ひとときの休息
「ねえ、クーポくん。何買えばいいと思う?」
『ええと……ひとまずは赤ちゃん用の食料でしょうか? しかし、どこにあるのかまでは』
いつも買い出しに来ている商店街。
未曾有の大火事からもすっかり復興して、普段の景色を取り戻している。
もっとも普段と違うのは、オリバーを連れていることと……クリスさんとイリーナちゃんの姿が違うこと。
「ぅー?」
「ん? クリスさん、どうかした?」
「あー。あぅー」
「そ、そっかー……?」
……わからん。
何かをアピールしている。
どこかを見て指差して……後ろ? 後ろか?
「──ごきげんよう、マリーさん」
「ふぇっ!?」
怪訝に思い後ろを振り向くと、すぐ先に誰かがいた。
いやもう本当、すぐ後ろに。
体感一メートルもない、息が吹きかかりそうなくらいの距離にいた……いや怖い。怖いよ。
世が世なら暗殺されていてもおかしくないが……はて、この人は誰だったっけ?
なんとなく覚えがあるし、多分知り合いだと思うけれど。
「ご無沙汰しております。アンです、クリスの友人の……」
「……? ああ、アンさん! お久しぶりです!」
思い出した。
クリスさんの幼馴染の人だったか。
そういえば、随分長いこと会っていなかった気がするな。
「ところでマリーさ…………え? あの、その子は……?」
「えっ? ……あー、えっと、どう説明すれば……」
「く、クリスはどこです!? 気は確かですかマリーさん、そんなところをクリスが見たら……辺り一帯が焦土と化しますよ!?」
「化しませんよ!!?」
あ、いや……化すかもしれないけど。
『なんですかマリーさんその子は、浮気ですか!? 浮気なんですか!?』とか言ってロケットランチャーでも持ち出してきそうな気がしないでもない。
まあ、そんな状況はありえないが。
「それにそちらの子は……な、なぜ犬に乗って……?」
「ああ……ちょっとその、話すと長くなるんですが」
説明するべきだろうか。
私自身、彼女とそこまで仲が良いわけではないけれど……でも、もしも助力を得られるなら心強い。
ほとんど私一人でこの二人の面倒を見るのは、結構大変だしな……。
「……うーん? それにしても……この子、どこかで見たような」
「え?」
「イリーナさん……? いえ、ありえませんね。あの人は浮気なんてしませんし隠し子なんているわけが……」
「ちょ、ちょっとアンさん?」
アンさんはそう言って、犬に乗ったままのイリーナちゃんの顔をまじまじと見つめている。
私のことなど一瞬で視界から消え失せたみたいに。
隠し子っていうか、それが本人なのだが。
……あれ? それより、二人って知り合いなの?
まあイリーナちゃんのことだし不思議ではないけれど。
あの子の交友範囲は半端じゃない。もしも世界中の人間と友人になれるとしたら、彼女を置いて他にいないと私は本気で思っている。
「……ああ、すみませんねマリーさん。人探しの途中でして……もし、イリーナさんを見つけたらご連絡ください」
「え、あっ? えっ?」
「それでは」
「ちょっ……!」
そう早口でまくしたてて、視界から消えてしまった。
イリーナちゃんならここにいるのだが。
呼び止めようにも、クリスさんとイリーナちゃんがいる以上素早くは動けないし……うーん、まあいいか。
何か用があったのかな。
だとしたら、こんな姿では意味はない。
イリーナちゃんが元に戻ったら伝えておこう。
『……マリー様』
「ああ、クーポくん。どこ行ったのかと……」
『夜道に気をつけてくださいね』
「えっ?」
どういう意味だ?
何かあったっけ?
『いえ……まあ、気づいていないのなら。きっとそのうち……』
「うん……?」
なぜか遠い目をするクーポくん。
何かに気づいたのだろうか。まるで伏線のようなことを言う鶏だ。
まあいいや、とりあえず買い物を済ませてしまおう。
***
「こんなところ、かなあ」
『ええ、急場は凌げるでしょう。たしか彼女の話では、三日もあれば勝手に戻るとのことでしたしね』
乳幼児くらいでも簡単に食べられるものと、清潔な布を多めに。
本格的に子育てをするわけでもないし、これだけあれば多分大丈夫だろう。
正直今の状態であまり外出したくはない。
変な噂が立つのもあれだし、何より危険だし……外出は最低限にとどめておこう。
「うー……ぅー……」
「すぅ……」
しかし、二人は疲れてしまったようだ。
イリーナちゃんはオリバーに乗って目をしょぼしょぼさせているし、クリスさんに至っては少し前から寝息が聞こえて来ている。
どこかで一旦休むべきだろうか?
でも、そんな都合のいい場所はなかなかないしな……。
「ワンッ!」
「わっ!? な、なになに?」
「ふぇぇぇぇ……」
「ああ、ごめんねクリスさん……どうしたのオリバー? 何かあった?」
横から聞こえた突然の吠え声に、泣き出してしまったクリスさんを必死であやす。
とはいえ背中を撫でるくらいしかできないが。
慌てつつもオリバーに目をやると、控えめに尻尾を振りながら私の前に立った。
「ワン、ワン!」
『……? ついてこい、だそうですが』
「んん? そっち、何かあったっけ?」
まあ、とにかくついて行くしかない。
商店街から脇に逸れてそれなりに細い路地を抜け、住宅街に出る。
オリバーは背中にイリーナちゃんを乗せているからか少し落ち着いた歩調ではあるが、それでもどんどん歩いていってしまう。
追いつくのがやっとだ。
文句を言う間もない。
「うー? うー、うぅー!」
先程の眠そうな様子はどこへやら、やたらテンションが上がっているイリーナちゃん。
それに釣られてか、オリバーの歩調も弾んでいる……追いつくのが辛いので、もう少しゆっくり歩いてはくれないだろうか……。
『おや……このあたりは随分家が少ないですね』
「うん? ……ほんとだ。まあ、そんなに人口は多くないってことじゃない?」
確かに、辺りが少しずつ開けていく。
そういえばあの火事以前にも、こっちの方にはあまり来たことがなかった。
あまり人が住んでいない地域なのかあまり開発されておらず、進むにつれて緑が増えていく……やがて、周りに完全に建物がなくなった。
かなり開けた景色が目に飛び込んでくる……!
『ほう……』
「おお……!」
「「あぅー!」」
そこは、周囲を建物に囲まれた、箱庭のような場所だった。
見る限り人目はなく、静かで暖かい……陽光が穏やかに降り注いでいる。
中央に立った一本の大きな木は、まるで長老か何かのようだ。
いかにも風情のある、街中のオアシスといった印象を受ける。
「そっか……このあたりはあんまり火事の被害を受けなかったんだ……」
まるで、数年前から時が止まったかのような景色。
そんなひとつまみの奇跡に、ある種の感慨すら抱いた。
絵画のように美しいとは、まさしくこのことだろう。
「ワフワフ、ワワンッ」
『オリバーさんは、私たちをここへ案内したかったようですね。なになに……ここならゆっくり休めるぞ、自分が見張っているから、だそうですが』
……ふうん。
オリバーもたまには、粋なことをしてくれるな。
「ワンッ!」
「よしよし、いい子いい子……うん。そういうことなら、ここで少し休んでいこうかな」
「うー?」
「うー!」
クリスさんとイリーナちゃんをそれぞれ地面におろし、ようやく一息つけた。
まさしく肩の荷が降りたようだ。
それに腕に痺れるような感覚がある。
こんな小さな子でも、抱っこって疲れるんだな……。
「ふう……疲れた」
「うきゃうや?」
「うややや?」
「ふふ、何さ二人とも……真似してるの?」
「「うやー」」
木の幹に寄りかかるようにして腰を下ろす。
すると、二人と一匹と一羽も──単位にすると多いな──自然に近くに寄って来た。
クリスさんとイリーナちゃんが、それぞれ私に寄りかかるようにして横になる。
クーポくんも、近くで文字通りに羽を休めている。
オリバーはほんの少し離れたところでうつ伏せになり、周りに気を配っていた……番犬のつもりだろうか。
可愛いやつめ。
あとでたっぷり労ってあげなければ。
「ふああ…………ねむ」
落ち着くと、途端に眠気がやってきた。
抗いきれないそれは決して不快ではなく……ゆっくりと、私を安寧に誘っていく。
クリスさんが元に戻ったら、またここに一緒にきてみようかな、とか。
そんなことを考えながら……目を、閉じた。




