思っていたことが全部言われました。
喧嘩はひとまず後回し。
愛してる、今はそれだけでいい。
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