ある場所で
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「……見つけたよ。クリスちゃん」
「……っ!」
驚いたように、そして忌々しそうに、金髪の彼女は振り返った。
薄暗くて小さなとある家の中、生臭い臭いが広がっている。
その彼女の足元は、骨と肉片と赤黒い液体で汚れているようだ……食欲は、わかないな。
「それで満足? 確かに、キミにとってはそれが一つの解決法だろうね。けれど……」
「うるさいっ!」
「おっと」
苛立ちを紛らわすためか、彼女は近くにあった椅子を蹴り飛ばしてきた。
というか、その程度のことしかできないのだろう……彼女は両手が塞がっているのだから。
大切に大切に、『それ』を抱え持っている。
「何も知らないくせに! 私をこんな体にしたことも、お前のせいであんなことになったのもっ!」
「それは別のボクのことでしょう? 知ってる、とまでは言わないけど……その記憶も、キミが連れてきたじゃないか。意図してのことかは知らないけど」
「お前のせいだ! 全部、全部、ぜんぶぅ! お前がぁ、お前さえいなければ……っ!」
ボクのせい、か。
……否定はしない。
別の世界のボク……『向こうのルーシー』の記憶を、ボクは持っている。
アンちゃんやイリーナちゃんと同じように、それの影響を受けた身だ。
だから、全部でなくとも分かる。
向こうのマリーちゃんが死んだのは……向こうのクリスちゃんが吸血鬼になったのは……紛れもなく、ボクがいたから起きたことだ。
「……でもね、クリスちゃん」
「もういらないっ! いらない、いらない、いらない、いらないんだぁっ! こんな世界も、お前も、私だって!」
「そっか。キミが大事に抱えてるその子も、もういらない?」
「……っ!」
吸血鬼の方のクリスちゃんが、両腕に抱えた……赤ん坊。
他の誰でもない。
赤ちゃん化した、この世界のマリーちゃんだ。
ボクが偶然生み出した魔法を、あんな方法で活用するとは……。
「人ひとり、眠らせて運ぶのって大変だからねえ。物理的に小さくして運ぶってのは、ちょっと手荒いけどいい方法だと思うよ? 誰にも怪しまれないだろうしね」
「……これは、ただの人質。お前に、手出しさせないための……!」
「もちろん、その意図もあっただろうさ。無駄だけど、ね」
「なっ……!」
ずっと前から使っていた魔法を解く。
クリスちゃんの足元にあった骨が、肉が、血の海が、ぐちゃぐちゃになった人の体が……消え去った。
何のことはない。
ただの、ダミーだ。
「キミが、ここにいた人間たちを殺そうとしていたのは分かってたよ。多少の制約があろうと、吸血鬼が人間を殺すなんて造作もないしね……だから手を打っておいたんだ。あらかじめこの場所の人間を追い払っておいて、そっくりに作った偽物だけを置いておいた。読んで字の如く、人形ってね」
「おま……え……っ!」
挑発的な物言いを、むしろ心がける。
そうでなくちゃ、この後のブラフの意味がないからだ。
「ボクに手を出すなら、マリーちゃんごとキミを殺そう」
「……っ!」
人質は、彼女だけに有効に働くわけじゃない。
かけらもその気がなくたって、ボクがそう言うだけで彼女は動けないだろう。
そんな人質じゃ、足枷にしかならないのにね。
「マリーちゃんを返しな。そうすれば、傷つけないでおいてあげる」
「この……人でなし……!」
「何その暴言。狙ってる?」
確かに人ではない。
何かといえば鬼だ。
ともあれ、彼女からマリーちゃんを受け取る……それだけで、彼女は活力を失ったようにへたりと地面に座り込んだ。
愛の重さが窺い知れる。
気の毒だが、ボクがかける言葉は今のところない。
「……何も、言わないの?」
「んー? だって、ボクが全部持ってっちゃったら興醒めだしさ」
「何を……」
ボクの言葉じゃ、どうせ彼女は動かせない。
この場の主役はボクじゃない。
この場所を知っているのは、ボクだけじゃないんだから──。
「──はあ、はあっ……マリーさんっ!」
「ああ、来たね。おはよう、クリスちゃん」
ドアが勢いよく開けられて、転がり込むように一人の少女が入ってきた。
上がりきった息、滴る汗。
いつもはきっちりと整えられている金髪が、今日はところどころ撥ねている。
ここまで全力で走ってきたのだろう。
愛の力は凄まじい。
「ま、待ってくださいよクリスさん……!」
「待ちなさいクリス、いくらなんでもそんな乱暴に……」
続いて二人、こちらもクリスちゃんほどではないが疲れ切っている。
イリーナちゃんとアンちゃんだ。
イリーナちゃんがこの場所を教えたのだろう。
マリーちゃんも、いい友達を持ったものだ。
「マリーさん……マリーさん……!」
「ここだよ、クリスちゃん。ほら」
「わぷっ……!? ま、マリーさん!」
「眠っているから、介抱してあげて」
ひとまず、赤ちゃん化の魔法は解いておいた。
まだ眠っている彼女を、こちらのクリスちゃんに預ける……じきに目も覚めるだろう。
「……なん、で……わたし……」
「はあ? なんで、はこちらの台詞ですよ! なぜ私のマリーさんを、私の、マリーさんを!」
「…………」
「答えなさい! 二度も奪っておいて、逃げるなんて許しませんから! もう絶対、絶対に!」
クリスちゃんがクリスちゃんを問い詰めている。
マリーちゃんを抱き抱えたまま詰め寄るクリスちゃんに、うなだれるクリスちゃん……ああややこしい。
何かこう、いい呼び分け方はないだろうか……。
「……わたし、だって」
「はい?」
「わたしだって! マリーさんと、一緒にいたかった!」
問い詰められている方のクリスちゃんが、慟哭するように叫ぶ。
あまりの迫力、剣幕に、一瞬だけ擬似的な静寂が訪れた。
「……っ。それが、私のマリーさんを奪っていい理由になると……」
「奪ってなんかない! 守ったんだ!」
「はあ? 何を言って……!」
……守った、か。
それがきっと、今の彼女を動かす理由なんだろうけれど……。
「……うぅ……ん。うるさいよ……クリスぅ……」
「!? マリーさん!? マリーさんっ!」
そんな最中、マリーちゃんの目が覚めたようだ。
この場にいるほとんど全員が、思わず固唾を飲んで見守っている。
「なに…………ふえっ!? イリーナちゃん、アンさん……ルーシーちゃんまで! ななな、なんでみんな……ってかここどこ!?」
「そ、それは……」
目覚めた彼女は、混乱したように辺りをぐるぐると見回した。
どうやら特に体の不調はないらしい、とこっそり胸を撫で下ろしておく。
ほどなくして彼女は二人いるクリスちゃんに目を留め、ボクを見て、理解したように呟いた……。
「……ああ、そう。そういう、ことか」
「ま、マリーさん……?」
「ごめん、クリスさん。イリーナちゃんにアンさん、ルーシーちゃんも。……ほんの少しだけ、あっちのクリスさんと話をさせて」
「え……なぜ……!?」
……寝起きにしては頭が冴えている。
彼女なりに状況を理解して、判断を下したようだ。
やはり彼女も、ある程度は知っているのだろう……。
「大丈夫。危険なことなんてないよ」
「でも……!」
「クリスさんは、私を傷つけるような人じゃない」
「それ……は……」
強い信頼に裏打ちされた、ある種の自信。
ほんの少しだけ危なっかしいけど、これ以上なく……頼もしい。
「……任せるよ。マリーちゃん」
「うん。クリスさんのことなら、任せて」
「マリーさん……」
心配はないだろう。
やや離れた位置で未だ座り込んでいる向こうのクリスちゃんに、ゆっくりと歩み寄っていくマリーちゃんを見て、ほとんど確信も同然にそう思った。
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