顛末、結末?
「……おはよう、クリスさん」
「マリー、さん……」
消沈しきった表情で座り込む彼女……クリスさんBの正面に、ゆっくりとかがみ込む。
聞きたいことは山ほどあった。
確かめたいこともいくらでもある。
けれど、まずは……。
「ありがとね……助けてくれて。ずっとそう言いたかったのに、なんで消えちゃうのさ」
「……お礼を言われる筋合いなんて、ないから」
「……そう?」
彼女は一度、今朝で二度、私を……助けてくれた。
世界を渡って、時間を渡って、私を助けに来てくれた。
私のためにそこまでしてくれた彼女に、お礼を言わない理由がない……。
「違う」
「……え?」
「マリーさんのためなんかじゃない。……私のためだよ。どこまで行っても、どう言っても、ただの私のエゴでしかない」
「そ、そんなことは……」
ない。
そう言おうとして、思わず口をつぐんだ。
私は、彼女のことを断片的にしか知らない。
ほんの少しだけ感じた記憶と、あとは全部伝聞……そんなんじゃ、何も分からないことに気づいたからだ。
「……マリーさん。私の世界で、あなたがどうして死んだのか……知ってる?」
「え? あ、いや……」
……知らなかった。
当然ではあるが。
「そうだよね。私、その部分だけは省いたから……都合よくあなたを操るために、あなたに渡した記憶からそこだけは故意に抜き取ったから」
「あ、操るってそんな……」
そう言って彼女はどこか自罰的に、嘲るような笑みを浮かべた。
ひどく痛々しい……彼女が次に発する言葉が、怖い……。
「私があなたに刷り込んだ記憶は、一つ。あなたが死んだ後、ルーシーさんがそれを私たちに伝えに来て……私が、自殺する時までの記憶」
「……そう、だね」
あの生々しい死の情景が思い起こされる。
文字通り、冷たく苦しい夢の中でそれを観た。
……正直できるだけ考えたくなくて、思い出さないようにしていたのだけれど。
「じゃあ、どうして? どうしてルーシーさんが、それを真っ先に知らせに来たの? どうしてあんなに申し訳なさそうに、それを私に『謝りに』来たの? ……どうして私は、そのことで何より自分を責めたの?」
「……っ。ま、さか……」
的確に、嫌な想像をさせられる。
断片的な情報がつながり、線を成し……一番、嫌な方向へ。
「……あの朝、私とマリーさんは……喧嘩をした。それで、マリーさんは部屋を飛び出した」
「…………」
「その時は全然知らなかったけど、あの時マリーさんはルーシーさんにそのことを相談しに行ったんだって……オリバーくんの散歩がてらに、どうすれば仲直りができるかって考えてた」
「……それは」
確かに、私のやりそうなことだ。
もし、私がクリスさんと喧嘩して……そして部屋を飛び出すようなことになったら、わずかな癒しを求めてオリバーの元へ向かうだろう。
そして結局そのまま途方に暮れて、藁にもすがる思いでルーシーちゃん辺りに頼って……色々考えて。
帰ったらなんて言おうとか、どんな言葉で謝ろうとか……あるいは過去の自分を責めたりして。
「私も、いっぱい考えた……騒ぎを聞きつけたイリーナさんが部屋に来て、私の話を聞いてくれた」
「はは……」
それもやはり、ありそうな流れだ。
イリーナちゃんはよく遊びに来てくれるし、学園内の情報にも耳が早いし。
「──で。マリーさんは、いつまで経っても帰ってこなかった」
「……っ」
「ルーシーさんの命を狙ってるとかいう輩に、たまたま巻き込まれて死んだんだって。……そんなこと、どうっでもよかったけど」
……それもまた、ありがちで。
なんとも、救いようのない。
ルーシーちゃんは吸血鬼だし、そういう因縁もなくはないのだろう。
結果としてそばにいた私まで巻き込まれて……私たちは、永遠に仲直りの機会を失いました、と。
「……で、でも! 私は絶対……!」
「そんなことで、マリーさんが私を恨んだりはしない。きっと最後の最期まで私のことを考えて、クリスさんごめんなさいとか……そんなことばっかり考えて、死んだ。……分かってるよ、それくらい」
「そう……だよ。どんな結果だったって、私はクリスさんが大好きだ。だから」
恨んでなんかいない。
後悔こそあれ絶対に、私は最期まで幸せだった。
だから……!
「……だから、何よりも嫌なんですよ」
「……っ」
「後悔も、罪悪感も、引きずり続けるのは私だけ。結局、自殺も失敗した……ルーシーさんが私を吸血鬼なんかにしたせいで、絶対に死ねない体になった」
「……そ、れは……」
それだって、ルーシーちゃんに悪気があったわけじゃあるまい。
むしろ逆だ。
私を死なせてしまったからこそ、せめてクリスさんだけは、って……。
「……私ばっかり。私だけ、思い出はずっと暗いまま。最後に見たあなたの顔は、あなたが泣いた顔のまま」
「…………」
「だから……それが、嫌だったから」
そのために。
……そのためだけに。
「クリス、さん……」
「私は、あなたを助けに来たんです。私の未来に、あなたがいなくても……永遠に、あなたを塗り替えるために」
「…………」
塗り替える。
思い出を、美化する。
……なるほど、彼女のためだった。
確かにそれは、彼女のエゴでしかないのかもしれない……けれど……。
「だから、感謝なんていらない。私にとっては、あなただってもう必要ない。都合よく利用して、『元の』あなたを忘れるための……道具だから」
「そんなこと……言わないでよ……」
「いらない。いらないいらないいらない……いらない。……もう二度と、『あなた』を思い返しもしない」
……それは。
彼女にとっての、彼女の私が。
彼女の世界にいた私が、もう、永遠に…………。
「──あー。ふたりとも、ちょっといいかな?」
「……えっ? る、ルーシーちゃん……?」
いつのまにか、すぐ傍らにルーシーちゃんが立っていた。
私のクリスさん……クリスさんA、イリーナちゃん、アンさんはまだ少し遠くで私たちを見守っているようだが……。
「横槍を入れるようで悪いけど……クリスちゃん。『キミの世界のボク』は、キミに、何をどう話した?」
「何を……?」
「いや。キミの語り口というか、話し方というか……前提からして、そもそもずれているような気がしてならないのだけれど」
「……何のこと? どうでもいいよ、そんなの」
前提?
一体どういうことだ?
「本当に、心当たりがない……? いや、ボクが考えそうなことといえばそうだけど……だとしたら、ボクも性格が悪いな……」
「えーっと……る、ルーシーちゃん? 本当、何の話?」
「……話していいのかな。いや、いいんだろうな……全く、ボクの役立たずめ……」
「はあ……? 何のことか知らないけど、話すなら早く話してよ……ルーシーさん」
しばし考えるような素振りをした後、一呼吸おいて彼女は告げる。
まるで、余命宣告か何かのように。
「……クリスちゃん。キミは──もう、死ねるはずだよ?」




