畏怖、焦燥
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「ごめん……ごめんね……! ボクのミスだ、ボクの……せいだ……っ!」
小さな体を震わせ、何度も何度も懺悔の言葉を吐く白髪の少女。
ルーシーさんが、『その一報』を持ってきた時…………時間が止まったような錯覚に陥った。
世界は音を失って。
その場に、倒れ込みそうなくらいに。
「……謝って、済まされるとでも」
絞り出した声が、自分の声に聞こえない。
かつてここまで感情が荒んだことはなかった。
全部ぜんぶが冷え切って。
荒い息も、逸る鼓動も、自分のことだと思えない。
「そんなこと……思ってないよ」
「分かっていたくせに。知っていたくせに。隠していたくせに」
「それは……っ! だって、それが……!」
「私たちの、ためだった。あなたはそう言うでしょうね」
「う……」
醒めた感情が、全てを押し流す。
時間も、世界も、他人も、私も、何もかも無意味だ。
「そのせいで。あなたのせいで」
彼女のせいで。
私のせいで。
「──もう、マリーさんは帰ってこない」
口にするたび。
耳にするたび。
頭が、心が、砕かれたように痛くなる。
「もう、二度と会えない」
今までになく、痛くなる。
これ以上なく、痛くなる。
「二度と、話せない」
痛い。
「二度と、抱きしめられない」
痛い。痛い。
「二度と……一生……絶対に、戻って、こない」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
「……ボクが…………ボクは」
「あなたのせいだ」
私のせいだ。
「…………」
「あなたのせいだ。あなたのせいだ。あなたのせいだ。あなたのせいだ。あなたのせいだ。……お前の、せいだ……」
私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私の、私の、私の、私が。
「…………ごめんなさい」
「いらない」
そんな言葉。
無駄な言葉。
こんなもの、いらない。
「ごめんね。ごめん。ごめん……」
「うるさい。うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
「ごめんなさい…………」
「……うる、さい」
ぐらつく世界で、歩み寄る。
腹立たしいそれを消してしまいたい。
振り上げた腕の感覚も、もういらない。
衝動を、情動を、抑えるものなどない。
「──っ! やめ、てぇっ!」
「…………」
思い切り振り下ろそうとした腕は、当たる寸前で止められる。
今更のように思い出した……室内には、もう一人いた。
「クリスさん、おねがい……おねがい、します……! ルーシーさんを、たたかないで……!」
「……なんで。イリーナさん」
邪魔だ。
「なんでって……! そんなことしたって、マリーさんは……もう……!」
「だから」
「えっ……」
だから、何。
だったら、何。
「無理。無駄。無意味。いらない、いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない。……もうなにも、いらない」
「クリスさん……」
「どいてよ」
そう言っても、彼女はどかない。
腹立たしい。
忌々しい。
その体温も、その吐息も、その生命を、何も、もう何もかも感じたくない。
「……いやだ。いやです。どきませんっ! ……クリスさん、なんで……」
「黙って」
声も聞きたくない。
姿も見たくない。
その先を、言葉の先を、知りたくない。
「なんで……ずっと、泣いてないの……?」
「……うるさい」
「だめだよ。そんなんじゃ、こわれちゃうよ。ねえ、クリスさん……クリスさん……!」
「…………」
鬱陶しい。
うざい。
じゃまだ。
「なんで! 一番傷ついてるのに、何で泣かないの!? クリスさん! ねえ、クリスさんっ!」
「…………」
「そんなの、溜め込んだら壊れちゃうよ!? 泣かなきゃ、絶対に先へ進めない! マリーさんは……マリーさんは、もう……死んで」
「……っ! だま、れっ!」
「えぁ」
音が。
耳が、再び聞こえなくなる。
気づいた時には、体は自由を取り戻していて。
──イリーナさんは、床にうずくまっていた。
「な……ぁ……?」
「あふ……けふっ。い、た……いたい、よ……」
……私。
私は。
今、何をした。
「ぁ……イリーナ、ちゃん……?」
「けほ……け、かふっ、おえっ」
「だ、大丈夫!? 今すぐ、すぐに治すから……!」
「ぅ……」
イリーナさんの腹部の打撲傷を、ルーシーさんが丁寧に治療する。
動揺していても、治癒の魔法とやらは滞りなく使えるらしい。
……私は。
「……ふう。これで大丈夫」
「ぁ……ありがとう、ございます……」
治療を終えた二人が、冷ややかな目でこちらを見ている。
最低のゴミを。
加害者を見る目で。
──いっそそうだったら、どれほど楽だったろうか。
「あ……大丈夫だよ、クリスちゃん。なんてことない……よくあるくらいの怪我だから。だから……」
うそつき。
どう見ても、内臓の一つくらい破れていた。
「ごめんなさい、クリスさん。私……ひどいこと、言って。あは、蹴られて当然ですよね……!」
そんなわけない。
そんなわけが、あっていいはずがない。
「……ごめんね」
「……ごめんなさい」
違う。
違う、違う、違う!
私はもう、ただのクズだ。
ルーシーさんとは違う、イリーナさんとは違う、マリーさんとも…………違う。
勝手に荒れて、逆上して、友人に暴力まで振るおうとして。
それでも冷静になれず、止めようとした友人にまで危害を加えた……ゴミだ。クズだ。カスだ。
「……いらない」
「え? あ……」
「く、クリスさん……?」
「いらない。いらないいらないいらない……もう、いらない…………」
私はもう、必要ない。
誰の横にもいられない。
部屋の窓を開ける。
大した高さじゃない。……いや、充分。
「……! クリスちゃん、まって……っ!」
「だめ……!」
静止される前に、転がり出る。
加速する体は、頭は……最後の最期に幻影を見た。
『大好きだよ、クリス』
「ぁ……」
手を伸ばしても、届かない。
届くわけがない。
彼女に届く今際に見たのは。
ただ、真っ赤に塗られた景色だった。
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