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悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

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43/161

一区切り、そして

 ***


 ***




「おやおや……これはまあ……」


 木陰に横たわる三人と一匹と一羽を見て、思わずそんな声が漏れる。

 みんな揃ってなんともまあ、平和な寝顔だった。


「ボクがどれだけ探したと……いや、自業自得ではあるけどさ」


 子供化への対処法をなんとかかんとか見つけ出して戻ってみれば、部屋はもぬけの殻だった。

 原因を作ったのはボクなので、怒る筋合いはないけれど……それにしたって、見つけにくい場所に。


「まあ、起こさないようにーっと……」


 わざわざ起こすほどのことでもない。

 とっとと縮んだ二人を元に戻して、とんずらしようか……。


「…………。ふむ」


 そう思ったところで、ふと電流のような思いつきが脳を駆けた。

 一種のエゴ、自己満足といえばそうかもしれないが……まあ、これくらいはいいだろう。

 きっと、彼女は喜んでくれる。


「ええと、光を取り込んで……角度を調整。素材を用意して、描いて焼き付けて、っと…………うん、悪くない」


 少しの試行錯誤の後、手のひらくらいの紙片を一枚作成することに成功した。

 それはまるで、精巧な絵……『今』この時を切り取った、風景の写し鏡。

 突発的な思いつきにしては、それなりの出来だろう。


「んー、でも一枚だけじゃ寂しいかな……」


 ついでにもう一枚。

 試しにマリーちゃんの記憶をほんのちょっと拝借して、濃密に焼きついたそれを描いてみる。

 無論前のようなへまは起こさず、今ではないどこかの光景を……過去を描き出せた。

 多分、彼女にとっては大切な記憶なのだろう。


 ……これが何なのかは、ボクにはよく分からないけど。

 わざわざ詮索する意味も権利もない。


「ともかく迷惑料がわりだよ、マリーちゃん……まあ寝てるんだけど」


 二枚の紙片を眠っている彼女の懐に潜り込ませ、やるべきことを済ませる。

 間に割り込む趣味はない。

 さほど時間はかからず、元通りの三人がそこに現れた。


「さて……帰ろう」


 立ち去り際に、願わくば、彼女たちがずっと幸せでありますように……なんて慣れない祈りを捧げてみる。

 まあ、なんだかんだまた出会うこともあるかもしれないけれど。


「とりあえず、ばいばい」






 ***


 ***






「──マリーさん、おはようございます」

「ん、おはようクリスさん」


 日常が、戻ってきた。

 時間にすれば一連の騒動を合わせてもせいぜい一週間程度しか経っていないのだから、変に修飾する必要もないのだけれど。


 それでも、あえて言うのなら……やっと、日常が戻ってきたのだった。


 マジで疲れた。ほんとマジで。

 こんなのは二度と勘弁してほしい……。


「ふふ、マリーさんは今日もくぁくぁいいですね」

「く、くぁ? くぁくぁいい??」

「ああすみません、タイプミスですね。かわいい、と言いたかったのです」

「そんなタイプミスがあるか! っていうかタイプミスって何!?」


 けれどまあ、無いだろうなあ。

 発声でタイプミスが起こる悪役令嬢との日々は、奇想天外支離滅裂。

 落ち着く暇なんてまるでないだろうと──そしてそれが案外楽しいのだと、私は思っている。


 少なくとも今の日々が──クリスさんにいじられて、イリーナちゃんや他の友人たちと話して、オリバーと戯れて──大真面目に馬鹿馬鹿しく生きる毎日が、私は楽しい。

 それがこれ以上なく幸せに思える。……だから、ないんだろうなあ。



 私の心が休まる日は。

 今もこうして筆を取り、まるで自伝か何かのようにダラダラ書き連ねているこんな物語が。

 本当の本当に、真の意味で終わりを迎えることなど、ないんじゃないかな……なんて思っている。


 いや、終わってほしくない。

 懐に入れた二枚の『写真』を──私の大切な宝物になった二枚の写真を撫でながら、心底そう思った。

 だからこそ今日も私たちは、いつも通りいつも変わってほんの少しふざけた日々を…………。


「──マリーさんっ! クリスさんーっ! う、うわあああああああああんっ!」

「!? イリーナさん!?」

「い、イリーナちゃん!?」


 そんなエピローグを考えていると、部屋にイリーナちゃんが突撃してきた。

 どうやらまた何かあったらしい。何やら尋常ではないのを肌で感じる。


 何せあの彼女が、天真爛漫を絵に描いたような彼女が……泣いているのだ。

 人目も憚らず大声で、大粒の涙をぽろぽろとこぼして。


「たすけて、たすけてぇっ、クリスさん、マリーさんんんんんっ! ころされちゃうぅぅっ!」

「こ、ころ……!? ええと、とにかく落ち着いてイリーナちゃん! 何があったんだか分からないけど、私たちはなんでも協力するから……!」

「……ほんとう、ですか?」


 そのまま駆けてきて私の胸に縋りつき、涙を拭うイリーナちゃん。

 横にいるクリスさんから、とんでもない嫉妬のオーラを感じたが……今は特例ということで許してほしい。


「……ええ、そうですよ。イリーナさん、あなたは大切な友人です。でなければ、私のマリーさんの胸に顔を埋める人間など、とうに骨の髄まで焼き尽くしていますから……」

「焼きつくっ……! も、もうクリスさんったらこんな時にまで……」


 思わず茶化すように言ってしまったが、彼女の目は笑っていなかった。

 言い回しがラスボスのそれである。

 これはやばい。クリスさん憲法第八条、浮気は万死が適用されないうちに話を進めなければ。


「あ、あはは……そう、ですよね! ごめんなさいマリーさん、私としたことがちょっと取り乱しちゃって!」


 そう言って、慌てたように私から顔を離すイリーナちゃん。

 真っ赤な瞳で、整った顔を必死に笑顔にしてみせる。


 とはいえ無理しているのは明らかで、未だ焦燥の色が濃い……やはり何かあったのだろう。

 それも、とんでもない何かが。


「気にしないで。それよりイリーナちゃん、何があったのか教えてくれる?」

「はい。……えっと、その、どこから言ったらいいのか分からないんですけど……」


 ……そういえば、さっき言っていたような。

 『ころされちゃう』──殺されちゃう、と。


 殺される。

 物騒な響きだ。

 身体中が粟立つのを感じる。


「落ち着いて、一つ一つ話してください。何があって、どういう経緯をたどって……殺される、なんて結論に至ったのか」


 そう、それが気になる。

 愛され体質というか、接した人間のほとんどの好意を集めるイリーナちゃんのことだ。

 主人公気質ともいう。

 そんな彼女が殺されるほど恨みを買うとか、正直あまり想像がつかないのだが……。


「あー……その、恨まれてるってわけじゃない……と思います。むしろ逆っていうか……私、どうすればいいのかわかんなくって……!」


 また感情が昂ってきたのか、目に涙を溜めて話す。

 彼女がこんな調子だとどうもやりづらい。



 それにしても、恨まれているわけではない?

 それで殺されるって……まさか……?


「……なんですか、マリーさん。まるで眼するものを見るような目つきですね」

「いや、違うって……あとそのボケ、私くらいにしか通じないからねクリスさん」


 眼する→(eye)する→アイする→愛する、である。念のため。

 今日のクリスさんのボケは分かりづらいことこの上ない。


 そしてそんな目つきでもなかった。

 恨みの逆の感情、それで殺す、殺される……そんな人間の典型がそこにいたからだ。


「あ、あはは……クリスさんとは違うっていうか、でもむしろだからこそ似ているっていうか。……そうですね、私……」


 意を決したように私たちを見据えて、イリーナちゃんは重い口を開く。

 まるで、立ち向かう覚悟を……戦う覚悟を決めたかのように。


「──私、浮気を疑われてるんです」


 彼女は、そう口にした。

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