毒吐く、前編。
なんというか、私は割と……いや結構……というかかなり馬鹿なんだと思う。
馬鹿すぎて馬鹿すぎて馬鹿馬鹿しいにも程がある。
その気になれば一話で終わることを、こんだけ引き延ばしやがった。
尺稼ぎと思われてもある意味仕方ないが……いや仕方なくなくない? 本気だったんだよ? 割と本気で本当に悩んではいたんだよ??
それをさあ……。
「へぇ、転生ですかー。なんか、いいですね!」
イリーナちゃんが言う。
いやもう本当に天真爛漫って感じ、心の底からそう思ってるみたいな顔で言い放った。
なんかこうもっとないのか。
結構真剣な悩みをなんでこう、どうしてこう、そんな簡単にしてしまうんだ!?
「マリーさん、随分と残念な死に方を……」
「あぅ、言わないでクリスさん……ちょっと気にしてるから……」
こっちもこっちでさあ!
引っかかるところおかしくない!? ねえ!!?
残念な死因で悪かったな!!
「ふうん……ゲームの世界ねえ」
まあそんな最高の友人たちはともかく、ルーシーちゃんは流石というか……いや、唯一真面目な話が成立するのがこの子ってどうなのさ?
なんかまるで、私たち三人じゃ馬鹿な話しかできないみたいじゃないか。
……いや、否定はしないけど。
「あー、えっと……私が死んだ時、あの神が『どんな世界でも転生させてやる』って言ってて、それで」
「それでゲームの世界、か……なるほどね、大体わかった。彼女の境遇を考えれば、ってとこかな」
「境遇、ですか?」
「うん。彼女もまた、転生者だった。それで、自分を転生させた神に対しては恨みを持ってた……まあ、色々あったってことだよ」
「…………」
神への恨み。
色々、ねえ。
核心のところを話すつもりはなさそうだ……そもそも私たちがそこまで踏み込む権利も意味もないけれど。
もやっとした気持ちがないでもないが、そこはそれ。
あまり踏み込まれたくないってことぐらい、私にだって分かる。
「逆恨み、といえばそうかもしれない。けれど、できれば……」
「恨まないよ。いや、恨めない。……色々あるのなんて、当たり前だし」
「……そう言ってくれると、本当に救われるよ」
色々あった。
その程度でいい。
というより正直なところ、それ以上を聞きたくはない。
だってもし、彼女がこの世界に来たことで何か不幸になったんだとしたら……それは。
「…………」
そう考えると、またほんの少しだけ嫌な気分に襲われた。
胸の奥がぞわっと苦しくなるみたいな、言語化しにくい不愉快さ。
まあ、大したことはない。
「……マリーちゃん? どうかした?」
「マリーさん?」
「マリーさん、どうしたんです? ……まだ何か、私に隠し事でも?」
「あ、いや……そんなんじゃないよ。もう、みんな心配性なんだから……」
そんな私の感情の機微すら、敏感に察してくる三人。……三人? まあいいか。
我ながら適当な誤魔化しだが、しかし事実だ。
というか、正直自分でも何が嫌なのかよく分かっていないんだ。
隠し事というよりは、隠れごとと言った方が近い。
何に引っ掛かっているんだか、はっきり言って分からない。
「ふむ……?」
「でも、やっぱりなんでもない。なんでもないから」
「……ねえ、マリーちゃん?」
「ふえ? 何?」
別に悪いことをしているわけでもないのに、妙に罪悪感のような感情を抱いた。
そんな私の顔を正面から見据え、ルーシーちゃんは言う……。
「三……いや、二秒。ほんの二秒でいいから、目を瞑っていてくれないかな?」
「え? どうして……」
「いいから」
「う、うん?」
わけがわからない。
とりあえず、言われた通りに目を瞑る。
「ゆっくり数えてね」
「うん……」
「ちょ、ちょっとルーシーさん? 私のマリーさんに何を……」
ほんの少しだけ鋭敏になった聴覚に、ぱちっと何かを弾いたような音が響いた。
そして。
「──えっ? 何……っえ!?」
「あ、もう目を開けてもいいよ」
とさり、と何かが倒れる音が二つ。
反射的に目を開けて見ると……よく見知った二人の少女が、床に倒れていた。
「え、ちょ、何……クリスさん!? イリーナちゃん!? ど、どうして……」
「しーっ」
「は……え? ルーシーちゃん……?」
「眠っているだけだよ。あんまり騒ぐと起きちゃうから、もうちょっと静かにして?」
「ね、眠って……?」
言われてよく見ると、確かにその通りだった。
寝息も聞こえるし、体温も脈も姿勢も特におかしなところは見当たらない。
場所とタイミングさえ除けば、本当にただ熟睡しているだけって感じだ。
でもこんなの、明らかに普通じゃ……。
「むにゃ……マリーしゃん……」
「んぅ……やきとり」
……ほんの一瞬でも心配して損した。
普通に眠っているだけだ。うん。
多分、というか間違いなく、二人を眠らせたのはルーシーちゃん……だよね?
「うん、脳と神経系に干渉してほんのちょっと眠気を誘っただけだよ。ヤク1000みたいな?」
「その言い方だと若干1000じゃないみたいだしやめろ。そんな効能はありません」
500〜1499ぐらいまでは含んでそうだ。
そもそもそんなものに乳酸菌は入っていまい。
……というか、そんなことどうでもいい。
「る、ルーシーちゃん。何が目的なの? 急にこんなことして……」
「目的? いやいや、そんなの初めから変わっていないよ。キミの話を聞きたい、それだけ」
「話ならさっき……」
「親しい人間には逆に話せないこと、だよ。そういうの、キミにはないの?」
すやすやと寝息を上げている二人を指し示し、そう言う。
確かにまあ……聞かれる心配はそうそうない、かもしれない。
眠っているだけってのはちょっと不安だけれど、こんな機会は確かに滅多にない。
大体いつも、クリスさんは私のそばにいてくれるから。
「ない……って言ったら、嘘だけど。でも、こんなの……」
「罪の意識。罪悪感? もしくは、自分でもはっきり分からないけど何かが悪いような気がしてる、とか?」
「……よく、分かってるじゃん」
話す必要なんてなさそうだった。
というより、それ以上に話せることがない。
自分でも、何も分かっちゃいないんだから。
「あはは、まあ話せないならいいよ。ただ……」
「ただ?」
「そういうの、抱え込むのは面倒だから。クリスちゃんやイリーナちゃんは、キミの話なら何でも聞いてくれるだろうけど……ちょっと離れた他人くらいにしか、話せないことってのはあるでしょ。ボクにもそれくらいはできるし……それくらいしか、できないからさ」
「…………」
つまり。
めちゃくちゃ遠回りな、かつ分かりにくい言い方だが……心配されている、ってことなんだろう。
確かに、何でも話せる相手がいるっていうのは十分に心を軽くしうる。
やり方は少々、というかだいぶ強引だけど。
「まあ、キミの自由だよ。今話してもいいし、いつか話してもいい。一生話さなくたって構わない。どうせそれまで、ボクはずっと生きているんだから」
「あはは……」
ジョークが重い。
流石は不死の吸血鬼である。
まあ要するに、ある種並外れたズッ友宣言という奴なのだろう……ありがたくってあたたかい。
私の周りにはどうやら、一生ものに重い友人ばかりが集まるらしい。
「さて、どうする? 今でなくてもいいというなら、すぐにでも二人を起こしてしまうけど……」
「あー……いや。んー……ちょっとまとまらないけど、今聞いてもらってもいい……?」
「……ん、承った」
いつでもいいという言葉もありがたくはあるが、機会を逃したくはなかった。
文字通り命に……私自身の、そしてもしかしたら他の命にさえ関わってしまうことだから。
「とは言っても、なんだろうな。私にも正直、何が嫌なのか分からない……クリスさんのことは大好きだけど、それだけじゃ駄目なのかなあ……?」
「駄目って?」
「あの人……そう、あの人も言ってた──」
今私がいるこの世界、この場所が作られた原因っていうのは……私だ。
あの神、あの日出会ったあのふざけた神。
あいつにこの世界を作ってもらうよう頼んだのは、他ならぬ私だから。
元はゲームだったとか、ルーシーちゃんやら何やらの存在とか……私以外が絡む要素は色々あるけれど、世界が作られることになったきっかけは私のその願いに行き着く。
少なくとも私の理解ではそうなる。
……ならば、だ。
この世界に生きた人、死んだ人。幸せだった人、不幸だった人。
色々いるけれど、それらがそう生きることになった遠因は……私にあるのではないか、と。
あの悲痛な叫び。
言葉ぐらいでしか伝わらない程に根の深い闇。
それらを生み出した、生み出す原因となったのは……私じゃないのか?
この世界における苦しみは。
痛みは。
悲しみは?
悲劇は、それがそう生まれてしまった原因は。
その責任は、どこにある?
……私ではないのか?
そんなことを、たどたどしく語った。
「──ふうん」
「別に、何もかも全部が私の責任だとか言いたい訳じゃないよ。私はそんなに大した人間じゃないし、そんなの……苦しいだけだし。……ただ」
「ただ?」
現世で私がここにいるのは、前世の私がいたからだ。
こことは違う世界で死んだ、ただ平凡なだけの私……今はもう、骨にでもなって溶けているだろう。
その人生全部が、無駄だったなんて言いたくはない。
前世の経験……ってほど長く生きた訳じゃないけど、それでも確かに培ったであろう『私』はここにいる。
ここに在る。
だから。
「私……多分、何も残さずに死んだからさ。もう前の両親の顔も、自分の声だってろくに覚えてない。そんな私が今、幸せになっていいのかな、とか……それ以上に誰かを不幸にしてるんじゃないか、とか。そんなこと、思っちゃうんだよね」
生きているだけ、生きようとしただけで誰かを不幸にする。
それはもう、私には止めることができない。
ましてや私は一度死に、言葉通りに不幸をばら撒いた身だ。
酷く無責任で、不恰好。
人並みの幸せを願う権利が、本当に私にあるのか。
やはりある意味私は、『全ての元凶』ではないのか?
それはもう、取り返しがつかなくて……だからこそ、私にとっては確たる悩み。
「……ねえ、ルーシーちゃん。私……本当に、クリスさんと一緒にいていいの……?」
私や彼女が今ここにいるのは、全て私が招いた結果じゃないのか。
もしもこれから先、彼女が苦しんだなら……いや、すでに最上級に苦しめてしまっている。
彼女が味わった死の痛み。
それは、私のせいじゃないのか。
彼女が苦しむのは、全部私のせいじゃないのか?
馬鹿馬鹿しい。
思い上がりも甚だしい。
けれど馬鹿な私は、馬鹿みたいに、そんな疑問を抱いていた。
思いの外長くなってしまったので、前後編となります。




