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悪役令嬢に百合営業をしかけたら本気にされてペットにされました  作者: らびえ
番外編

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33/161

イイハナシ……カナー??

「うぅ……ん……」


 締め付けられるような感覚と共に、目が覚めた。

 うまく働かない頭、重い瞼と体。

 いいとはいえない目覚め。


「むにゃ……」

「クリス、さん……? ……ああ、まだ夜か」


 遅れて状況を理解する。

 そうだ、私はあの後すぐに眠ってしまったんだっけ。

 眠るのが早すぎたのか、まだ深夜にもかかわらず目が覚めてしまったらしい。


 ……それにしても、なんだかとんでもない醜態を晒してしまった気がする。

 癖の強い面々に対してよくやったと言うべきか。

 まあ、うん、そういうことにしておく。


「ふふ……まりーさんの、おちゃづけ……」

「どういう寝言? ……いや、どういう寝言??」


 大事なことなので二度言いました。

 どういう夢を見ていたら、そして普段何を考えていたらそんな寝言が出てくるのか小一時間問いただしたい。

 そんなことでこんな時間に起こしはしないけど。


「ん……目、覚めちゃったな。どうしよ」


 動くことはできない。

 クリスさんに、眠っているとは思えないほど強く抱きしめられているからだ。

 ……クリスさんのこういうところって、やっぱりクレアさんからの遺伝なのかな。

 やはり恐ろしい母娘だ。


「うゅ……ごちそうさま、でした……」

「完食してる……」


 まあいいや。

 体を起こすこともなく、再び目を閉じる。

 どうせもうじき朝だ、ぼーっとしてればすぐだろう。


「…………」


 手持ち無沙汰な腕を、そっとクリスさんの腰に回す。

 ただただ暗く静かな部屋の中、二人分の息と鼓動だけが響いている……。



 ……うん、暇だ。

 けれど、これはこれで心地良い。

 決して一人ではない孤独は、ぼんやりと考え事をするには最適で……これ以上なく落ち着ける。


「……はあ。色々、あったなあ……」


 とりとめのない思考の中、漠然とそんなことを思った。


 クリスさんと出会ってからの、まさしく激動の日々。

 それまでの人生のほうがもっとずっと長かったはずなのに、それが薄れるほどに濃く、満ちた日々。



 私はもう、絶対に、クリスさん無しでは生きられない。

 彼女がいない世界なら、存在しなくたって構わない……そんな馬鹿げた考えを本当に持ってしまう程に、私は彼女に惚れ込んでいる。


「……ふふ」


 いい匂いのする金髪を、そっと撫でた。

 起きないように、ゆっくりと。


 いっそ、全部私のものにしてしまいたい。

 私だけの人、私だけのクリスさん……なんて。



 本当に全部が愛おしくて、憎らしいほどに大好きで、それだけに全てが──。


『──心配、したんですよ』

「っ!? な、え……いや」


 幻聴。

 いや……フラッシュバックと言ったほうが近いかもしれない。



 唐突に閃いた、あの時の情景。

 そこまで衝撃的だったのか。

 あるいは、それよりももっと。


「──あー……はは。嫌なこと、思い出しちゃったな……?」


 もっと……嫌なこと。

 母。親。……親愛の情。



 敢えて考えないようにしていた、というわけではない。

 そこまで考えが至っていなかっただけだ。


 考えることを拒否していた。

 少し考えれば分かることだったはずなのに、それをしてこなかった。


「……もう、遅いよ? なんにも思い出せない」


 かつてこんな話を聞いたことがある。

 人が人のことを忘れるのには、順番がある、とか。



 最初に声、次に顔、最後まで残るのは……なんだったかな。

 まあ大昔にネットでかじっただけの知識だし、どこまでが本当かは分からない。


 分かることは……もう、何も思い出せないということ。

 声や顔どころか、他の多くも……誰がいたのか(・・・・・・)さえ、既に記憶が薄れている。

 そしてもう、それを取り戻す手段はない。絶対に。


「ああもう……なんで今更? めんどくさ……」


 面倒くさい。

 そう口をついて出た。


 ……つまりは、その程度でしかないってことだ。

 そんな自分に気付き、また嫌気がさす。


「悪いこと、したのかな……?」


 ──私は間違いなく、前世で一回死んでいる。

 ありふれた交通事故の当事者として、世界から消え去っている。



 ある日突然消えた私に、周りは何を思ったのだろうか。

 いたかどうかも覚えていない友人は? 多くはなかった親戚は? ……両親は、何を想った?


「せいせいした、とか。死んでくれてよかった、とか。そう、思われていたなら……」


 それは、多分悲しいことだ。

 けれど、むしろそれくらいに思っていて欲しい。


 だって、あんまりじゃないか。

 死んだ私のその後を知らず、ただ先立たれ、弔われ泣かれて嘆かれて……そんなんじゃ、あまりに酷すぎる。



 なにしろ私は今この瞬間まで、そんなことは全く(・・・・・・・・)意にも介して(・・・・・・)いなかったのだ(・・・・・・・)


「あー……あーー。駄目だ、考えたくもない。なんで今……今更なんだよ……?」


 後悔先に立たずとは言うが、それにしたって遅すぎる。


 考えることもままならない。

 懸命に思い出そうとしても、名前の一つも覚えていない。


 得体の知れない喪失感と、今更すぎる罪悪感。

 私は誰に何を遺して、何を叩きつけてしまったのか。

 何も分からないし、それを考えるのもやっぱり少し遅すぎて。


「……どうにも、ならないよ……」


 結局、そうでしかなかった。

 過去は変えられない。現実はそれだけ。



 私は多分、親しい人に一方的に別れを突きつけた。

 そしてそんなことは綺麗に忘れて、自分だけ楽しく生きてきた。

 さっさと忘れて切り替えて……まさしく蓋をして。

 のうのうと、傲慢に、独り善がりに、自分勝手に。



 それが、現実だ──。


「──マリー、さん?」

「ふえっ!?」

「んぅ……マリーさん、どうかしましたか? なにか、言っていたような……」

「えぁ、いや、それはその……」


 ぶつぶつ呟きすぎたか、クリスさんを起こしてしまったようだ。

 しかし、こんなことをわざわざ説明するわけにもいかないだろう。



 時間の無駄だ。

 どうにもならないし、どうでもいいことでしかない。

 そう、思い込むしかない。


「……マリーさん? 何を……」

「あ、ああいや……ちょっと、お手洗いに。まだ夜だからさ、クリスさんは寝てて……」


 無論、クリスさんが好きな気持ちに変わりはない。

 当たり前だ。

 けれどそれとは別に、今は一人になりたかった。



 今更のように沸いた罪悪感を、少しでもどうにかしたい。

 気持ちの整理がしたい。

 ただその一心で、重い体を無理やり起こした……。


「──ねえ、マリー?」

「んぇっ? な、何?」


 そんな私の腕を、クリスさんが掴んだ。

 その目は、思わずたじろいでしまうほどにまっすぐと私の顔に向けられていて……。


「……嘘、吐いてる」

「えっ」

「いつもと目線が違う。声の調子もおかしい。息も脈も乱れてる。……ねえマリー、私に何を隠してるの」

「うっ……いや、別に何でも……」


 適当に切り抜けようとした。

 しかし、自分でも明らかなほどに声が裏返る。


 図星を突かれた。

 そんな動揺が顔に出たか、彼女はさらに畳み掛けてくる。


「こんな夜中に……何、不倫? 答えてマリー、何をする気なの!」

「な……なんでも、ないよ。ただちょっと、一人になりたかっただけで……」

「一人に? さっき、お手洗いに行くって言ってたけど?」


 ……自分で掘った墓穴に、全力で飛び込んでしまった。


「あー、その……ち、違うんだよ。別に嘘をついたとかそんなんじゃなくて、いや……嘘、なんだけど、そんなんじゃない。あの、えっと、ただちょっと……言いづらい、っていうか……」

「…………」


 みっともない言い訳だ。

 馬鹿馬鹿しい。


 クリスさんの視線が痛い。

 何かが壊れるような、そんな音が聞こえた気がして。


「……違う。違う! お願いクリスさん、違うの、そんなんじゃない。私は……わたしは、クリスさんが……だいすきで、だから……ちがうよ……!」


 思わず、涙が溢れる。

 嫌だった。

 大好きな人にこんな言い訳をする自分が、嘘をつく自分が、嫌で嫌で仕方がない。



 それに、怖かった。

 彼女といた時間を幸せだと思う分だけ、怖くてたまらなくなった。

 前世を捨てた私が、いつか今のこの時間をさえ切り捨ててしまうんじゃないかって。



 かつて私が愛したであろう人と同じように、私が……クリスさんを(・・・・・・)忘れてしまう(・・・・・・)んじゃないか(・・・・・・)、って。



 そんなことを思う自分が、そんなことをしかねない自分の本性が見えた気がして、嫌で、嫌で、嫌で嫌で嫌で嫌で…………!


「──ふふ。おかしい」

「……ぇ……?」

「いいんですよ、マリーさん。ううん、ごめんねマリー。ちょっとだけ……怖くって」


 そんな私を、クリスさんはそっと……抱きしめた。

 彼女の髪が、吐息が、鼓動が間近に迫る。

 息が詰まるような感覚と、落ち着くような心地があって。

 冷たい悪夢から、現実に引き戻されたような……。


「こわ、い……?」

「はい。うん。ほんのちょっとだけ、マリーが……遠くに行っちゃったような感じがした。きっとマリーは、何か大きい隠し事をしてて……それを隠しに、私から離れていっちゃうんじゃないかって」

「……っ」


 事実だった。

 私は確かに、隠そうとした。


 理由なんてどうでもいい。

 結果的に私は……彼女のことを、疑った。


「ごめんね、マリー。大好き。大好きだから、それでいい。隠し事も、嫌なことも、全部全部ぜぇんぶ……全部マリーだから、飲み込んであげるから」

「ぅ……」

「愛してる。大好き。全部私のマリー。だからいいの。マリーは私のものだから、何もかも全部私だから……なんにも、心配しなくていいんだよ?」


 愛。

 好き。


 そんな言葉に、何もかも溶かされそうになる。

 全部を包み込んでくれる彼女の愛に、全部を飲み込んでくれる彼女の愛に、とんでもなく重い彼女の愛に溺れそうになる。


「あ、ぁ……ごめ……クリスさ……っ! ごめん、なさい……クリスぅぅっ……!」


 気付けば、謝っていた。

 何に対してかは分からない。


 ほんの一瞬でも彼女を疑ったことに対してだろうか。

 隠し事すら隠して、騙そうとしたことだろうか。



 わからない。

 けれど。


「マリー」


 彼女は何も言わず、ただ微笑んで……いつものように私の唇を塞いだ。


 甘くて、とろとろで、何も考えたくなくなる。

 魂の底まで、彼女に溶かされたくなる。



 ……忘れることなど、できるわけもなかった。

 何万回生まれ変わったって、忘れられそうもない。

 途方もなく重くて甘ったるい愛は、どれだけ経っても薄まらないし軽くならない。


 もしかすると私は、とんでもない人を好きになってしまったのかもしれなかった。


「く……りす……」

「──ねえ、マリー。まだ、話したくはない?」


 何年にも感じる時間が過ぎた後、彼女はそう囁いた。

 そっと頷く。



 何もかも受け入れてくれるのはわかった。

 けれどこれはやっぱり、私の問題なのだ。


 心の準備が必要だ。

 そもそも整理も足りていない。



 ……それに何より、今のこの時間を、少しでも長く堪能していたかった。


「クリス…………もっと」

「うん、いいよ……ほら」


 頭を撫でられ、抱きしめられて、ただひたすらに優しくされる。

 まるでペットのようだった。

 あながち間違いでもないかもしれない。


「クリス、だいすき……」

「私もだよ、マリー」


 愛なんかじゃ、何も解決しない。

 それは自明の理で、そんなことはどうでもよかった。



 ただ、今は、もう少しだけ……。

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