これが圧迫面接か
「はう……」
「どうしました? マリーさん」
「いや、なんか……すごいなって」
時刻はだいたい夕暮れ時、クリスさんの実家の一部屋にて。
ひとまずお風呂をいただき、これから晩御飯といったところ……なのだが、既に圧倒されそうである。
いや、うん、すごかった。
「すごい? 私のことですか?」
「その自信は一体どこから……いや、それもそれで間違ってはいないけども」
うん、普段の寮生活と違って人目がないからって風呂内で襲ってきたクリスさんも大概ではある。
慈悲も容赦もあったもんじゃない。
すごいといえば確かにすごい、ただしクレイジーという意味で……だが違う、そうじゃない。
私が言いたいのは、そんなお下品なことではなくて。
「照れますね」
「何も褒めてないですよ?」
「えっ…………」
「いや嘘ですごめんなさい褒めてます大好きです!」
「えへへ」
そんな悲しそうな顔しないでくれ、心が折れる。
めきめきに割れる。
……なんの話だったっけ?
まあ別になんでもいいか、どうせ大したことじゃないし。
「マリーちゃん、クリス。お楽しみのところ悪いけれど、お食事の用意ができたそうですよ」
「あ、はーい」
「ちっ、お母様ですか……間の悪い」
「クリスさん?」
舌打ちしたよね?
反抗期なの? え?
「仕方ないですね、×××は後の楽しみにとっておきましょう。行きますよ、マリーさん」
「ちょっと待って今なんて言ったの」
「ふふ、想像力が足りませんね……」
「想像はしたよ!? でもほぼ妄想じゃん!? というかそれよりどうやって口頭で伏字の表現をしたんだよ、どういう発音をしたらそうなるの!!?」
そんな私の抗議には一切聞く耳を持たず、さっさと部屋を出ていってしまうクリスさん。
まあいつものことだ。
釈然としないが、あまり待たせるわけにもいかないな……全く。
念のため、部屋にあった鏡を見つつ身なりを整えておく。
とはいえせいぜい手ぐしで髪をとかすくらいしかできないが、何もしないよりはマシだろう。
展開が頭おかしすぎて忘れそうになるが、ここはあのクリスさんの実家だ。
何があるか分からないし、そもそもそれ以前に『彼女の家にお邪魔する』という普通なら緊張極まりないシチュエーションである。
まあ、滅多なことはないだろうが……油断なく、だ。
何せ油断したせいで転生する羽目になったやつだ、面構えが違う。
「どうしたんですか、マリーさん。行きますよ? それとも、キスが足りませんでしたか?」
「うん? ああ、ごめん。あと別に、今はキスはいい……けど…………?」
そんなことをしていると部屋の扉の方、つまり背後からクリスさんの声がした……気が、したのだけれど。
なんだろう、なんだか違和感が……?
「ふむ。今は、ということは普段からそういうことをしている……と。なるほどなるほど、クリスも侮れないわね。本当、私の若い頃にそっくり……」
「え? ……え!?」
「ふふ、私の演技も捨てたものじゃありませんね。ねえ? マリーちゃん……?」
似ていたが、確かに違った。
声も匂いも、何もかも。
気づいたときにはもう遅く……振り返る間も無く、後ろから抱きつかれていた。
……なにこれ。
なにこれなにこれなにこれ!?
いや、怖、どういうこと!!?
「や、ちょ、やめ……!」
「……心配、したんですよ?」
「え?」
し、心配?
なんのことだ?
「あの事故……あの、大火事の時のことです。実は、我が家からも支援と称して偵察に向かわせたのですが……」
「で、ですが……?」
「……クリスが。あの子が、未知の方法で……惨殺されていた、と。それを目撃したものはすぐに逃げてきてしまったようで、それ以上のことは何も……何も、分かりませんでしたが」
──体の芯まで、冷え切って。
身体中が、総毛立つ。
どこか妖艶さを持つ淡々とした声が、すぐ耳元で響いている。
クリスさんとそっくりで、けれど確かに違う声……。
「ぇぁ……それ、は」
「無論、頭からそんな報告を信じたわけではありませんよ。現に今、クリスはここにいる……それは、紛れもない事実でしょう」
「……っ」
それは、確かに事実だ。
けれど。
そのことも、紛れもない事実で……現実、だった。
「ですが」
「で、ですが……?」
「あの子が、元のあの子と同じだと……そう言える根拠は、どこにもない」
柔らかく、優しく、そして強く。
ぎりぎり、ぎりぎりという音が聞こえそうなほどに強く、背後から体を絞められる。
怒りか。
恨みか。
悲しみか。
どんな感情も、その声からは読み取ることができないけれど。
そんな声音もクリスさんにそっくりだ、なんてやや場違いなことを思ったり。
「でも……クリスさんは」
「無論、あなたのことを疑っているわけではありませんよ。何よりあの子があそこまで丸くなったのは、あなたがいてくれたおかげでしょう。元のあの子は、もっと……そう、今よりもずっと、素直じゃなかったですから」
「…………」
素直じゃないクリスさん。
今だって結構そうだけど。
……いや、でも、やっぱり変わったのかな?
「だけどね、マリーちゃん。これだけは覚えておいて」
「な、なんですか?」
「クリスは……あの子は本当に、あなたのことを信じているわ。そして慕っている。取り返しのつかないほどに、もう誰にも取り返せないほどにね。……それは、それ自体は、もちろん全然悪いことじゃないけれど」
「……ええ、はい」
実感している、というか。
身をもって分からせられたとでも言おうか。
比喩にあらず。
「けれどそれだけに、あなたの為ならばどんなことでも躊躇なくやりかねない。この先あの子がどんなことをしても……どんなことをやらかしても、それをあの子だと言い切れる? 時には止めて、時には諭して、そして時には受け入れられる……?」
「……ええ。もちろん、そんなの当たり前です」
元より覚悟はできている。
あの人が私なんかを好きになってくれた日から、私自身が彼女を好きになった時から。
手放さないと、見放さないと、ずっとずっと思ってきた。
「あの子はきっと、すっごく重いわ。こうして私があなたに抱きついているだけで、後ろから刺されかねない。その覚悟は、ある?」
「はい。……いや、あの、刺すのは勘弁してほしいですけど」
私まで巻き添えを喰らいそうである。
悲しみの向こうへと辿り着けるかもしれない。
「そう。それじゃあ」
「う……!?」
「あの子のこと、よろしくね?」
「は、はい……あの、ちょ、痛い、痛いです……」
最後により強く腕で絞められて、やっと放された。
圧迫からの解放感。
いつかの受験を思い出す……ああ、ゲームのやりすぎで志望校に落ちた過去が……。
「──マリーさん? お母様……? 二人して、一体何を……?」
「えっあっ」
「あ、あらクリス。別になんでも、なんでもないわよ……?」
似ている、けれど確かに違う声が聞こえて扉を見ると、クリスさんが立っていた。
というか見ていた。
家政婦かな?
とはいえ、ギリギリセーフだった……のか? ……核心的なところは見られていないと思いたい。
「ふん……まあ、いいでしょう。マリーさんは浮気なんてしませんし……ね?」
「あ、当たり前でしょ。……えっと、あの、クリスさん?」
「…………」
「ちょ、目が怖い……!」
圧がすごい!
この母にしてこの娘ありということか!
そういうことなのか!?
「それではマリーさん、行きましょうか。今度は、離れちゃ駄目ですよ……?」
「は、はひ」
うーん、逆らえない。
逆らう気もないからいいけれど。
それにしても、恐ろしいところに来てしまった。
そんなことを、今更ひしひしと思うのであった。




