慟哭、その先
「…………は?」
クリスさんが、クリスさんBがあっけに取られたような顔をしている。
私も同じ気分だった。
彼女が……もう、死ねる……?
「キミたち、吸血鬼の不死性に関して、ちょっとだけ勘違いをしてると思うんだよ。それはそんなに残酷なものじゃない……いくら死のうと思っても死ねないなんて、そんな救いのないものじゃないよ?」
「だ……だけど! 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、いくら死のうとしたって死ねなかったのに!」
それはそれで、私としては聞き逃せないのだが。
彼女は、一体何度自殺を試みて……そして、失敗してきたんだ……?
「それは単なる思い込みだよ。どうせ死ねやしない、その程度の想いじゃ死を許してはくれない。吸血鬼、というか化け物の不死なんて大概、生の再構成に過ぎないんだから。心の底から死を受け入れて、死を理解して……そして死ねば、ちゃんと死ねるよ」
「で……でも、ルーシーちゃん……っ!」
「だから、ね。マリーちゃん」
「ふえ……?」
そしてルーシーちゃんは、不意に私に話を振った。
軽くウインクしつつ、まるで……何かを、察しろとでも言うように。
「キミはどうせ、反対するでしょ? たとえ別者だとしても、クリスちゃんが死ぬなんて……許せないってさ」
「そんなの……!」
当たり前だ。
絶対に。
それを受容できるのは、もう私じゃない!
「だから『ボク』は、キミに任せたんだよ。彼女を死なせたくないから……唯一それができる人間に、全部託した。やるだけやってあとは丸投げしたんだ」
「な……なに、を……」
「……もう一度、言うよ。心から死のうと思えない限り、吸血鬼は死ねないんだ」
「…………っ!? ま、さか……!?」
心から、死のうと思えない限り。
私は、彼女を死なせたくない……ならば……!
「あとはキミの仕事。っていうか、それはボクにはできなかったんだよ。他の誰でもない……キミたちの愛でしか、成し得ない」
「…………」
「まあ、どうするかはキミが決めな。任せるよ、マリーちゃん」
そう言って彼女は、ひらひらと手を振りながらまた離れていった。
向こうでクリスさんAたちに何やら事情を説明しているらしい……ここは私に任せろ、と。
……馬鹿馬鹿しい。
最後に愛が解決するなんて……そんな展開、ベタにもほどがある。
「わたし……は…………」
「…………」
……まあ、悪くはないけれど。
「もう……死ねる? 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……なら、もう、しななきゃ……」
「……クリスさん」
「いやだよ。もうずっと、いやだった……すぐ、今すぐに……」
「ねえ、クリスさん」
「…………なに?」
ようやく顔を上げた彼女は、さっきまでとは比べ物にならないほど憔悴していた。
地面にぺたりと座り込み、今まさに、その生を終わらせようとしている。
……どこか、追い討ちをかけるようで心が痛む。
いや、それでいい。
それが私の愛で……それがエゴだって、構わない……!
「私はきっと、クリスさんには死んでほしくないって言うと思う」
「……っ。それが……何に、なると……?」
「なんにも。ただ私は、愛する人が死んでしまうなんて……そんなの耐えられないって、それだけだよ」
それは、以前に痛いほど実感した。
いや、痛かった。
「……そ、それなら! 私の気持ちも分かるでしょ!? もう耐えられないの、ひとときも耐えたくない、あなたがいない世界なんて……もう、いらない……っ!」
「そうだね。でもね……クリスさん」
「なに……ぁぐっ!?」
彼女の首に、手をかけた。
前とは違う。
自分の意思で、だ。
確たる自分の意思で、私は……彼女の首を、少しだけ絞めた。
「……わたしも、耐えられないよ。クリスさんが死ぬなんて。クリスさんが、私以外に殺されるなんて」
「な……ぁ……!?」
「いやだ。いやだ。いやだ……いやだいやだ、いやだ! クリスさんは全部私のものだから、全部私のものにしたいから……だから、クリスさんは私以外には殺させない……っ!」
少しずつ。少しずつ。
彼女の全てを、奪う……寸前で、手を放す。
「……っ! けほ、こほっ……」
「……それを知らせてくれたのも、クリスさんだよ? ねえ、クリスさん……愛してるよ」
「わた……し、も……」
「最後の、最期まで。私以外にクリスさんはあげない。ひとかけらだって、よこさない。その命も、魂も、ぜんぶ」
……それが、今際の私の想いだった。
あの時、それを受け取った。
アンさんや、イリーナちゃんや、ルーシーちゃんと同じく。
一番最後の私の思いを、私の記憶を、私は知った。
「わたし、だって……あげたく、ない」
「……うん」
「マリーさん……マリーさん。マリーさん、マリーさん、マリーさん……っ!」
「うん……私だよ」
手荒いやり方だけど、これ以上なく効果的だった。
私の愛を、彼女に余すところなく伝えるために。
あの時自信が持てなかった覚悟が、今ならはっきりとわかる。
私は……クリスを、殺したいほど愛してる。
「あなたが、ほしい……もう一度、あいたいっ! また、話してよ、まだ笑ってよ、まだ私の隣にいてよっ! 離したくないよ、戻りたくないよ……知りたく、ないよぉ……っ!」
「……そうだね」
私はよく、冗談めかせて彼女の愛が重いだなんて言うけれど……そこは、お互い様ってことにしておこう。
結局のところ、私たちは似たもの同士だ。
「……っ! マリーさん、私と一緒に来て! もう離さないから、絶対に守るから! 私が……一生、あなたを……!」
「クリスさん……」
「永遠に! 永遠に、あなたのそばにいるから! ずっと、ずっと、幸せに……っ!」
……座ったまま、両肩を掴まれた。
彼女の目はどこまでも本気で、言葉はこれ以上にないほど重くて。
けれど、決してそれ以上は近づいてこないのは……きっと、彼女も分かっているんだろう。
私が、何を選ぶかを。
「……ごめんね、クリスさん」
「……っ!」
掴まれた腕を、そっと振り払う。
絶望しきった表情で見つめてくるのが、耐え難く苦しい……でも、言わなくちゃいけない。
「クリスさんには、『そっちの私』がいるよ。ここにいる私なんかじゃなくて」
「でも……でも……っ!」
「その私は、死んじゃった。分かってるよ。……でも、私はきっと忘れられたくないって言うから」
彼女はこの世界に、『思い出を塗り替えに』来た。
前の私を忘れ、ここにいる私で上書きしようと。
それが、彼女のエゴだった。
それは、彼女なりの愛だ。
そしてそれを、私は受け入れたくはない。
……死んだ私も、そう言うだろう。
「や……だ…………」
「私は、『私』の代わりにはなれないよ。分かってるでしょ? ……クリスさんは、幸せになって。私も、絶対に幸せになるから」
……その言葉が彼女をどれほど傷つけるか、分かっていないわけはない。
それでも。
「むり、だよ……っ! 何年経っても、何十年経っても、何百年経っても変わらない! あの時のあなたの泣き顔が、ずっとこびりついて離れないっ! お願い、お願い、おねがい……もう、忘れさせてよ……っ!」
「……忘れないでよ」
「いやだ……いや、だぁ……っ! 私を、許さないくせに……わたしを、死なせてもくれないくせに……っ!」
「……っ」
織り込み済みの、計算通りだ。
彼女は、もう死ねない。
『全てが欲しい』と『私が』言った以上、もう永遠に心から死にたいと思えない。
そして、そうである限り、吸血鬼としての彼女の力が……彼女に、死を許さないだろう。
もしもそれが、彼女の世界にいたルーシーちゃんの計画通りなら……なるほど、本当に性格が悪い。
一番苦しいところは全部、私たちに丸投げじゃないか……!
「いやだよ……こわいよ」
「……なにが?」
「いつか……本当に、あなたを忘れるんじゃないかって。この苦しみが、この痛みが、いつか薄れちゃうんじゃないかって。私の中のマリーさんが……少しずつ、薄れていくのが……怖い…………」
……その永遠に、私は付き添えない。
どれだけ嘆いたって、結局いつか、私は彼女を一人にする。
……本当は、今すぐにでもその手を取りたいけれど。
幸せにするって、全ての彼女を余すことなく幸せにするって……そう、無責任に誓いたいけれど……!
「……クリスさん」
「おねがい。死なせてよ。ころしてよ、マリーさん……! あなたを忘れないままで、あなたが大好きなままで死にたいの……あなたに、触れながら……」
「クリスさん。顔、上げて」
「え……んっ!?」
……私のクリスさんも、少しくらいは許してくれるだろうか。
そんなことを思いながら、クリスさんに……クリスさんBに、キスをした。
ゆっくり、ゆっくりと。
永遠にも思える時間が、過ぎていく……。
「……ふ、う。……忘れないで。生きて、クリスさん……お願い」
「ぅあ……あ……!?」
顔を離すと、彼女につられて涙が溢れそうになった。
これからひとりで永遠を過ごす彼女が、不憫で。
……けれど今、私が泣くのは許されないだろう。
「ごめんね。クリスさんが死ぬのは、やっぱり許せないんだよ」
だから、そう言って笑うくらいしかできない。
……やっぱり、酷いエゴだ。
愛なんかじゃ、何も解決しない。
けれど愛を、生きる活力にすることくらいは……できないだろうか……?
「……ばか。ばか……っ!」
「……うん」
「マリーさんのばかっ! いつまでも、わたしを苦しめる……ばか……っ!」
「うん……そうだよ」
どれだけ馬鹿だって構わない。
どれほど非情だっていい。
彼女を生かすためならば、悪役にだってなってやる。
とても格好なんてつかないけれど……それしか想えない。
彼女が、生きてくれること。
馬鹿な私は、そんな残酷なことしか愛せない。
「……わたし。いつか、誰かを殺すよ! 殺して、食べて、汚れるよ!? 憎まれて、恨まれて、蔑まれるんだよ……それが、吸血鬼だから……!」
「……そう」
そうだとしたら、私も共犯だ。
彼女を生かし、結果的に殺しを生むことになるんだから。
……なんて、光栄なことだろう。
「……っ! いつか……あなたにだって、触れられなくなる! 汚れきった私は、もうあなたの隣にいられない! 人の敵は、化け物は、鬼は……あなたを、愛せない……っ!」
「……違うよ、クリスさん。それなら、私にも背負わせて」
彼女が、いつか犯す罪を。
その罰を、せめて一緒に背負いたい。
それが、何の手向けにもならなかったとしてもだ。
「なんで……っ!」
「大好きだから」
「なんで私を苦しめるの!? なんで私を楽にしてくれないの!? なんで……っ……わたし、を……」
「愛してるからだよ! 永遠に、絶対に、嫌いになんてなってやるもんか! クリスさんが何をしたって、絶対に大好きなままでいるからっ!」
……やっぱり。
自分勝手以上の意味を、私は彼女に持たせられない。
「う……あぁっ……うあああぁあぁああああぁあああああああっ……!」
それがどれほど、無責任で。
どれだけ、彼女を傷つけたとしても。




