はじめての
「ああ……あああぁぁあああああぁあああ……!」
……目的は、達成した。
別の世界で死んだ私の想い。
別の世界から、この世界でも私に全てを託してくれたルーシーちゃんの想い。
それらを受け継いで、私は目的を……『クリスさんBだけは死なせない』という役目を完遂した。
もう、彼女が自分から命を投げ捨てることはないだろう。
彼女は私の言葉を無視できない。
死んでほしくないという、ただのわがままを。
死んでまで貫いた、私の愛を──。
「…………」
──でも。
「やだ、やだぁ……マリーさん……いや……」
……それだけか。
そこで、この程度で終わりか?
本当にここが行き止まりなのか?
そんなの……あまりにも……。
「……なにも……誰も、幸せにならないじゃんか」
こんな『計画』が成功したところで、何だというんだ。
彼女を死なせたくない、その想いは本物だった。
死なせたくない……それだけだった。
「いくら生きたって、あなたは帰ってこないのに……どれだけ永遠に苦しんだって、永久に取り戻せやしないのにっ! ひどい、ひどいよ、ひどいよ……マリーさん……!」
「……っ」
……私は、彼女のものにはなれない。
ここからどう足掻こうと、彼女は『私』を取り戻せない。
バッドエンドにすらなれない、一番惨めな結末で……始まりだ。
それすら、私はかけらも責任なんて持てないのに……!
「……だいすき、だよ。愛してるよ。だから……あなたを助けて、死ぬつもりだったのに……」
「……でも」
「そんなに、わたしの気持ちがわからない? ねえ、マリーさん……マリーさん……!」
彼女は、ぺたりと床に座り込んだまま。
もう顔も上げず、目すら合わせてくれず、ただ静かに泣き出してしまった。
……気持ちは、分かる。分かりすぎてしまうくらいに。
愛は死よりも重い。
生きる意味をなくして……それで、生きていくなんて……。
「──うだうだ言ってないで、さっさと殺してあげればいいじゃないですか。ねえ、マリー?」
「は……? く、クリスさん……!?」
いつのまにか、私の隣にクリスさんが……クリスさんAが立っていた。
冷ややかな目で、私とクリスさんBを交互に見ている……。
「分かっているでしょう。それが一番すっきりする終わりだって。マリーの手で殺されるのが、『わたし』にとっては一番幸せなんだって……そう、知っているでしょう?」
「な……で、でも……!」
よりにもよって、クリスさんA……クリスさん本人がそんなことを。
でも……!
「さっき、『わたし』は言いました。いつか自分は誰かを殺す、それが吸血鬼だから……と。マリー、あなたは本気で自分の婚約者が……世界は違えど、婚約者が……道を違えるのを、黙って見ているつもりなのですか」
「それ……は…………」
どんな罰も。
彼女が犯すどんな罪も、私は全部背負うつもりで…………いや、違う。
……逃げたのか、私は。
彼女を殺したくない一心で、綺麗事に逃げた。
背負うも何もない……犯す罪は彼女のもので、手を汚すのは彼女自身で。
苦しむのは、彼女でしかないのに。
「それか……あっちの私の願いを叶え、幸せにする方法なら一つありますが……」
「……!! ど、どんな……!?」
まるで想像もつかない。
クリスさんAはほんの少しだけ逡巡した後、私の目を見据えて言う……。
「今ここにいるこの私を、殺しなさい」
「…………は」
「この私を殺し、向こうの私を代わりにマリーの伴侶にしましょうか。私はマリーに殺されて幸せ、彼女もまた失ったマリーをもう一度……」
「……それ以上言ったら、いくらクリスさんでも本気で怒る」
……何を言い出すんだ、この人は。
そんなの論外にも程がある。
そんな馬鹿げた理屈、理解もしたくない……!
「そうですよね。マリーならそう言ってくれると思いました…………では、あちらの私を殺しましょうか?」
「……っ! だ、から……なんっで、そういう話に……!」
「そういう話、ですからね」
「な……っ」
瞬間、クリスさんの目が凍えそうなほどの冷気を帯びる。
未だかつて、向けられたことがない感情……強い、強い怒りだった。
「マリー……あなたを失った私が本気で幸せになれると思っているのなら、そんな生に価値があると本当に思っているのなら……私は心底、あなたを見損ないますが。あなた、自分では愛だのなんだの言っておいて、私のことは結局何も分かっていないでしょう……?」
「は、はあ!? 何を言って……!」
「本気で私を想うなら! いっそ殺せと、そう言っているのですっ!!」
「……っ!?」
これも、かつて聞いたことがないほどの大声で。
クリスさんA……クリスさんは、目に涙を浮かべて私を睨みつけていた。
「永遠なんて意味がない! あなたが、あなたがいなければ何も、何も、なにも、なにもっ! あなたもルーシーさんも何も分かってない、なんにもわかってないよ! わたしがどれだけ……どれ、ほど……っ!」
「……っ……で、でも! 私だって、クリスが死んじゃうなんてのは……!」
「そのマリーはっ!! もう、死んでいるんでしょうっ!!?」
「な……う……!」
思わず、強い言葉で言い返そうとしてしまう。
駄目だ。止まれ。止まれ。止めろ……!
熱くなった頭が、怒りが、痛みが、やるせなさが。
悲しみが、苦しみが、行き場のない叫びが。
思考を、想いを、ぐちゃぐちゃにして……。
「ま、マリーさん! クリスさんっ! 喧嘩なんて、しないでくださいよ……!」
「そうですよ、二人とも落ち着きなさい。あなたたちらしくもない」
「マリーちゃんもクリスちゃんも、二人とも言い分は分かるよ……でも、キミたちがそんな言い合いしたって、生まれるのは傷だけだと思うな……」
イリーナちゃん、アンさん、ルーシーちゃんが、それぞれ間に割って入ってきた。
クリスさんBは……驚いたような、恐怖したような、そんな表情で私たちを眺めている。
当のクリスさんは、溢れた涙をそっと拭っていた。
その瞳は、未だに怒りに燃えている……。
「……マリー。私を、安い女だと思わないで」
「そ、そんなこと思ってないって……」
「ならば証明しなさい。今、すぐに」
「だから……それは……!」
「…………。ふん」
それだけ言って、クリスさんは……私に背を向け、家を出て行ってしまった。
「あ……ま、待ってくださいクリスさん!」
「待ちなさい、クリス……!」
イリーナちゃんとアンさんがすぐさまそれに続く。
薄暗く小さな家の中には、私とルーシーちゃん……それにクリスさんBだけが残された。
「あー……心配しなくても、この辺りに危険はないよ、マリーちゃん。それにあの子たちだって馬鹿じゃない……すぐに戻ってくるよ、無事にね」
「…………」
ルーシーちゃんがフォローを入れてくれる。
けれど、今は……。
「……ごめん、ね……マリーさん。わたしの、せいで……」
「…………」
……今は少しだけ、一人で考えたかった。




