急転直下
「…………むぁ」
意識が、次第に戻っていく。
休眠状態にあった自分が、少しずつ形どられていく。
眠っていた、そんな当然の理解は必要ない。
目覚めてすぐに想ったのは、いつも通り愛する人のこと……。
「おはようございます、マリーさ…………ぁ……?」
……隣には、いなかった。
ならばと思って部屋を眺め回しても、あるのは空虚な空間ばかり。
まだ朧げだった意識が、急激に覚醒へと向かう。
「……マリー、さん。どこですか」
いない。いない。いないいないいないいないいない。
出かけた気配はない、もしそうなら確実に分かる、そうでなくても……彼女が、何も言わずに出ていくはずがない!
「……っ! ルーシーさん! ルーシーさんっ!」
窓を開け、出したこともないような大声で叫ぶ。
昨日の今日のこの状況で、真っ先に頼れるのは彼女だけだった……しかし。
「……こ、ない……?」
普段は、マリーさんがこうして呼べばすぐに来てくれる。
しかし今日に限っては、どれほど待とうと彼女が現れる気配はなかった。
きっと他に用事でもあるのだろう、そう解釈したいが……。
「…………。違いますね。これは絶対に、普通じゃない」
直感的に、そう思った。
今すぐにでも駆け出したい衝動を抑え、もう一度部屋を眺め渡す。
冷静さを失ってはいけません。
もしも今が本当に、私の想像通りの状況ならば……。
「……何をやっているのです、私。マリーさんは、私が守るんでしょう……!」
余計なことを考えるのはやめましょう。
とにかく今は、一刻も早く。
***
「イリーナさん! イリーナさん、イリーナさんっ! 起きてください!」
「ふあ……クリスぅ? どうしたのですか、こんな朝早くに…………あっ」
……イリーナさんの部屋を訪ねたら、当然のようにアンさんが出てきました。
なるほど。
私たちの部屋を訪ねた時のイリーナさんの気持ちが、今になって分かります……。
「……って、そんなことどうでもいいんです! アンさん、イリーナさんは!?」
「イリーナ……さんなら、まだ眠っていますよ。後で……」
「今すぐに! マリーさんがいなくなったんですっ!」
「…………。入りなさい、クリス」
話が早い。
部屋に上がり込み、私たちの部屋のそれと同じ位置にあるベッドを目指す。
確かにアンさんの言った通り、イリーナさんは眠っていました。
可愛らしい寝顔ですやすやと……叩き起こすのは流石に気が引けますが、それでも……!
「……イリーナさんっ!」
「ぴぇぁっ!? く、くく、クリスしゃん!?」
「起きてください! マリーさんが、いま……!」
「少し落ち着きなさい、クリス。声が大きい」
アンさんに咎められた。
つい大声を出してしまったのは反省ですが、落ち着くわけにはいきません。
落ち着いてなんていられません。
「お、おはようごじゃいまひゅっ! クリスさ、えと、あれ……なんで私の部屋に……?」
「すみません、緊急事態でして……」
現時点で分かる限りのことを二人に話す。
やはりと言うべきか、アンさんはやや首を傾げていましたが……イリーナさんは……。
「……そ、そう……ですか……」
煮え切らない反応。
そんな気はしましたが、やはり……!
「……イリーナさん。何か知っているなら、話してください」
「ちょ、ちょっとクリス? まさかイリーナさんを疑っているんですか?」
「いえ、そういうわけでは。でも……」
無論、イリーナさんが直接関わっているとは思っていません。
ただ、彼女もまた何かを知っている可能性はある、と思っていました。
私だけは絶対に知りえない、何かを。
「知ってる……わけじゃ、ないんですけど。夢とかそんな感じで、何かを覚えているような……そんな気は、します」
「何でもいいんです。少しでも、本当に少しでもいいから、『私』の情報を……お願い、します」
頼み込んでは見たものの……やはりと言うべきか、彼女には迷いが見えました。
今の私には断片的にしか察せないものの、やはり話しづらいことなのでしょう。
けれど、退くわけにはいきません。
私には……私にだけは、その記憶がないから。
別の世界の私の、私たちの、記憶。
『その世界』の記憶を、私は持っていないから……。
「……私が知っていることを話したら、マリーさんは……見つけられますか……?」
「……分かりません。私が原因だと思っていることも、想像に過ぎませんから。もしかしたら、マリーさんがいなくなったこととは全然関係がないのかも……」
「いいえ」
「……っ」
断定するような口調。
天真爛漫な彼女は、吹っ切れたように……口元だけ歪ませて、言った。
「関係、ありますよ。知ってます。全部じゃないけど、聞きましたから」
「……それじゃあ」
「お話しします。本当に夢みたいだし、ぜんぶ間違いかもしれないけど……私が見て、聞いたことを」
急く私を窘めるようにゆっくりと、イリーナさんは語り始めました。
見てきたように鮮明な、別の世界のこと。
私たちとは違う私たちの、それでもやっぱり愛だったこと。
***
***




