また、突然の?
「──あ、あれ? マリーさんにクリスさん!? なぜここに!?」
乗ってきた馬車を降りる。
見慣れた風景、困惑顔のイリーナちゃん。
戻ってきてしまったのだ、学園に。
あの手紙を受け取り、かつ知っていて無視できるほど私は無神経ではない。
……たとえそれが、どれほどの犠牲を払う旅路だったとしてもである。
「うっ……ぷ」
「え? マリーさん、どうかしたんですか……?」
「……うぶっ、ぅぶぅぇっ。うぉええええええええええっ!!」
「わわわわわーっ!!?」
まさしく堰が切れたように、苦く酸っぱい液体が逆流してきた。
固形物はほとんどないものの、それがむしろかえって喉の痛みを悪化させている。
お腹の奥の方が気持ち悪い。
鼻水が出る。
涙が滲む。
ただひたすらに、情けない。
「もう、だから言ったのに……無理しないでくださいマリーさん、ほらゆっくり息を吸って」
『じ、時間はたっぷりありますから。ひとまず落ち着きましょう、マリー様』
「クゥン……」
同行していた三人……三人?
一人と一匹と一羽にもそれぞれ心配される。
なんだかんだ道中では吐かずに済んだのは、彼女らのおかげでもあった。
下手に中で吐いていたら、積んでいた荷物を弁償する羽目になるところだったのだ。いやあ、危ない危ない。
二度と乗らない。
「ふう……と、とにかくただいまイリーナちゃん。ごめんね、いきなり吐いちゃって……」
「それは大丈夫ですけど……あれ? お、オリバーくん!?」
「ワウッ?」
「そうそう、オリバーがねえ……来ちゃった」
「き、来ちゃった……?」
かくかくしかじか。
かくしかかくじか。
閑話休題前回説明。
「──と、いうわけで」
「ほえー……? ま、まあ、オリバーくんは頭もいいですしね……?」
「なんかごめんねイリーナちゃん、焦らせちゃった?」
「ああ、いえいえ! むしろ何ともなくてよかったです!」
「天使か……?」
流石はナチュラルたらし系恋愛主人公。
うっかりしてると惚れそうな……。
「マリーさん」
「はい」
「お仕置きです」
「はい……」
思考を読まれた……。
いや、私が悪いんだけど。
他の女は見るなということだ。でも友達だから許して欲しい。
『何はともあれ、これで一件落着。誰も何ともなくてめでたしめでたし、ですね』
「「「え、君が締めるの?」」」
「ワン?」
鶏が締める物語。
……なにこれ?
***
「はふぅ……」
ひとまず寮に戻り、ベッドに飛び込む。
お風呂には入ってきた。
今回は予期せぬ帰寮となってしまったものの、クレアさんたちは快く送り出してくれた。
またいらっしゃい、そんな声が記憶に残っている。
近いうちに、また行こう。
今度はこんな騒動が起きないように、オリバーも最初から連れて行こう。
ぼんやりとそんなことを思った。
「ふふ……まーりーさん」
「え? どうしたのクリスさ……うわっ!?」
「うへへ……やぁっと二人きりになれましたね」
「何その口調……?」
流石に普段ほどではなくとも、結構な割合で二人きりではあった。
母親の影響から脱して、テンションが明後日の方向に上がっているのか……?
「マリーさん、マリーさん」
「はい?」
「私がこれから縛るもの、なーんだ?」
「……え、何それ? ちょ、ま、何する気で……!」
したり顔のクリスさん。
私をベッドに押さえつけ、懐から……程よい太さ・長さのロープを取り出した。
……ちょっと待て。
ちょっと待て待て?
ちょっと待て!!?
「オリバーくんを見ていたら思いつきまして……」
「何を何で思いついてるの!? やめ、ちょま、心の準備がぁっ!」
もはや慣れた手つきで服を剥かれた。
そしてその後何をするかといえば……。
「──ふう。どうですか、私のロープテクニック」
「本当に……どういうことなの……」
身体中をぐるぐる巻きにされた。
いや本当、寸分の隙間もなくぐるぐるに。
素肌が見えている面積の方が少ない。
漫画とかでよく見るタイプの巻き方だよこれ。
側から見れば多分、ドラム缶のような形である。
「しかしマリーさん、それを巻いた状態で以前教えてくれた『あのセリフ』を言ったら格好いいかもしれませんよ?」
「そんなわけありませんよ???」
「ちょっと言ってみてください」
「……じ、『地獄からの使者……』ちょっと待ってマジでかんべんしてください」
「ふっ……ふ、ふふふっ……」
「わ、笑うなあっ!」
珍しくツボるクリスさんである。
状況が状況なせいでろくに拝めもしないが。
何が使者だ。
ここは地獄か。
声真似は苦手なんだよ。
……そんな馬鹿みたいなことをしていると、部屋に突然ノックの音が響いた。
「──すみませーん」
聞き覚えのない声だ。
声のトーンからして女の子だろうか……しかしよりによってこんなタイミングで来客とは。
「ふむ……マリーさん、少し待っててください」
「えっちょっ待ってクリスさんどこに」
「いえ、誰か来たので……」
「この状況の私を放置して!? あと一応ここ私の部屋だよ!?」
部屋の主を縛って勝手に来客対応。
強盗も真っ青の所業を平然とやってのけるな。
そんな私の叫びは当然のように無視され、クリスさんはドアを開いた。
「こんにちは。……ええと、どなたですか?」
「やあ、初めまして。少しマリーちゃんと……いや、二人と話がしたいんだけど、いいかな?」
戸口から会話が聞こえてくる。
体勢のせいで来客の姿が見えない……利発そうな少女といったところだろうか。
しかし、記憶にはない声だ。
「マリーさんのお知り合い、でしょうか」
「ん……まあ、似たようなものだよ」
えっちょっと待って知らないです。
一気に不信感が増した。
というか不審者感が増した。
「うーん……けれど今、少々取り込み中なのですが」
「ああ、都合が悪いなら全然いいよ。出直すから」
ナイスクリスさん!
尋ねてきた子には悪いけど、流石に一回出直してもらおう!
多分知らない子だし、何よりこの格好だし!
全裸で縛られているところなんて、あまり人に見せられるものじゃ……。
「あ、いえ。まあ……あなたなら別にいいでしょう、どうぞ」
WHY!!?!?!?
なぜこの状況で来客を通すのChris=san!?
いいでしょうも何もないよ誰でも駄目だよ帰らせてよ!!
「そう? ありがとう。それじゃあ失礼するよ………………え?」
部屋に入ってきたのは、声の印象よりもやや若いくらいの少女だった。
小学生、いや中学生程度だろうか……けれど、どこか大人びているような印象もある。
腰くらいまである白髪がよく映える少女。
質素だけれどどことなく上品に見える服に、真っ赤な花の髪飾り。
どこかの国のお姫様と言われても通りそうな美少女だった。
……そんな彼女が部屋に入るなり驚愕、いやむしろ恐怖、というかドン引きしているような表情をこちらに向けてくる。
当然の反応だろう。何せ私がこれである。
「ああ、マリーさんのことなら気にしないでください」
「いや気にするよ!? 気になるよ!?」
あ、よかったまともな子だ。
この状況に突っ込まないほどではなかった。
「ほらマリーさん、しっかりしてください。お客さんですよ」
「クリスさん……まずこのロープ解いて……?」
しっかりしようがないんだよ。動けないし。
見てるよ、めっちゃ見てるよ見られてるよ!
哀れなものを見るような目で見られてるよ!!
──そんな時、再びノックの音が響いた。
「マリーさん、クリスさーん。居ますかー?」
しかし幸いというべきか、ノックにやや遅れて響いたそれは聞き慣れた声だった。
イリーナちゃんだ。
よかった、いやよくはないけど。
イリーナちゃんならまあ、他よりはマシだろう……多分。
「んっ……すみません、まだ解けなくて。えっと……そういえば、お名前は?」
私のロープをほどきつつ、クリスさんが訪問者その一に尋ねる。
ちなみに全然ほどけてない。
蜘蛛の巣じみた結び目がまだいくつも残っている。
「あ、え? ぼ、ボクはルーシー……」
「ルーシーさん、代わりに出てくれませんか? 友人が来たようなので」
「わ、分かった」
「ありがとうございます」
ねえなんで!?
なんで今初めて尋ねてきた子にそれやらせちゃうの!!?
せめて逆、いや逆でも駄目だけどさあ!
「今開けるよ」
「……え!? あれ!? あ、あなたは……!?」
「ああ、キミは……はじめまして、ではないよね?」
「え、えっと、その……!」
「あー、とりあえず入って。あの子達も中にいるから」
「は、はい。失礼します」
玄関先でイリーナちゃんと、ルーシーと名乗った少女がそんなことを話している。
反応からして、イリーナちゃんは彼女のことを知っているのだろうか。
友人というわけではなさそうだが……。
「えっと……ここが、こうで……あれ?」
「クリスさん、これどんな結び方なの……? っていうか、お客さんいるのに私まだ服すら着てないんだけど」
ねえ待って、分かんなくなっちゃってない?
本当に解けるのこれ大丈夫なの?
「はぁ……クリスちゃん、貸して」
「……? まあ、いいですけど……」
「クリスさん!?」
そう言って、ルーシーちゃんが私の近くに寄ってくる。
いやなんでそんなあっさり受け渡しちゃうのさ。
めっちゃ他人だよ? 知らない人だよ??
そんな私の不安と恐怖をよそに、ルーシーちゃんは固く結ばれたロープに手を当てて何やらぶつぶつと呟き……。
「……ん、よし、解けたよ」
「!? え、あ、ありがとう……?」
手を離すと同時に、ロープがはらりと体から落ちた。
急に素肌に冷気を感じ、思わず体がこわばる。
……え、どうやったの?
「なっ……私以外には絶対に解けないはずなのに!?」
「クリスさん!? どういう意味!?」
「……気のせいです」
「気のせいじゃないよね!?」
ねえ待ってマジで何をしたの!?
暗号でも仕込んだの!?
本当にそれただのロープ!!?
「──ええと、それで。あなたは一体……?」
「うん?」
私の抗弁を無視し、ルーシーちゃんに向き直るクリスさん。
ツッコミどころが多すぎるが、まあ致し方ない。
「あ、いえ、不躾でしたらすみません。でも冷静に考えて、『あの』マリーさんにこんな可愛い子との接点があるとはとてもとても……」
「クリスさん……? ひどくない……?」
あのって何。
私だって知り合いとか友達くらい……い、いない、いる、いない、いなくもなくもないんだから!
具体的には両親とか!!
「それを抜きにしても、只者ではないでしょう。何せ血の一滴すらも使わずにあのロープを解いてみせたのですから」
「ねえマジでどんな縛り方したのクリスさん」
クリスさんのロープは理すら超えるのだろうか。
呪術の類か。
恐ろしすぎないかそれ。
「え、えーっと……まあそこはいいや。突然来ちゃってごめんね、クリスちゃん……怪我の具合はどう?」
「……っ!?」
さりげなく彼女が発した言葉……意味を理解するのが数瞬遅れた。
只者ではない、そんな言葉が今になってやけに耳に響く。
「な……え? どういうこと……?」
「やっぱり、あなたは……!」
クリスさんの怪我。
真っ先に連想されるのは……当然、『あのこと』だ。
けれどあれは、あの場には、私たちしかいなかったはずで……!
「うん。あの薬──万能薬を作ってイリーナちゃんに渡したのはボクだよ。そうだね……キミたちは、吸血鬼って知ってるかな?」
本当に投稿遅れて申し訳ないです。
次は三日で出します。




