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悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

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57/161

ある場所で

 ***


 ***






「……見つけたよ。クリスちゃん」

「……っ!」


 驚いたように、そして忌々しそうに、金髪の彼女は振り返った。

 薄暗くて小さなとある家の中、生臭い臭いが広がっている。

 その彼女の足元は、骨と肉片と赤黒い液体で汚れているようだ……食欲は、わかないな。


「それで満足? 確かに、キミにとってはそれが一つの解決法だろうね。けれど……」

「うるさいっ!」

「おっと」


 苛立ちを紛らわすためか、彼女は近くにあった椅子を蹴り飛ばしてきた。


 というか、その程度のことしかできないのだろう……彼女は両手が塞がっているのだから。

 大切に大切に、『それ』を抱え持っている。


「何も知らないくせに! 私をこんな体にしたことも、お前のせいであんなことになったのもっ!」

「それは別のボクのことでしょう? 知ってる、とまでは言わないけど……その記憶も、キミが連れてきたじゃないか。意図してのことかは知らないけど」

「お前のせいだ! 全部、全部、ぜんぶぅ! お前がぁ、お前さえいなければ……っ!」


 ボクのせい、か。

 ……否定はしない。


 別の世界のボク……『向こうのルーシー』の記憶を、ボクは持っている。

 アンちゃんやイリーナちゃんと同じように、それの影響を受けた身だ。



 だから、全部でなくとも分かる。

 向こうのマリーちゃんが死んだのは……向こうのクリスちゃんが吸血鬼になったのは……紛れもなく、ボクがいたから起きたことだ。


「……でもね、クリスちゃん」

「もういらないっ! いらない、いらない、いらない、いらないんだぁっ! こんな世界も、お前も、私だって!」

「そっか。キミが大事に抱えてるその子(・・・)も、もういらない?」

「……っ!」


 吸血鬼の方のクリスちゃんが、両腕に抱えた……赤ん坊。



 他の誰でもない。

 赤ちゃん化した、この世界のマリーちゃんだ。


 ボクが偶然生み出した魔法を、あんな方法で活用するとは……。


「人ひとり、眠らせて運ぶのって大変だからねえ。物理的に小さくして運ぶってのは、ちょっと手荒いけどいい方法だと思うよ? 誰にも怪しまれないだろうしね」

「……これは、ただの人質。お前に、手出しさせないための……!」

「もちろん、その意図もあっただろうさ。無駄だけど、ね」

「なっ……!」


 ずっと前から使っていた魔法を解く。

 クリスちゃんの足元にあった骨が、肉が、血の海が、ぐちゃぐちゃになった人の体が……消え去った。


 何のことはない。

 ただの、ダミーだ。


「キミが、ここにいた人間たちを殺そうとしていたのは分かってたよ。多少の制約があろうと、吸血鬼が人間を殺すなんて造作もないしね……だから手を打っておいたんだ。あらかじめこの場所の人間を追い払っておいて、そっくりに作った偽物だけを置いておいた。読んで字の如く、人形ってね」

「おま……え……っ!」


 挑発的な物言いを、むしろ心がける。

 そうでなくちゃ、この後のブラフの意味がないからだ。


「ボクに手を出すなら、マリーちゃんごとキミを殺そう」

「……っ!」


 人質は、彼女だけに有効に働くわけじゃない。

 かけらもその気がなくたって、ボクがそう言うだけで彼女は動けないだろう。


 そんな人質じゃ、足枷にしかならないのにね。


「マリーちゃんを返しな。そうすれば、傷つけないでおいてあげる」

「この……人でなし……!」

「何その暴言。狙ってる?」


 確かに人ではない。

 何かといえば鬼だ。



 ともあれ、彼女からマリーちゃんを受け取る……それだけで、彼女は活力を失ったようにへたりと地面に座り込んだ。

 愛の重さが窺い知れる。

 気の毒だが、ボクがかける言葉は今のところない。


「……何も、言わないの?」

「んー? だって、ボクが全部持ってっちゃったら興醒めだしさ」

「何を……」


 ボクの言葉じゃ、どうせ彼女は動かせない。

 この場の主役はボクじゃない。



 この場所を知っているのは、ボクだけじゃないんだから──。


「──はあ、はあっ……マリーさんっ!」

「ああ、来たね。おはよう、クリスちゃん」


 ドアが勢いよく開けられて、転がり込むように一人の少女が入ってきた。

 上がりきった息、滴る汗。

 いつもはきっちりと整えられている金髪が、今日はところどころ撥ねている。


 ここまで全力で走ってきたのだろう。

 愛の力は凄まじい。


「ま、待ってくださいよクリスさん……!」

「待ちなさいクリス、いくらなんでもそんな乱暴に……」


 続いて二人、こちらもクリスちゃんほどではないが疲れ切っている。

 イリーナちゃんとアンちゃんだ。


 イリーナちゃんがこの場所を教えたのだろう。

 マリーちゃんも、いい友達を持ったものだ。


「マリーさん……マリーさん……!」

「ここだよ、クリスちゃん。ほら」

「わぷっ……!? ま、マリーさん!」

「眠っているから、介抱してあげて」


 ひとまず、赤ちゃん化の魔法は解いておいた。

 まだ眠っている彼女を、こちらのクリスちゃんに預ける……じきに目も覚めるだろう。


「……なん、で……わたし……」

「はあ? なんで、はこちらの台詞ですよ! なぜ私のマリーさんを、私の、マリーさんを!」

「…………」

「答えなさい! 二度も奪っておいて、逃げるなんて許しませんから! もう絶対、絶対に!」


 クリスちゃんがクリスちゃんを問い詰めている。

 マリーちゃんを抱き抱えたまま詰め寄るクリスちゃんに、うなだれるクリスちゃん……ああややこしい。


 何かこう、いい呼び分け方はないだろうか……。


「……わたし、だって」

「はい?」

「わたしだって! マリーさんと、一緒にいたかった!」


 問い詰められている方のクリスちゃんが、慟哭するように叫ぶ。

 あまりの迫力、剣幕に、一瞬だけ擬似的な静寂が訪れた。


「……っ。それが、私のマリーさんを奪っていい理由になると……」

「奪ってなんかない! 守ったんだ!」

「はあ? 何を言って……!」


 ……守った、か。

 それがきっと、今の彼女を動かす理由なんだろうけれど……。


「……うぅ……ん。うるさいよ……クリスぅ……」

「!? マリーさん!? マリーさんっ!」


 そんな最中、マリーちゃんの目が覚めたようだ。

 この場にいるほとんど全員が、思わず固唾を飲んで見守っている。


「なに…………ふえっ!? イリーナちゃん、アンさん……ルーシーちゃんまで! ななな、なんでみんな……ってかここどこ!?」

「そ、それは……」


 目覚めた彼女は、混乱したように辺りをぐるぐると見回した。

 どうやら特に体の不調はないらしい、とこっそり胸を撫で下ろしておく。


 ほどなくして彼女は二人いるクリスちゃんに目を留め、ボクを見て、理解したように呟いた……。


「……ああ、そう。そういう、ことか」

「ま、マリーさん……?」

「ごめん、クリスさん。イリーナちゃんにアンさん、ルーシーちゃんも。……ほんの少しだけ、あっちのクリスさんと話をさせて」

「え……なぜ……!?」


 ……寝起きにしては頭が冴えている。

 彼女なりに状況を理解して、判断を下したようだ。


 やはり彼女も、ある程度は知っているのだろう……。


「大丈夫。危険なことなんてないよ」

「でも……!」

「クリスさんは、私を傷つけるような人じゃない」

「それ……は……」


 強い信頼に裏打ちされた、ある種の自信。

 ほんの少しだけ危なっかしいけど、これ以上なく……頼もしい。


「……任せるよ。マリーちゃん」

「うん。クリスさんのことなら、任せて」

「マリーさん……」


 心配はないだろう。

 やや離れた位置で未だ座り込んでいる向こうのクリスちゃんに、ゆっくりと歩み寄っていくマリーちゃんを見て、ほとんど確信も同然にそう思った。






 ***


 ***

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