表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/161

一日と。

「はーっ……はーっ……けほ、こほっ」

「あ……ぇ……」


 左の頬が、じんじんと痛む。

 痛むであろう首を抑えつつ苦しげに呼吸をするクリスさんと、それを……見つめるだけの私。


 驚愕、恐怖、安堵、安心。

 色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、何もできない。



 ……クリスさんとの間に流れる、嫌な空気も。

 作り出したのは、私だった。


「……ふ、ぅ。──マリーさん」

「は、はいっ……」


 彼女は険しい顔を崩さずに、無言で私に詰め寄ってくる。



 当たり前だ。

 私は……彼女の首を絞めたのだ。


 理由なんて関係ない。

 それだけが、事実だ。


「随分と……舐めた真似をしてくれますね」

「う……」

「あなた、本気で私を殺そうとしたでしょう。言い逃れはさせませんよ」

「ご……ごめ……」

「謝って済むことだとでも?」

「……っ」


 彼女はあの時、私の頬を引っ叩いて無理やり引き剥がした。

 驚きはしたが、正しい行動だ……正当防衛以外の何物でもない。



 ……私のせいだ。

 どう足掻いても私が悪い。

 返す言葉が、見つからない……。


「……傷つきましたよ。すごく」

「……っ! く、クリス……さん……」

「その程度だったんですね。マリーさんにとって、私は……」

「そんな、こと……っ!」


 ……それは、違う。

 違う……違う。違う違う違う違う!


 何よりも、他の何よりも大切なのはクリスさんだ!

 クリスさんさえいれば、他に何もいらないって……そう、本気で……!


「……私、そんなに安い女ですか。ねえ?」

「そんなわけない……!」

「いいえ、そうでしょう。だって──」

「……っ!」


 ぐっと、彼女が顔を近づけてくる。

 鼻先が触れそうな、それほどの近距離から……。


「──あなたのために死ぬことすらも、できないと思われているんですよね」

「……は……?」


 天井を仰ぐ。

 いや、仰がされる?



 ……クリスさんに、押し倒された。

 そう理解した時には既に、私の体の上にクリスさんが……のしかかっていた。


「ねえ、マリーさん。私、本気で、あなたになら命を捧げられますよ」

「な……なにを」

「私の死が、少しでもあなたの利になるのなら。それなら私は、躊躇なくこの命を投げ出しましょう」

「何を……言って……?」


 一体何の真似だ。

 何の宣言だ、これは?


「……でー、もー、ねぇー」

「むぐっ!?」


 押し倒された体勢のまま、無理やり唇を唇で塞がれた。


 彼女の匂いが、体温が、あまりに直接伝わってくる。

 何もかも、普段の彼女と同じだった……怒って、ない?



 いや……怒ってはいるのか?


「ぷはっ……マリー。あなた、泣いたでしょう。私を本気で殺そうとしたくせに、本気で泣いていたでしょう?」

「……そ、それは……」


 そうだった……かもしれない。



 あの時は、何が何だか分からなくて。

 嫌で嫌で仕方がないのに腕が、指が、全く言うことを聞いてくれなくて。


 完全に私の意思に反して、彼女を絞め殺そうとするのが……それが嫌で、泣いていた。

 と、思う。


「馬鹿馬鹿しい。安く見られては困りますよ、マリー。もし、私を殺すつもりなら──」

「……っ!」


 頭を、がっしりと掴まれた。

 彼女は固まって動けない私に顔を近づけ、耳元の、息が吹きかかるような距離で……。


「──本気で、殺す覚悟をしなさい」

「は、はい……ひゃぅっ!?」


 聴いたことがないくらい低い声で、そう続けて。

 流れるように私の耳を食んだ。



 ……怒っているんだかいないんだか、よく分からない。

 けれど、怒らせてしまったんだろう……彼女の言葉を借りるなら、彼女を『安く見ていた』ことに。


「マリー。あなたに首を絞められたこと自体は、何ら怒ってはいませんが……殺されそうになったことだって、全く恨んではいませんが。それがもしも、結果的にあなたを悲しませるのなら、私は全力で抵抗しますから」

「……うん。ありがとう」


 抵抗してくれて。

 私を……引き戻してくれて。

 素直に、そう言える。


「……ふふ。よかった」

「え?」

「マリーまで、おかしくなったんじゃないかって思った。アンさんみたいに……私の手に負えなくなっちゃったんじゃないかって、そんな遠くまで行っちゃったんじゃないかって……不安だったから」

「……そっか。ごめん」


 ……その見立ては、きっと正しい。

 あの時の私は、『私』ではなかったから──『違う私』だったから。



 戻ってこられたのは何故だろう。

 愛の力? ……いやいや、そんな馬鹿な。

 そんなもので覆せるほど、甘いものじゃない。はずだ。


「ところで……ねえ、マリー?」

「なあに? クリス」

「……首を絞められるって、案外気持ちいいんだね」

「は、はは……」


 ブラックジョークが過ぎる。

 私はそんなに恋人を雑に扱う人間だと思われているのだろうか。

 いくらなんでも、もうあんなことはしない…………はず……。


「……今度は私が、やってみる?」

「え、遠慮しとく」

「そう…………」


 なぜ本気で残念そうにする!?

 マリーのMはドMのMじゃないよ!!?


「……まあ、いいや。それなら他の手段で、私を満足させて」

「ご……ご飯でも奢ればいいのかな……?」

「本気で言ってる?」

「はは……」


 ……まだ、昼くらいなのだが。

 それでも今日は、眠れそうになかった。






 ***


 ***






「──と、そういうことがあったんですよ」

「へえ……そ、そっか。まあ、キミたちがそれでいいならいいんだけど……」


 真夜中の来訪者に、昼間起きたことのあらましを語る。


 正直面倒ではありましたが、私の首元にできた痣がどうしても気になるとのことで。

 それを治療してもらう間に、大方話し終えたのですが……。


「……ルーシーさん。はぐらかさないで答えてください」

「んー? まあ、ボクに分かることならいいよ」

「マリーさんの身に起きたこと。あれは、本当にアンさんや他多くの人のそれと同質のものでしょうか……?」


 ……聞くなら今しかない、そう直感しました。


 当のマリーさんは、疲れ果てて眠っています。

 というよりついさっき眠りについたばかりで、私も眠ろうとしたところにルーシーさんがやってきたのです。



 ……あの時、ほんの一瞬でも疑いを持った自分が……嫌だ。

 どうもマリーさんは、私の知らないことを知っているような気がしてならなくて……。


「ふむ……難しい質問だね。同質か否かという点だけで見れば、おおよそ同質であると言えるんじゃないかな? どちらも等しく、『別の記憶』の干渉を受けたものだろうから」

「では……他の観点では?」

「……同等のものではない、可能性はある。明言したわけじゃないし、明確ではないけれど」


 ……誰が、何を明言していないのか。

 それは、彼女の眼差しで直感的に分かりました。



 ……本当に面倒な女ですね……。


「……治療法は?」

「……ない、と答えておくよ。あれだけ危険なものに、全てを賭けるわけにはいかないから」

「そう、ですか……」


 マリーさんの抱える苦痛を、ほんの少しでも和らげる方法があるのなら。

 そんな一縷の望みを託したつもりだったのですが、現実は厳しいです。

 安全が第一だと理解はできても、やはり納得はしがたいですが……。


「けれど……いや、これは仮定だな。簡単なことじゃないし、偶然と呼んだ方が近い……試す価値くらいは、あると思いたいけどね……」

「……なんでもいいです。とにかく」


 私の邪魔をする『私』とかいう、ふざけた存在は。

 『私』のくせにマリーさんを苦しめる、どうしようもない阿呆は……少しばかり、懲らしめないといけないでしょう。


「ああ。なんにせよ、彼女との決着はつけよう……近いうちにね」

「その通り。……では、そろそろ帰っていただけますか? 吸血鬼のあなたと違って、私たちには睡眠が必要ですので」


 既に時刻は夜遅く。

 彼女にとっては都合がいいかもしれませんが、私たちにとっては別です。



 あとどれだけ、こうしてゆっくりと休めるかだって分からないのですから。


「はは……おっしゃる通り。夜中に押しかけちゃって悪かったね。それじゃあばいばい、クリスちゃん」

「ええ、さようなら。……治療、ありがとうございます」

「ん、どういたしまして」


 ……決戦の時は、近いのでしょうか。

 ルーシーさんが出入りした窓を閉め直しつつ、そんなことを思いました。


「むにゃ……くり、すさ……ん…………」

「……ふふ」


 どうあれ、マリーさんは私が守ります。

 永遠に……絶対に。



 たとえ、どれだけの犠牲を払おうとも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ